【3話】仲間
奈々は自分の目の前にいる女性を緊張した面持ちで見つめた。
一筋の悪い予感が奈々の脳裏にうかぶ。
「あぁ、大丈夫よ。私は天使狩りではないわ。」
奈々の心を見透かしたように女性は言った。
嘘を言っているかわからなかったが、ひとまず奈々は信じることにした。いくつか聞きたいことがあったからだ。
「あなたは誰ですか? ……というより、どうして私が天使だということがわかったのですか?」
「あのね、あなたの背中にあるその翼をだしたままだと、私は天使です、って宣言しているようなものよ?」
「へっ? 翼?」
奈々はそういわれて後ろを振り向き、初めて自分の背中の翼の存在に気が付いた。
「え……? ちょっと、なにこれ……」
「ねぇ、翼のたたみ方知らないの……?」
奈々が翼をつかんだりして悪戦苦闘しているのを見て女性が呆れ気味に聞いてきた。
「はい……わかりません。」
「いい? あなたは助けたい、って想いで翼をだすことができたと思うんだけど、たたむときは自分の中に達成感があればができるわ。助けられた、とかの想いでもたためると思うけど……」
女性はため息をつきながらも丁寧に教えてくれた。
奈々は目をつぶり、女性に言われたように心の中を達成間で満たす。すると、背中の翼は音もなく消えていった。
「これで一応安心ね。私の名前は北野恵美よ。ちなみに高校2年生。あなたは?」
「あ、大塚奈々です。同じく高校2年生です」
かるく自己紹介をすませ奈々は気になっていたことを聞くことにした。
「あの、北野さんも天使なんですか?」
「えぇ、そうよ。あと同級生なんだから敬語使わなくていいわよ。名前もさんづけじゃなくてもいいし」
「あ、はい……。えっと、北野ちゃんは天使について何か知っていることある?」
「まって、路地裏だからといっても危険だから話の続きは私の家でやらない?すぐ近くだから」
「あ、えっと……。」
奈々としては行きたかったが、奈々の腕には先ほどでの買い物袋がぶら下がっているのである。食材が傷まないうちに帰らないといけなかったため、断るための言葉を頭の中で考えていると北野も奈々の持つ買い物袋に気が付いたようだった。
「あ、ごめんなさい。買い物の帰りだったのね。話の続きはまた次の機会にしましょう」
「ごめんね……。せっかく誘ってくれたのに」
「いいわよ。気にしないで」
奈々と北野は連絡先を交換して今回は別れることにした。
「じゃあね、北野ちゃん」
「さようなら。くれぐれもあまり能力を使わないようにね」
そう言って恵美は去っていった。
無事にマンションにについた奈々は買った食材を冷蔵庫にしまい、リビングでくつろいでいた。
今回の買い物は得たものが非常に多かった。気になっていた翼のこともある程度知れたからだ。もちろん恵美が声をかけてくれなかったら、今頃捕まっていたのかもしれないが。ただ、あの場で能力を使ったことで、天使である北野と出会えたことはとてもおおきかった。天使のことに対して奈々が知らないことも教えてもらえそうである。奈々にとっては暗闇の中に差し込んだ希望の光だった。
「北野恵美ちゃん、かぁ」
新たに追加された連絡先の名前を奈々は一人でつぶやいた。
その日の夜、奈々は北野と連絡を取り合い再び会う日を決めた。
二人で連絡を取り合った結果、会う日は翌々日の14時に今日会った路地裏で集合することになった。
奈々は宿題を夏休みの最初のほうに終わらせて、後から遊びたいタイプだったのであいた日は宿題をするのにぴったりだった。宿題をしながら奈々は会う日を心待ちにした。
▽
「おじゃましまーす。」
14時より少し前に奈々と恵美はおちあい、奈々は恵美の住むマンションの中に入った。
「少しちらかっているけど好きなところに座って。今飲み物用意するから。」
「うん、ありがとう。」
そう言って奈々はカーペットの上の低めのテーブルの前に座った。
少しして麦茶のはいったコップを2つもってきた北野がテーブルをはさんで奈々の前に座った。
「いろいろ聞きたいことがあると思うけど、まずは私から質問していいかしら?」
奈々の前に座った北野が聞いてきた。
「うん。何?」
「あなたって天使になってからまだそんなに時間たっていないの?」
「うん。一昨日の朝に天使になったことがわかったんだよ。」
「一昨日って……私と初めて会った日!?」
「そうだよ。」
驚いて目を見開いている恵美を見ながら奈々は答えた。
「天使になった日に、人に対して能力を使ったのね。すごいことやったわね……。」
「そ、そうなの!?」
「そうよ! 私なら絶対ばれないか気になってできないもの。」
たしかに早すぎたのかな、と恵美の様子を見た奈々は一昨日の光景を思いだしながら思った。
「まぁ、ばれなくてよかったわね。で、あなたの聞きたいことって何かしら?」
恵美に問われた奈々は翼のことから聞くことにする。
「天使の翼ってどういうときに出るの?」
「あくまで私が知っている範囲だけだけど、離れてる他人を治すときに出てくるみたいね。自分の傷を治すときは出ないみたい。あと自分で意識することで出すこともできるみたいよ。」
そう言いながら恵美は胸に手を当てる。すると鈴のような音が鳴り恵美の背中に純白の翼が生えた。
「えっ……。 治す人がいなくても出せるんだ!」
奈々は目を丸くして驚く。そんな奈々を見た恵美はくすくすと笑う。
「ほんとに何も知らなかったのね。」
「天使になってすぐだったし……。」
拗ねたように小声でぶつぶつ言う奈々を優しそうな顔で恵美が見つめる。
「ほんとに、私があの時間に合ってよかったわ。今じゃ天使狩りがどこにいるかわからないし……。」
翼を消しながら恵美が言った
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完全治癒能力研究・開発チーム本部のおかれている病院の中の一室、白髪の老人が大きな機械の前に立っていた。
「いいできじゃな。」
ひとり呟く、そこに若い白衣姿の研究者が荷物を持って入ってきた。
「戸塚先生、お荷物が届きましたよ。」
「おぉ、ありがとう。下村君。」
下村と呼ばれた研究者は、戸塚と呼ばれる老人の前の機械をまじまじと見つめた。
「ずいぶんと大きい機械ですね。何に使うのですか?」
「それはな、とらえた天使から能力を吸い取る機械じゃ。」
下村は機械に取り付けてある手枷と足枷を持ちあげた。
「これで拘束するのですか。」
「そうじゃな。吸い取る際にはおそらく激痛が襲うことになるじゃろう。暴れられて吸い取ることができんと困るからな。」
「吸い取った能力はどうするおつもりです?」
「それ用の装置も作ってある。心配せんでも良いぞ。ただちょっとばかし大きくなるからな。この機械をその装置の置いてある場所に移さねばならん。いいタイミングで大きい倉庫が売っていてな。まことに運のいいことじゃ。」
戸塚は愉快そうに笑った。しかし気になることもある。下村は聞くことにした。
「肝心の天使はどうするのですか?」
「それも心配いらぬ。野山、あぁ、そなたとは違う班のものじゃが、そいつから天使を見つけたとの報告がはいったのでな。その班のものに天使を尾行させているところじゃ。わしらが続けてきた研究が大きな一歩を踏み出す日はそう遠くないかもしれんぞ。下村君!」
戸塚はギラギラした目で機械を見ながら笑みをうかべた。
その笑みに狂気のようなものを感じた下村は笑う戸塚を少し薄気味悪そうに見つめた。