表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

一章『青の騎士』 第二節

「………っ、ここは?」


ハスキーな声で呟き、覚醒した彼女は横たわっていた上体を起こす。


「私は確か、奴等を霊術で薙ぎ払って……」


そこからの記憶が無い事に気付いた彼女は自分の周りを確認する事にした。


(どこだ……?)


そこには畳敷きの十畳ばかりの部屋であった。普通に考えれば誰かが住んでいてもいいのだが――


(いや、それにしては生活感が無さ過ぎる)


部屋に自分の寝かされていた布団以外に、布で囲われたテーブルらしき物しかないのを見て考えを改める。


しかも、部屋自体彼女にとってなじみの無い様式のものだった。


(草で編まれた床、それに直接敷かれた布団―― 靴もドアの近くに置かれているということは…… 倭人わじんか?)


ぷにぷにと畳を指で押しながら彼女は考える。


(倭人は室内を素足で過ごすと言うからな…… この部屋の主は大日本帝国出身なのだろうか?)


「しかし、何故ここに……」と彼女が口元に手を寄せて呟こうとすると――


「だ――、――と―言っ――ろう」


「――ません……」


ドアの向こう側で声が耳に入ってきた。


(彼らか?)


聞き覚えのある声に考えを中断すると昨晩のことを思い出す。


もう駄目だと思った時に現われたおかしな男。


戦場だというのに表情をコロコロと変え、唯の軟弱者かと思えば素手で敵と対峙し圧倒して見せた男………


「変な男だったな……」


顔に微笑を浮かべながらドアの方に目を向ける。


(ここが彼らの部屋ならば、問題は無いだろう)


名前も何も知らない男ではあるが、彼女にとっては背中を任せられる信頼感があった。


そんな事を考えていた時である。


「あっ、章太郎! まだ話は――」


「わかった、わかった。 説教の続きは朝飯を―― へ?」


ガラガラと玄関の戸を開けた男―― 章太郎が後ろに声をかけた後、彼女の方を見ると間抜けな声を出すと――


「すっ、すすすす―― すんません!!」


顔を赤くさせながら背を向けたのだ……


「――? なにか?」


その行動を不思議に思った彼女は章太郎の背中に声をかける。


章太郎は赤い顔のまま、背中越しに彼女を見るとすぐ前を向き――


「っと、とりあえず枕元にある服を着てくださいっす!!」


と声を出すのだった。


章太郎がうろたえるのも仕方ない…… 彼女は昨晩の格好のままだったのだ――






………

………

………






「朝食っす」(なっ、なんなんだこの状況は!?)


出来立てのハムエッグとトースト、カップスープのコーンポタージュを部屋にあるコタツに配膳する章太郎…… 言葉だけで見ると普通だが、赤くなった顔と内心が彼が緊張しているのを物語っている。


