君を見つめる
夜、ひぐらしの声はもうやんでしまって、辺りがしんと静まり返っています。
時間は深夜0時。
普通の中学生がこんな夜中に出歩こうものなら、不良と言われても仕方がない時間です。
君にもらったメモを頼りに、ぼくは約束の場所へと自転車を走らせました。
自転車に乗りながら、ぼくは考えました。
なぜあの時、君がぼくに声をかけたのか。
あの時、教室にいたのがぼくじゃなかったら、同じように君は話そうとしただろうか。
そして、追われている…君が、一体何に。
悶々としながら自転車を走らせていると、約束の場所へつくより先に、君を見つけました。
夏の終わりの夜と言えども、まだ暑く、自転車をこぐぼくは汗ばんでいます。
しかし、君は、ああ君は…
黒い長袖のドレスに、頭にはハーフボンネット。ところどころにワンポイントなのか赤いリボンがついています。
汗などひとつもかいていない。
まるで、君がこの世界とは別の世界に存在しているかのように錯覚させられます。制服姿もさることながら、それよりさらに美しく、気高く…
ぼくは声をかけられませんでした。
声をだせば、君がいる世界が崩れてしまうような気がしたのです。
目の前には君がいて、ぼくがここにいるのは現実だとわかっているのに…
幸か不幸か、ぼくの気配に気づいた君が、こちらを向いてくれました。
君はこんばんは、と上品にスカートの裾をつかんでぼくに言いました。
目的地につく前に出会ったぼく達は、世間話を、ふつうの中学生らしい会話をしながら、その場所を目指しました。その場所とは、小学校の裏にある川で、そばには小さな遊具と桜並木道。目的地に到着したぼく達は並んでブランコに腰かけました。
私の話、信じてくれるかしら。
君は学校で言った問いかけを、ぼくにもう一度しました。ただ、今は夜のせいなのか、君の気迫なのか、いいえとは言えませんでした。
信じるよ。
ぼくは答えました。
君がまっすぐとぼくを見つめます。
吸い込まれそうな瞳には、ぼくが映っています。その瞳を眺めていると、ぼくは君に逆らえなくなるのです。