序章 終節
大火傷を負った章太郎はそのまま病院に運び込まれたが…… 持ち前の回復力で長期入院ではなく短期の入院となった。
日に日に回復していく章太郎―― しかし、彼の心は未だに折れたままだった……
様子を見て見舞いに来た人々は口々に彼を励まし元気つけようとしたが――
「―― すんません、でも今は何も考えたくないんす………」
こう返すだけで復活の予兆を見せないまま時間だけは過ぎるのだった。
………
………
………
「……ただいま」
誰もいない家に向かって章太郎は言う。
しかし、時計を確認すると終業の時間にはまだ早い……
「今日もやっちまった……」
一人呟く――
退院してから職場に戻った章太郎…… だが、彼は働ける状態ではなかった。
あの事があってから、心ここにあらずといった様で仕事中いつもはやらないヘマをし、注意されたというのに集中は続かず、また同じようなミスして…… 心配した社長や同僚達に早退を進められるといったのを繰り返していた。
(俺、仕事続けられんのかな?)
自室のベットに腰掛けながら考える。
(無理…… だよな。 こんな状態では社長達に迷惑かけるだけだし…… 第一――)
「働く理由無ぇし……」そう言って力無く笑った後――
「―― クソがっ!!」
拳を振り上げ自分の膝に落とす。
「クソが! クソが! クソがぁぁぁぁ!!」
叫びながら章太郎は自分に拳を振り下ろし続け…… 今度は自分の履くニッカを指が白くなるまで握り締めた。
(情けねぇ……!!)
章太郎は自分には力があると思っていた…… 自分の意地や意思を通し、勇馬達を守るだけの力があると……
しかし、今はどうだ?
面倒を見てもらった先生方へ恩を返す事が出来ず…… ならばと残された勇馬達の面倒を見ようと思えば…… それも果たせず。
自分の意思や意地だけでなく最も大切なものでさえ守る事が出来なかった。
(俺は…… 俺って奴は!!)
「……情けない兄貴だっ!!」涙や鼻水で顔をグシャグシャにしながら章太郎は泣き続けた。
(会いたい)
ひたすらその一念を思いながら泣き続けた。
一人しかいない園宮家――
静かに響く男の嗚咽――
いつの間にか来ている朝――
これが勇馬たちがいなくなってからの章太郎の日常…… 今日もこのまま終り、明日を迎える―― 『筈』だった
「なんだ?」
夕闇に染まる部屋の中、章太郎は気付く―― 自分の胸元から淡い光が漏れているのだ…… 彼は、急いでそれを確かめるために服に手を突っ込む。
光の正体は巾着…… 正しくはその中のものだった。
「これは―― なんで?」
(今までこんな事一度も無かったのに……)
章太郎は巾着中にある発光する珠を指先で摘む―― すると
「うお!?」
珠は章太郎が触ったのを確認したように明滅した後、目が眩むほどの光を出し始めたのだ。
「一体、何が!?」
サングラス越しからでも網膜を刺激する光に苦戦しながら叫ぶ。
光は章太郎の叫びに呼応するかのように一瞬強い光を発し一気に収縮し――
「止まった?」
突然治まった―― 辺りは静けさと夜の暗さを取り戻したかに思えたが………
章太郎は一つの異変に気付く。
さっきまで光を放っていた珠のところにナニかがいたのだ。
章太郎は慌てて部屋の電気をつける。
部屋が人工的な光に照らされると同時にナニかの正体があらわになった。
其処にいたのは―― あの時対峙した鎧竜と呼ばれていたものだった…… しかし決定的に違うものがある、それは大きさだ。 あの時の鎧竜よりも明らかに小さく、小型の室内犬程の大きさなのだ。
「………っ!?」
それが目を開き章太郎を見据える、 鎧竜とは違う琥珀に近い黄色の相貌が章太郎の方に向くと同時に彼は警戒を強める。
鎧竜らしきものは章太郎のその姿を確認すると、人間臭く一息つくような仕草をすると………
「そこまで警戒しなくてもいい主よ…… 私は主に害を与えるつもりは無い」
と口を開くのだった。
「は?」
「だから言ってるだろう、害を与えるつもりは無いと」
章太郎の間抜けな声と、鎧竜もどきの低く落ち着いた声が聞こえた後………
「しゃっ…… 喋ったあああああああああああああ!?」
章太郎の絶叫が部屋を震わせるのであった。
………
………
………
「落ち着いたか?」
「あっ、ああ。 悪ぃ、取り乱した」
「まぁそれも仕方ないだろう、こちらの世界で私のようなものが喋れば驚くのも無理は無い」
一時期混乱の極みだった章太郎も時間が経つにつれ落ち着きを取り戻していた…… が
(結局、こいつは何だ?)
