【4話】過行く日常
「部活は天使になったからやめたわ。元々運動部だったのだけど、怪我でもしてばれたら嫌だから。奈々は部活はいっているの?」
「ううん。 わたしは入ってなかったよ。」
「そう。」
時刻は17時になるところだった。奈々は天使のことについて聞きに恵美の部屋に来たのだが、いつのまにか関係のない話になりだし、それからも違う話で盛り上がっていた。
ちらりと時計を見た恵美が現在の時刻に軽く驚く。
「わっ!? もう5時じゃない!」
「えっ!? もうそんな時間なの!」
2人して驚く。どうやら時間の感覚がなかったようだ。
「もしよければ夕食食べていく?」
奈々を気遣ったのか恵美が聞いた。
「ううん。そこまでしてもらうのは悪いよ。」
「そう。わかったわ。気を付けて帰ってね。」
恵美がそう返すが、奈々は動かずわずかに首を傾げる。
「どうかした?」
不思議に思った恵美が問う。
「ねぇ、恵美ちゃんって呼んでもいい?」
「へっ!? べ、べつにいいけど……。」
恵美は下の名前では呼ばれなれていないのか少し照れたように返す。
「でね……。わたしのことも奈々って呼んでほしいなって……。」
自分のことになるとやはり照れくさいのか奈々の頬にも赤みが増す。
「わかったわ。これからもよろしく、奈々。」
恵美が笑みを浮かべてそういうと奈々も笑顔になった。
「うん! こちらこそよろしくね! 恵美ちゃん。」
そのまま奈々は玄関に向かっていく。
「今日はありがとね! ばいばい!」
玄関のドアの向こうで奈々が手を振っている。
「こちらこそありがとう。楽しかったわ。」
そう言い恵美も小さく手を振り返す。
戸が閉まる音とともに静寂がおとづれる。この静寂が日常だとわかってはいるが、恵美は少し寂しさを感じながら2人分のコップを洗った。
※
あぁ、楽しかった。それが奈々が自分の家に着いたときに一番に思ったことだった。
偶然気があったのもあったかもしれないが、何より大きいのは自分が天使だということを隠さなくてもいいからだろうか。昔から隠し事が苦手な奈々にとっては何も隠さなくてよい恵美との会話がとても心地よかった。
「また遊びたいなぁ。」
そう呟いてソファに寝転んだ。
▽
休み、何をしようか。夏休みが少しづつ過ぎていく中で、奈々はいつものようにリビングでぼーっとしていた。学校で授業を受けるのは面倒だが、一気に暇になるとやることがなくなってしまったような気分になる。しかし、この気持ちも夏休みが終わる直前には全く逆のことを考えてるから不思議に思う。後々に後悔しないようにしたいなぁとは思うが何をするかは全く決まってなかった。
そんな感じで、ぼーっとしていると携帯が鳴った。メールのようだ。
『今日あいてる?』
恵美からだった。内容が簡潔である。
『あいてるよー。どうしたの?』
丁度暇を持て余している時で、さらにまた遊びたいと思っていたので肯定のメールを返す。
『よかった。今日デパートに行くのだけどよければ一緒に行かない?』
買い物のお誘いだった。デパートは最寄駅から快速電車に乗って2駅なので20分くらいのところである。駅まではバスで5分くらいであろうか。行こう。と思うが肝心の時間がかかれていない。今は朝の9時をまわったところだ。ないとは思うが夜遅い時間だと少し悩みものである。
『何時くらいに出るの?』
恵美のほうも携帯の画面をあけているのだろうか。返信はすぐにやってきた。
『10時くらいに家を出ようかと思ってるわ。帰りもあまり遅くしないつもりよ。』
『いいよ。行く。新しい服欲しいから寄ってもいい?』
『いいわよ。じゃあ10時半に駅に集合しましょう。』
『わかった。』
予定が埋まった。少し急ぎめで用意したほうがよさそうだ。少し高揚感に浸りながら奈々は準備を始めた。
バスに乗り駅につく。腕時計を見ると10時20分くらいだった。そういえば駅のどこに集合するかを決めていない。周りをきょろきょろ見渡してみるが恵美の姿はなかった。とりあえず聞いてみることにする。
『駅に着いたよ。どこにいたらいい?』
そのまま返信が来るまで棒立ちするのもためらわれた奈々はとりあえず一番近い北改札口のほうに向かって歩いて行くことにした。階段を上がり改札が見え始めたあたりで返信が帰ってくる。
『今駅のどこにいるの?』
『北改札口にいるよ。』
『わかった。待ってて、そっちに向かうから。』
返信が来て5分くらいしたところで恵美と合流できた。
「おまたせ。付き合ってくれてありがとうね。」
「ううん。わたしも暇してたから丁度良かった。」
「そう。ならよかったわ。」
そういって恵美が微笑む。そんな恵美を奈々はじっと恵美を見つめた。
「な、なに?」
見つめられて恵美が奈々に聞く。
「ん?あ、えぇと。恵美ちゃん肌きれいだし可愛いなって。」
「えぇ!? い、いきなりなに言ってるのよ……。」
恵美の頬にぱっと赤みがさした。かなりわかりやすい。もう少しからかってみることにした。
「あ、赤くなった。可愛い~。」
「も、もう! からかわないでよ。奈々だって肌きれいで美人じゃない。」
「え? わたし? わたしはあまり外に出ないから日焼けしないんだ~。」
「そういうことではないけど……。」
最後に恵美がぼそぼそとつぶやいた。
「ん? なに?」
「ううん。それより行きましょ。」
恵美が改札口のほうに歩いて行く。
「私はICカードで入るけど。奈々は切符買う?」
「わたしもICカード持ってるよ。」
奈々はそういいながらカードをぴらぴらと振ってみせる。
「それならいいわね。」
奈々と恵美が改札に入る。運のいいことに次の快速電車は3分後だった。
「いい感じだね。」
「そうね。ホームに出たら電車が行っちゃったとかじゃなくてよかったわ。」
日中といえど夏休みだからかホームには同年代くらいの人もいくらか見かけた。
しばらくして電車がやってきた。どの車両にも人がそこそこ乗っていた。この駅で降りる人はまばらだったが、乗る人はそれよりも多い。座席はところどころ埋まっており、2人が並んで座ることは厳しそうな隙間がちらほらあっただけだったので、ドア付近にいることにする。
扉が閉まり電車が走り出す。
この最近で奈々のいろいろなことが変わった。自分が普通の人から天使になり、今まで他人事だと思っていた天使狩りに狙われる存在になった。しかしそれによって恵美に会うこともできた。ちらりと恵美に顔を向ける。窓の外を眺める恵美は何を考えているのか、奈々にはわからない。
次第に遠ざかっていく見慣れた街並みを眺めながら奈々は思う。これからの日常も見慣れた街並みが遠ざかるように変わっていくのかもしれない、と。