料理を運ぶ事自体、何てこと無いのだが問題は目の前にいる相手である。


「ああ、ありがとう」


柔和に微笑みながら女性は章太郎に言葉を返す。


「い、いや…… 暖かいうちに食ってください」


凛々しい美人の見せる微笑に顔が熱くなるのを感じながら食事を勧める章太郎。


「ならばいただくとしよう…… しかし、助けて貰った上に服と食事まで用意してもらって申し訳ないな―― っと、すまない。まだ、名を名乗ってなかったな?」


「私としたことが……」と女性はそこで言葉をいったん切ると、章太郎に向かい背筋を伸ばすと『正座のまま』――


「私は欧州連合フランス軍・霊装れいそう隊所属、ヴィレリア・オリュミエールだ。 今回の助力に礼を言う」


深々と頭を下げたのだ。


「へ、あっいや! 頭を上げてくださいっす!? それにそんな暇が無かったから仕方ないっすよ!! 」


こちらに三つ指を着く彼女につられ、章太郎は正座に座りなおしワタワタしながら言う。


「えっ? 貴方の国の正しい作法だと聞いたのだが…… 違うのか?」


顔を上げながら怪訝そうな顔で彼女は首をかしげる。


「違うって言うか…… 少し堅すぎると言うか…… もっとフランクでいいっすよ」


章太郎が後頭部を掻きながら照れくさそうに言う。


「フランクか…… 武人としては帝国の最敬礼で表したかったが…… 倭人の貴方が言うのだそうするとしよう」


そういうと彼女は頭を上げ今度は右手を出すと――


「改めて、ヴィレリア・オリュミエールだ」


と微笑むのだった。


章太郎は彼女の顔と手を交互に見た後、胸元で手をゴシゴシと拭くと――


「たっ、高砂章太郎っす―― オリュミエールさん」


その手を握り返すのだった。


「ふむ、タカサゴ殿か…… 私の事はヴィアで構わない、親しい人間は皆そう呼ぶからな」


「えっ、でもオリュミエールさ――」


「ヴィアだ」


「でも――」


「ヴィア」


有無を言わせない彼女の態度に章太郎は観念したのか視線をずらしながら。


「よろしくっす―― ヴィア」と顔を赤くして言うのだった。


見た目は普通に見えるが内心は―― 物凄くテンパッていた。


(どっ、どどどどどどどどどどどういう事だ!! 俺が! こんな外人の美人さんと握手していて! その上! 愛称で呼ぶなんて!? いや、待て!! これは罠だ、策略だ、ゴル○ムの仕業だ!! こんな美人が俺と手をつなぐはずが無い!! ………そうだ夢だ、夢に決まっている!! だったら早く起きて朝飯作らないと――)


最早何を考えているのか本人も判らなくなっていた。その時――


「タカサゴ殿? どうかしたのか?」


心配したようにヴァレリア―― ヴィアが身を乗り出したのだ。


「ブッ!?」


すると章太郎はある一点に目が向く―― それは彼女の胸だ。


今彼女は章太郎のジャージを着ている。恰幅が良く見える章太郎―― 勿論服のサイズはかなり大きいのだが…… それでも彼女の胸を完全に隠す事は出来なかったのだ。


チャックを閉める事によって肌の殆どは隠れたのはいいのだが…… 胸が、胸だけは隠し切れなかったのだ。


チャックを上げようとしても胸でつっかえてしまい、それ以上上がらないのである。


その上、身を乗り出しているのだ…… 唯でさえ胸の谷間が見えるというのに、動いたせいでチャックが下がり今はその三分の一程の肌が目視出来てしまうのだ…… 


(ジャージだと言うのに何かエロイ!!)


これがエロかった。


寧ろ先ほどのエロ水着よりもきわどく見える。


(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!! ――ここで反応したら人間として終る!!)


心の中で自分を戒めながら必死に抑える章太郎…… 『ナニ』を抑えるかはあえて明記しないが。


そうやって己の『ナニ』かと格闘する章太郎…… しかし、神はこの後にまだ試練を残していた。


少し、状況を見てみよう――


朝食の配膳のため章太郎はヴィアの隣にいた。


そして、準備の間ずっと『正座のまま』だったヴィア。


そして、そんな彼女が章太郎に向かい『身を乗り出す』……… 勿論、結果は――


「えっ」(足がっ!?)


足が痺れ……


「へっ?」


対面にいる章太郎にのしかかると言う形が出来上がった。


章太郎の腹部に彼女の豊かな母性が当てられる…… いや、彼女の重みで押しつぶされていると言った方が正解だろう。


(おぱっ、おぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ………)


最早、どうしていいのか判らない章太郎。


「すっ、すまないタカサゴ殿!? 足が痺れてしまって……」


その上、足の痺れのせいの涙目と羞恥によって赤らめたヴィアの顔が至近距離にあるのが章太郎に拍車をかけた。


(ふにゅンで、ぽよんで、はにゃぁすぎるぅぅぅぅ!!)


生身の女体の柔らかさで脳内の情報が完全に埋まる。


健全な男であったらそのままかはん―― ゲフン、ゲフン……  に血が集まり生理現象が起きてもおかしくない…… しかし、そこはいろんな意味で『紳士』を自負する章太郎―― 彼は最後の力を振り絞ってこの危機を脱しようとしたのだ。


それは――


「ふぬぅぅぅぅ!!!」


下に集まろうとした血を発達した筋肉で強引に上に移動させる。そして上がった血はというと……… 


「ぬほぁぁぁ!!」


ジェット噴射のように勢い良く鼻から噴出し――


「ぐほあ!!」


その勢いのまま畳に頭を痛打するのだった…… 本来だったらこのようなことで章太郎の身には何も問題は起きないのだが、ヴィアという最大のイレギュラーによってその意識を暗闇に落とすのだった。