と極めて当然のことを考えていた。
それもそうだ、目の前で不思議生物が日本語を話しているのだそう思うのも仕方ない―― 当然のことを今考えていることから、章太郎の混乱具合がとてつもない物だったというのが判る。
対して、鎧竜もどきは泰然としながら章太郎に視線を向けていたが、唐突に口を開いた。
「私の事が気になるのか?」
「へ?」
「いや、霊力を通じて主の思念が届いたのでな? しかし、主によって呼ばれたというのに私の事が判らぬとは――」
「いや! いやいやいや!! ちょっと待て!? 俺が呼んだ? それにパスって……… 」
聞きなれない言葉に慌て出す章太郎を見て、鎧竜もどきは
「……ふむ、主は本当に何も知らないようだな…… ならばいい、この際主の疑問に答えるとしよう―― 私の答えられる範囲でな?」
と話すのだった。
それを聞いた章太郎は気持ちを落ち着かせるために数度深呼吸を行い…… 冷静な様子で鎧竜もどきを正面から見据え――
「それじゃ……」と質問を開始した。
「まず、はじめに聞くが…… お前は誰だ?」
「私か? 言ってしまえば主の持っていた宝珠そのものだな」
さっそく章太郎の頭に?が浮かぶ
「宝珠って…… 名前を聞くと大層な物みたいだけど…… そんなもん俺持ってたか?」
「何を言っている? これのことだぞ」
「ほれ」と前足で己の額を指し示すとそこには、さっきまで光を放っていたビー玉―― 宝珠が額に埋め込まれていた。
「確かにこれは俺の…… だけど色が違うぞ?」
さっきまで光を放っていたのは青…… しかし、今鎧竜もどきの額に埋め込まれているのは黄色に光っている。
「これか? 今までどのような色だったのか私には判らないが…… 多分この身体の元になったモノの霊力が原因だろう」
「霊力って―― あれか? ゲームに出てくる魔力みたいなものか?」
「あながち間違いではないな…… 名前の違いこそあるがこの二つは似たようなものだからな。 主に覚えはないか? 霊力の残照か何かに触れたことを」
(…… あのときか?)
確かに章太郎は鎧竜を倒した時、黄色い光が身体を通過している。その時に宝珠は光を吸収していたのであった。
「という事は―― お前はあの女について何か知ってんのか!?」
章太郎は鎧竜もどきに詰め寄る。
「すまないが…… 主の言う『女』については私にも判らない。 私の身体を構築する霊力の大半は主のものだからな、記憶もお前に関するものしかないぞ。 しかし、この身体の元―― 鎧竜だったか。かなりの知恵者だったのだろうな、おかげでその者達の世界や常識ぐらいなら少しはわかるぞ?」
「知恵者って…… 俺が戦りあった奴はなんというか…… ザ・獣って奴だったぞ? そんな理性があるなんて思え―― あっ」
『本体は呼び出せなかった』女―― 白姫がそう言っていたのを章太郎は思い出す。
(それじゃ、理性がないように見えたのも頷けるか? 本体はもっと頭がいい奴なのかも知れんし………)
「…… どうかしたのか?」
考え込む章太郎に鎧竜もどきは尋ねる。
「いや―― 頭の中で整理してただけだ…… 」
しかし、深く考え込む章太郎の様子を見て鎧竜もどきは
「ふむ…… まだ、疑わしく思っているのなら色々試してみるか」
「色々って……」
「うむ、さっきも言ったように私の身体は八割主、二割鎧竜で出来ているからな。 知識と外見こそ鎧竜のもの受け継いでいるが、それ以外は殆ど主と同じだからな。 霊力を通じれば五感や記憶を共有したり、思念を送ったり出来るのだ」
「少し待ってろ」と鎧竜もどきは集中するように目を閉じる。
すると章太郎は一瞬違和感を感じた後、自分の体に起きた変化を感じ取った。
「おぉ~ すげえ…… 片目がお前の視点になってやがる」
片目では目を瞑る鎧竜もどきが映っており、もう片方ではこちらにサングラス越しから視線を向ける自分の姿が映っていた。
(…… なんか奇妙だな)
左右の目で異なるものが見えているため違和感は強いものだろう。 そんな事を章太郎が考えていると唐突に声が聞こえる。
『仕方ないだろう、片方は私の目なのだからな』
しかし、耳から声が届いたというよりも頭に響いたという表現が正しい。
(これが思念を飛ばすって奴か……)
『そうだ、まぁ念話とも言うがな。 ちなみに私を通して第三者に念話を送る事も出来るぞ』
(なんという携帯いらず…… ん? あっちじゃこれがデフォなのか?)
