ドブ川の化身、敗北を知るッ!
ただしイケメンに限る
皆さんは、こんな言葉をご存知だろうか!
たとえば、近所の子供に頭ぽんぽんをする優しいお兄さん!
たとえば、爽やかな笑顔を浮かべる兄!
それらは全て、イケメンのみに許される行動、存在!
普通の男がやろうものならば、一瞬にして通報されてしまう!
これは、そんな世知辛い世の中を生きる一人のイケメンの物語である!
「あーあ、最近つまんねーなあー。」
このクソ生意気な呟きをしている男は池内卓也ッ!
「なにがつまんねーのさ?」
「いやな、それなりの品質の新しい女最近見つかんなくてよお。」
なんと言う発言ッ!この男、女性を物として見ているのだッ!
しかし、この男にはそれが許されるッ!なぜなら、
この男はイケメンと呼ばれる条件を完璧に満たしているからだッ!
非常に腹立たしいことに、この男、容姿、頭脳、肉体、本性の隠し方、
あらゆる面において隙が無いのだッ!
「そんな卓也にビッグニュース、転校生(女)が来るらしいぜ。」
「ほう・・・」
余裕ッ!圧倒的余裕ッ!この男、転校生を自分の物にすることを既に視野に入れているばかりか、
自分が拒絶されることを全く想定していないッ!
「かわいいといいなあ、卓也?」
「いや、俺としては顔よりも体よ、体。デブやガリガリじゃあ抱く気になれんよ。」
下衆ッ!
下衆ッ!!
下衆ッ!!!
まさに下衆の台詞ッ!
「言うねえ!じゃ、使用報告待ってマース(笑)」
この友人もまた下衆ッ!
イケメンの元にイケメンが集まる事はなくとも、下衆の元には下衆が集まるのだッ!
それが自然の摂理ッ!
「さて、そろそろかな?」
卓也がそう呟いた直後にチャイムが鳴り響くッ!
卓也にとってこの音色は開戦の合図ッ!戦におけるホラ貝なのだッ!
しかしこの男の辞書に敗北の二文字は存在しないッ!よって、ホラ貝と勝利のファンファーレは同意義なのだッ!
「はーい静かにしろー。」
ガラガラという扉を開ける音と共に先生が教室に入るッ!
どうせ静かにならない事を悟りながらもいつものように静かにしろと言うッ!
高校生というものはえてして聞く耳を持たないッ!
まさにボス不在のサル山状態ッ!
「えー、今日は転校生を紹介します。」
実にハリのない、やる気の無い四十路の声がサル山によってかき消されるッ!
が、しかしッ!次の瞬間、サル山は静寂に包まれるッ!
「石田 葉芽根です。よろしくお願いします。」
小柄な体型に絹のような肌、やや癖毛の栗色の髪、月明かりに照らされる湖のような瞳ッ!
その出で立ちはまさしく美少女のそれであるッ!
「悪くないかな・・・」
下衆が動くッ!
「ねえ、葉芽根ちゃん、まだこの辺のことよくわからないでしょ?俺、良い喫茶店知ってるんだ。
今度一緒に行こうよ。」
初対面でちゃん付け&喫茶店に誘うッ!
しかしその顔からは先ほどまでのドブ川のような下衆の笑みは消え、
清流の如きアイドルスマイルが広がっているッ!
「考えておきます。」
葉芽根はそう言うと愛想笑いをして用意された自分の席に着いた・・・
・・・愛想笑いをして・・・
愛想笑いをして
愛想笑いをしてッッッッ!!!!
この一瞬のやり取りが、卓也の逆鱗を撫で回したッ!
(この俺に向かって・・・愛想笑い・・・だと・・・!?)
そうッ!ナンパの反応としての愛想笑いは、迷惑がっている、
つまり、脈なしを意味するッ!
屈辱ッ!この上ない屈辱ッ!
沸騰寸前の血液が毛細血管を駆け巡るッ!
(だが待て、まだ焦ることは無い・・・この女は男を知らないだけ・・・恐らくこの反応は・・・処女だ!)
こう見えてこの男は冷静そのもの、失敗は即座に分析し、最終的にはどんな手を使おうとも勝利するッ!
(まさかこの後に及んで未経験とは想定外だったが、これほどの品質の女の一口目をいただけるとは、
やはり神は俺に味方しているのだ!)
まさに下衆の発想ッ!まさに下衆の極みッ!
誰が貴様に味方するものかッ!と、言いたくなるようなこの態度ッ!
何故神はこの男に二物を与えてしまったのだろうかッ!
バランス調整の為にこの性格を与えたのだとしたら、とんだミスチョイスであるッ!