部屋には――


「タッ、タカサゴ殿!?」


行き成り鼻血を噴いて倒れた章太郎を見て驚くヴィアと――


「ぬぅぅぅ……」


未だに鼻血を噴出しながら首だけでブリッジをするように気絶する章太郎と――


「……ハァ」


章太郎の眼を通して様子を見ていたバディは、額に手を当てため息を吐いたのだった。


章太郎とヴィアの会話から、様々な情報を得ようと外に出ていたのだが…… 彼は目の前でラブコメを見せ付けられただけに終ったのだった。


(もう少し粘れなかったのか…… って、章太郎じゃ無理か)


相棒の女性に対するあまりにも免疫の無さに呆れる。


(これなら最初から私が出て行ったほうが早かったか? いや――)


確かに、そっちの方がこのようなハプニングが起こらずにスムーズに情報が収集出来ただろう。


しかし、それをしなかったのは何故か? それは――


(私のこの世界での立場がわからないからな……)


と言う理由のためである。


バディは宝珠から誕生した擬似生命体である。


彼の知識上ではこちらの世界において、宝珠から生命が生まれたということはほぼ無いため、この世界の術者や研究者にとってバディは重要な研究対象になると思われる。


それを避けるためにあらかじめ案を用意していたのだが…… 初っ端から躓く形となったのだ。


(まさか初日からばれる事になるとは)


昨日の時点でヴィアがバディに気付いたとしても、戦場での事ならいくらでも誤魔化すことが出来る。


だからこそこうして身を隠し、章太郎に思念を送って指示できるように準備していたのだが――


「少しばかり心配だが…… 私が行くしかないか」


そう呟きバディは章太郎とのリンクを切る。


(まぁ、騎士殿―― ヴィア殿か。 彼女は騎士道を重んずるようだし、大丈夫だろう………)


章太郎を通してヴィアをそう評価するとバディは玄関の扉まで移動するのであった。






………

………

………






「そうだったのか……」


真剣な顔でそうこぼすヴィア。


「うむ……」


それに神妙そうに頷くバディ。


そして、章太郎は――


「?」


話の展開についていけず頭に?を浮かべていた。


まぁ、それも仕方ないだろう…… 何せ章太郎が目覚めたのは今さっきであり、気づいた時にはもうこのような雰囲気であったのだ。


(なぁバディ)


よくわからない状況のまま章太郎はバディに思念を送る。


(起きたのか?)


章太郎の呼びかけが届いたのか背中を向けたままバディは言葉を返した。


(応よ、なんつーか暖かくて柔らかい夢を見たんだけど…… 肝心の内容を覚えて無くてな)


(……そうか)


どうやら章太郎は先ほどの出来事を忘れていたみたいである。


まぁ覚えていたらいたで使い物にならないため、こっちのほうがバディには好都合だと言える。


(別にいいわな、夢ぐらい…… それよりもだ。 今の状況どうなってんの?)


どうでもいいことと自己完結すると章太郎はバディに現状を聞く。


(とりあえず、私達の事を説明したところだ)


(俺たちのって…… どうやって?)


確かに、彼らのことを説明するにしても「異世界からきた」何て言っても信じてもらえるはずが無い。


大体、真に受けてもらえないだろうし。あっちの世界なら確実に黄色い救急車を呼ばれてしまうだろう。


(うむ、とりあえずお前は…… 血塗られた一族の末裔にして唯一の生き残りであり、一族を滅ぼし弟と妹を連れ去った人間に復讐する為に旅に出た、『黒の断罪者』・『血塗られた拳』の異名を持ち、使う度に死の恐怖に襲われると言う呪われた力を――)


(スッ、スタァァァァァァァァプ!!? ちょ、おまっ―― その話は!?)


(お前の記憶にあった設定だが…… 確か6~7年前のもので、これで雷撃大賞とか言う小説に応募したのだろ? その後の結果はわからないが丁度いいと思って真実を織り交ぜつつ使わせてもらったのだが…… どうした?)