『そうだな。しかし、あっちの世界では専用の道具が無ければここまで鮮明に送る事は出来ないがな。 いったん戻すぞ』
鎧竜もどきがそういうと章太郎の目と耳が元に戻る。
頭に残る気だるさを消すように章太郎は「あ゛~ 」と軽く首を回す。
「ふむ、パスはちゃんと繋がっているようだな」
「違和感が強くて気持ち悪いな、これ」
「任意で切り替える事が出来るからな―― 慣れるまで使っていくしかないだろう。 とりあえずこれで私というものがわかったと思うのだが?」
「いやいや、今のだけじゃお前の事を生きている携帯ぐらいにしか思えんて」
顔の前で手を立てて横に振り章太郎は言う。
「まだ、信じないか…… ならば記憶に関してならどうだ? 主と変わらぬものを持っていると言えるぞ? 手始めにそうだな…… 主の記憶の中でも厳重に封印してある『中学時代』の記憶から……」
『中学時代』その言葉を聞いた章太郎の脳裏にいくつかの単語が思い浮かぶ。
邪気眼――
右手に巻いた包帯――
必殺技的な漢字羅列に無理やりカタカナのルビを振る――
よくわからない詩と歌詞――
大人に反抗する俺カコイイ――
(いかん…… 地雷が多すぎる!!)
自分の黒歴史を暴露される前に鎧竜もどきを止めようとする。しかし、章太郎の行動を無視するかのように鎧竜もどきは口を開く。
「『天下布武』について―― っ!?」
「まてえええええい!!?」
核爆弾級の地雷を引き当てたのだろうか。
『天下布武』という言葉を聞いたと同時に章太郎は鎧竜もどきに一気に詰め寄り首を絞める。
当然もどきは「何をする!」といった風に章太郎に視線を向ける…… が
「オーケー オマエノイッテイルノハヨークワカッタ」
と口にして、言外に「これ以上喋ったら…… わかるな?」という意思を章太郎から感じ取ったもどきは首を縦に振るしか出来なかった。
………
………
………
「あ~…… とりあえずお前がその宝珠って奴なのは判った。 んで、その宝珠って何よ?」
「うっうむ…… いいか宝珠とはな、あっちの世界におけるエネルギー結晶体でありエネルギーを溜めたり放出したりできるものだ」
「この世界での電池みたいなものか?」
「間違いではないな。 程度の低い宝珠ではそれが限界かもしれないがな…… しかしある程度以上の格を持つ宝珠になると、術の媒体や持ち主に適した武器や防具になったりするのだ。 もちろんそんじょそこらの武器では話にならんほど高い力を持つぞ? そして私の額にあるものはその中でも神代から存在している特上品といっても過言ではない」
「神代って…… 古事記とかに出てくる神話の世界の事か?」
鎧竜もどきの言葉に頭をボリボリと掻きながら章太郎は尋ねる。
「うむ、まぁ実のところ神の存在は今だ確認されてはいないがな…… あちらでは様々な力の結晶というのが通説になっている」
「様々って…… もしかして属性的なものがあったり?」
「そうだな、自然界における力を持った『火』や『水』等の宝珠が存在するぞ。もちろん、宝珠の格と使う人間の力量によって発揮する効果は異なるがな」
「(厨学生が好きそうな話だなおい)まぁ…… これがどんなもんかは何となくわかったけど…… 俺が持ってた奴はとんでもなくレアなんだろ?」
「そうだ、私のような擬似生命を作れるということは宝珠の格が最上級である事の現われだ。 国によっては国宝級の扱いになってもおかしくないぞ」
「んじゃ何でそんなもん俺が持っているんだ?」
その言葉を聞いた鎧竜もどきは首をかしげて何か考え、暫くすると「知らん」と真顔で答えるのであった。
「って知らないんかい!?」
思わず章太郎は突込みを入れるのだが…… 入れられた本人(?)は困惑していた。
「いや、知らないわけではないのだが…… 頭に靄がかかったようで思い出せないのだ」
「自分で聞けと言っといて……」
「仕方ないだろう、主に関する記憶が頭にあるといっても、本人すら曖昧な記憶を生まれたばかりの私が覚えているはずも無かろう?」
「思い出す可能性はあるのだがな」そういうと鎧竜もどきは目を瞑り、頭を軽く横に振る。