我々が思っているよりも神というのはマヌケなのかもしれないッ!
そんなマヌケな神が生み出したドブ川の化身は次の一手を考えるッ!
(このタイプは・・・恐らく恋に幻想を抱いている・・・となると・・・壁ドンがキクな。)
壁ドンッ!
恐らく多くの人が一度は耳にした事があるであろう、乙女の幻想ッ!
女性を壁際に追い詰め、壁にドンッ!と手を付くことによって逃げ場を無くし、口説き落とす胸キュンシチュッ!
しかしその実態は、相手の合意を得ないで行うとしょっ引かれる可能性を孕んだ、
イケメンにすら許されぬ諸刃の剣ッ!禁断の破壊兵器ッ!
しかしドブ川の化身に後退は無いッ!
(壁ドン、顎クイ、突然のKISSで落とせるか・・・)
ああ、神よッ!今からでも遅くは無いッ!
この男の心臓に詰まったヒキガエルの下痢便を豆腐か何かと交換してくれッ!
そんな人類の願いも虚しく金メッキの下痢便が休み時間を知らせるチャイムと共に破壊兵器を動かすッ!
「ねえねえ、結局どうするの?」
「え?えっと・・・池田くん・・・だっけ?どうするって・・・何をですか?」
名前うろ覚えッ!そしてついさっきの誘いの内容を覚えていないッ!
強烈なボディーブローッ!なんでもないようなことで、地味に痛いッ!
「池内だよ。池内卓也。そんなよそよそしくしないで、卓也って呼んでよ。」
ゴミ袋から垂れ流される暗黒のミックスジュースッ!
釣られてはいけないッ!その先に待つのは、ハエとカラスの演舞ッ!
「ごめんなさい、池内くん。私、人の名前覚えるのが苦手で・・・」
華麗にスルーッ!マスク装着の抗菌仕様ッ!
「あはは、いいよ気にしなくて。確かに似た名前の人結構いるし。」
そう言いつつも卓也はかなり深刻な精神的ダメージを負っていたッ!
(名前覚えるのが苦手だとぉ?ふざけやがって、今まで出会った女はみんな一発で覚えていたというのに!!)
自己顕示欲の強い人間というのは、普段の振る舞いとは裏腹に案外簡単に傷つくものであるッ!
既に卓也の精神はズタボロ、ちっぽけな意地とプライドが心を支えているッ!
「それで、喫茶店行こうって話、考えてくれた?」
「ああ、えっと、その・・・」
言葉を詰まらせる葉芽根ッ!
その一瞬を卓也は見逃さないッ!
「できれば早く決めてほしいんだけど・・・」
ゴミ袋が歩を進めるッ!
「なんで黙ってるのさ、ねえ。」
蛇ににらまれた蛙という表現がこれほどまでにふさわしい状況が他にあるだろうかッ!
ジリジリと壁に追い詰め、ついに葉芽根の背が壁と密着するッ!
そしてッ!
―――ドンッ!
「ねえ、何?もしかして俺のこと嫌い?」
出会ってまだ3時間も経っていない男に対して嫌いもクソもあるかッ!このブラックバスがッッ!!
そんな周囲の男共の視線などはお構い無しににじり寄るッ!
そして追撃の顎クイッ!
(勝った・・・)
卓也が勝利を確信した次の瞬間ッ!
―――バッシィィィィンッ!
・・・この音が何の音なのか、卓也は一瞬理解できなかった。
が、葉芽根の顎にかけたはずの己の手が虚空を掴んでいること、
そして葉芽根の放った言葉が耳に届いたことにより全てを理解した。
「・・・やめてください・・・」
やめてくださいッ!
完全敗北ッ!
敗北の衝撃波が卓也の全身を揺らし、脊椎動物の尊厳が破壊されてゆくッ!
脳がショートし、立ち去る葉芽根を追うこともできず、卓也、ただ突っ立っているだけッ!
その後姿から感じ取れるのは先ほどまでのイケメンのオーラではなく、
無慈悲な子供心によって塩をぶちまけられたナメクジのそれであるッ!
「お、おい・・・大丈夫か?」
友人が声をかける・・・が、既に手遅れッ!
「何が起きている・・・?俺がフラレタ・・・?フラレタ?ナゼニ?ナニユエ?アハハハヒヒヒ・・・」
無様な男の乾いた笑いが教室内に響き渡るッ!
そして卓也の精神が崩壊してから数分後・・・
―――キーンコーンカーンコーン・・・
たとえそこに干上がった男がいようとも、
水が地下から湧き出るように、
いつものようにチャイムは鳴るのだった。