行き成り念話を中断した章太郎にバディは視線を向ける。


すると、そこでは――     


「こっ、殺せえ!! いっそ俺を殺してくれえええええええ!!」


章太郎が頭を抱えて布団の上を転がり回っていた。


顔を真っ赤にして大量に涙を流す章太郎を見てバディは汗を一筋垂らし――


(しまった…… 地雷だったか)


と心中で呟いた。


ここが章太郎とバディの二人?もとい、一人と一匹だけだったらこのまま話が終るのだが…… 


「タカサゴ殿!? バディ殿、これがまさか呪いの代償だと!?」


いきなり章太郎の奇行を目の当たりにしたヴィアは驚きの声をあげ、バディに尋ねる。


「え…… あ、いや――」


今説明した事をすぐに訂正するのが気まずいのか、バディは視線を逸らしながら歯切れ悪く否定しようとした。


しかし、これがいけなかった。


「もしかして先程の戦闘の時に…?」


「へっ? いや、違うの――」


ヴィアの沈痛な顔から出された声にバディは気の抜けた声で再度否定しようとする。


だが、彼女は手を『ビシィ』と前に出しながら「いや、無理に隠さなくても結構だ!」と言葉を返した。


(もしや…… 勘違いしていないか!?)


話のかみ合わなさからその答えに行き着くバディ。


そう…… 彼女はバディの歯切れの悪さや、仕草からバディが自分に気を使っていると捉えたのだった。


ヴィレリア・オリュミエール―― 騎士道を重んじ、それに恥じない力量と精神を持つ、非の打ち所の無い騎士と言えるのだが…… 純粋―― いや、単純で思い込みが強いところが唯一彼女の欠点だと言えるだろう。


一方、章太郎は今は暴れるのをやめて大人しくなっているのだが…… 布団の上にうつ伏せになり涙で大海を創造していた。


「シクシクシクシク――」と泣き声がまるで霊魂のように口元から延々と湧き出しており、彼の周りだけズゥンと思い空気が漂っている…… といっても、自分の黒歴史を他人に知られた羞恥が理由なのであるが。


しかし、今の章太郎の姿は勘違いしたままのヴィアの眼には酷く痛々しく映っていた。


そんな章太郎を見た後彼女は一回眼を瞑り章太郎に近づくと――


「タカサゴ殿……」


と優しく語りかける。


その声に反応した章太郎はその主を確認すると、すぐその場に座りなおしポケットから手拭を取り直すと顔を拭き、最後に豪快に鼻をかむと口を開く……


「すんませんっす! 恥ずかしい所を見せてしまいまし―― っ!?」


のだが最後まで言い切れなかった。 今、章太郎の頭はヴィアの手によって抱えられてその顔は彼女の双丘に埋められていたのだ。


頭に『!』や『?』を大量に浮かべて手を動かす章太郎を尻目に、ヴィアは慈しみ100%の表情で章太郎に語りかける。


「そんなことない、死の恐怖に怯えるのは人間として当然…… そして、その原因は先程の戦闘…… いわば私のせいだ。 こんな無骨者の胸では慰めにもならないかもしれないが…… 少しでも貴方の心が晴れる手助けがしたい…… タカサゴ殿?」


自分の世界に入っていたヴィアはそこで章太郎の様子に気がつく。


ピクン、ピクンと身体を痙攣させ章太郎は気を失っていたのだ…… その顔は何処かやり遂げた漢の表情をしていたのだが。それを見たヴィアはまた「まだ呪いが!?」と叫びより一層章太郎を抱きしめた。


これはもう完全にトドメ…… それどころか章太郎にとっていろんな意味で来世にまで残るダメージである。


オーバーキルを大幅に超えたショックを受けた章太郎は、痙攣すら止めて完全に行動を停止し今度こそ完全に意識を落とし――


「タカサゴ殿ぉぉぉぉぉぉぉ!?」


ヴィアの叫びが部屋中に響き渡たるのであった……





















「なんなのだこれは?」


一連の流れを見ていたバディは訳がわからないという風に一人呟いた。


この空間に取り残され、その上目の前の収拾をつけなければならないという仕事も残っている彼は哀れとしか言いようがない。 


(まぁ後半の呪い云々については非を認めるが……)


そう思いながらも目の前の空間に目を向けると――


「世話が焼ける」


と言うのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