その様子を見た章太郎も「そうか…… 思い出すしかないか」としか言葉を紡げなかった。
暫く沈黙が続くなか章太郎が唐突に口を開いた。
「なあ?」
「ん?」
「まだ聞きたいことは沢山有るけど……… とりあえず一番聞きたい事を聞くぞ?」
「なんだ?」
「さっき言ってたよな? 『俺に呼ばれた』ってあれは―― どういう意味だ?」
その言葉に耳をピクリと一瞬反応させると、鎧竜もどきはゆっくりとその黄みがかった瞳を章太郎に向けて言った。
「『会いたい』…… そう願っただろう?」
「……ああ、でもそれは――」
「判っている、主が二人に会いたがっているのも、今どういう状況なのかもな……」
「………」
「場所はわかっても、どうやって行ったらいいのか解らない…… どうしたらいいのか判らない…… かなり厳しい状況だと――」
「解ってるっ!!」
ダンと音を鳴らし、章太郎は立ち上がる。
「お前が言ってんのはよく解ってる―― 解っている!! あいつ等がいなくなってからずっとどうすればいいのか考えていたさ!!」
それは、感情の爆発。
「でも、出た答えはどうしようも無い現状とあいつ等がいないっていう現実と自分が不甲斐ないって事だけだよ!!」
現状への怒りと、事実への怒り…… 何も出来ない自分への怒り。
「だけど、だけどよぉ…… 」
俯きながらも言葉を続ける。
「諦め切れねぇんだよ…… 認められねぇんだよ……」
それは全て――
「俺は――」
男の――
「あいつ等―― 勇馬と安寿に会いてぇんだよぉ!!」
魂の言葉だった。
「………」
もどきは口を開かず真正面からそれを受け止める。
カッチコッチと時計の秒針が音を立てて進む。しかし、沈黙しながら対峙する一人と一匹の作り出す空気によって彼らの時間の感覚は薄れる。
一分か――
十分か――
もしくは一時間か………
曖昧となった時間の流れは――
「私は……」
一匹の言葉によって再び正常に流れ始める。
「私は…… その願いを叶えるために誕生したのだ」
「どういう―― 意味だ?」
章太郎の問いかけに答えず、代わりに鎧竜もどきはその場からトコトコと移動し始める。
「おい、どこに――」
「いいからついてこい」
「行くんだ」と章太郎が言い終わる前に鎧竜もどきは首だけ向けてそう言うとまた、トコトコと歩き始め……
「………」
章太郎はその後ろについていくのだった――
………
………
………
「ここだ」
部屋を出て数分―― 目的地の前でもどきがその歩みを止める。
「ここって…… 道場?」
「そうだ。とりあえず戸を開けてくれないか? 感覚で解るが眼で確認しておきたい」
「おっおう」
言われた通りに道場の戸を開くと――
「――っ!?」
闇色に染まった場内―― しかし、窓からさす月明かりに僅かばかりに反射し煌く何かを感じたのだ。
一歩足を踏み入れる。
ギィと床が軋む音を感じながら一歩ずつ、一歩ずつそれに近づいていく。
そして道場のほぼ中心まで歩き…… 恐る恐るその『何か』に触れようと手を伸ばし指先に触れた瞬間――
光が生まれた。
青白く光るそれは連鎖のように広がって行き道場内を光で染めていく。
そして光はゆっくりとだが道場の中心に渦巻くように流れており、その終着点はより強い光の渦となって収束していた。
「やはりまだ残っていたか」
道場内の光景に呆然とする章太郎の後ろから声がした。
「これは…… 一体?」
そういいながら声の主―― もどきに章太郎は今だ呆然としたまま尋ねる。
「これは霊力の流れだ」
「霊力の流れ?」
「霊力は生物が保有しているものと自然が生み出すものの二つがあるのだ、ここでは前者をA、後者をBとするぞ? Aを使って何らかの事象―― まぁ霊術だな、これを起こすとAの霊力にBの霊力がつられて場に流れができるのだ。 この流れを力場といってな、 本来なら力場はすぐ消えてしまうのだが―― それは普通の術の場合でな? 大規模な霊術になると力場が長期間残るのだ。 ふむ、見たところこの力場は形成されてから一週間程と見たぞ」
ゆっくりと流れる光を見ながらもどきは説明する。
「ん~ ようは力場って言うのは―― 流れるプールの水流みたいなもんか?」
「主の身近なもので例えるとそれが近いかもな」
「何となく判ったけどよ…… 流れるプールには流れを作る機械があるから水流が出来てるんだぜ? 機械にあたる霊術なんてもん俺はもちろん、勇馬も使ったことが無いんだぞ。 なのに何でウチの道場で力場が起きてんだ?」
?を頭に浮かべながら章太郎は思ったことをもどきに聞く…… しかし、それを聞いたもどきは呆れたように息を吐き出し。
「鈍い奴だな…… 」
一言呟いた。
「んなっ!? 行き成りなんだよ!」
もどきの言葉に憤慨する章太郎…… まぁ彼としては思ったことをそのまま聞いただけなのに馬鹿にされるとは思わなかったのだろう。
「誰が主の身内でこんな大霊術を使ったと言った? 霊術を使わない、知識も無いこっちの世界の人間がこのレベルの霊術を起こすなんて無理に決まっているだろう…… よく考えろお前の記憶の中…… それも極最近のものに答えがある」
「答えって―― ん?(こっちの人間じゃ―― 霊術の事を知っているあっちの人間ならどうだ? 一週間前から―― 一週間前は俺がやられた日…… その日、俺の近くで霊術って奴を知っていた奴は……)もしかしてこれは……!? 」
何かに気付いた章太郎を満足そうに眼を細めるともどきは言葉を続ける。
「そうだ。この力場は主を気絶させた、白姫とやらの世界転移の跡…… この力場の指向性を調整し霊力を補ってやれば――」
「世界を…… 渡れる?」
「そういうことだ。しかし、世界転移は大霊術…… そう易々と起こせるものではない。 偶々ここには力場があり、ギリギリではあるが行使するには問題無い霊力があるだけなのだ…… 世界を渡ったら戻るのは難しいだろう…… だから、よく考え―― 主?」
鎧竜もどきはそう締めくくろうとした時、章太郎の様子がおかしい事に気がつく。
拳を力強く握り締め、身体を微弱に震わせ、顔を俯かせている。
(章太郎の身に何か起きたのか?)
そう思ったもどきが声を掛けようとした瞬間――
「いよっしゃあああああああああああああああああああああああああ!!」
上体を仰け反らし、雄たけびのような章太郎の声が爆発するのだった。
ここ数日間の鬱憤を晴らすように声が響く、声だけだというのに道場の床や壁がギシギシと軋む。
そのような声―― いや音波攻撃を間近で喰らったもどきは………
「~~~!?!?」
耳を押さえて床の上を転げまわっていた―― 映像だけなら小動物が床の上でじゃれている様にしか見えないが……
「っ!? わっ悪ぃ! あまりのことに思わず全力で叫んじまった!」
「――っ よっ喜ぶのは構わないがもう少しボリュームを下げろ」
「……正直すまん」
耳を気にしながら話す鎧竜もどきに章太郎は気まずそうに謝る。
「とにかく…… その様子じゃ主の気持ちは決まっているみたいだな。 だけど本当にいいのか? 」
鎧竜もどきは言葉に出さないが言外に『帰って来れないぞ』と瞳で伝える。
そんな鎧竜もどきの瞳を見て、章太郎は……
「かまわんさ」
とニヤリと笑いながら。
「この世界に未練が無いわけじゃないが…… あいつ等に比べりゃ安いもんだ。 だから―― 俺を連れて行け…… あいつらの所にっ!」
言い切った。
「解った……場の指定と調整で二~三日程準備が必要だ。 発生して少し時間が経っているからな、念入りにする必要があるため私はこれから調整に入る」
そう言って鎧竜もどきは章太郎に背を向けトコトコと道場中心まで歩み寄ると、力場を形成する光を操り始めた。
「……すまんな」
その後姿を見ながら章太郎は申し訳なさそうに呟く。
「言っただろう私は主の望みを叶えるためにいるのだ…… 残された時間でお前の成すべき事を済ませて来い」
鎧竜もどきはその言葉に顔を向けずに言葉だけで返し。
「応」と章太郎は道場を後にしようとするが――
「とっ、とと…… 肝心な事を聞くのを忘れていた」
慌てて振り返るのだった。
「どうした?」
その様子を?を浮かべてもどきは聞き返す。
「いや……な、 作業中のお前の飯ってどうなるのかと思って」(ドッグフードとかでいいんだろうか?)
「私と主は言ってしまえば一身同体…… 主が健康なら私も健康であり、主が死ぬ時は私が死ぬ時であるからな。 とりあえず、主が食事を取れば問題ない」
「そうか…… ついでにもう一つ大切な事があった」
「なんだ」
「何時までも『お前』って呼ぶわけにいかんだろう? だから名前を聞きたいんだけど」
「私の名前か、……無いぞ」
「は?」
「私はまだ生まれたばかりだからな…… 名前というものが無いのだ」
淡々と話すもどき、それを聞いた章太郎は一息つくと
「名前が無いねぇ…… しょうがない、俺がスペシャルでデンジャラスな名前を考えておいてやる」
笑いながら言うのであった。
「スペシャルでデンジャラスって…… まあいい、期待しないで待っている」
「つれない奴だな…… 今に見てろよ? 俺のネーミングセンスに感動するお前の姿が目に浮かぶぜ」
そういうとノッシノッシと章太郎は道場を出て行くのだった。
そしてもどきは――
「名前か……」
力場を操りながら一人呟く―― その顔は表情こそ変えていないが何処か楽しそうだった。
………
………
………
シトシトと雨が降る。
雨は綺麗に磨かれた石の怜悧さをより際立たせるように優しく降り注ぐ。
辺りを見渡せば同じく磨かれた石が等間隔に鎮座しており、それぞれ『○○家』と彫られている。
ここは、近くの寺にある墓地である。
勿論、雨降りであるため墓参りする人間はほぼいないに等しいのだが…… 一つの墓石の前だけ傘をさす人影があった―― 章太郎である。
顔こそいつものサングラスに隠されていたが、その格好は見慣れたタンクトップ、黒のニッカボッカ、地下足袋でなくスーツと革靴で固められていた。
「先生、美月さん……」
『園宮家』と掘られた墓の前で章太郎は口を開く。
「色々報告する事はありますけど…… まずは、すみませんでした」
深く頭を下げる。
「先生達に恩返しのつもりで今まで必死こいてきましたが…… 俺は、あいつらを守れませんでした…… その上、危険な場所に向かわせてしまって…… ホンと保護者失格っす。 その上、この数日間の体たらく…… 恥ずかしい限りっす」
墓石に頭を下げながら深く、深く…… 喋り続ける。
「だけど、それだけあいつ等の事が俺の中で大切なんだと改めて確認できました。そして俺は諦め切れないということも…… だから…… もう一度チャンスを貰えませんか? また、兄貴として家族として胸を張れるように成りたいんす。 ……一度失敗して、腐りかけた野郎の言葉ですから軽く聞こえるかもしれませんが―― 了承して頂けたら幸いっす」
そこで区切ると章太郎は頭を上げる。
その表情はここ数日のものと異なり、覚悟と信念によって力強い雰囲気を醸し出していた。
「今度ここに来るのは何時になるか解りません…… もしかしたら戻って来れないかもしれません。 ……だけど、もし戻って来たその時は…… 家族全員でまた来ます」
言い終えた章太郎は、墓石に軽く一礼するとその場を後にした―― その時だった。
『いってらっしゃい』
どこからとも無く男女の声が聞こえてきたのだ。
「えっ!?」
声の主に覚えのある章太郎はすぐに後ろを振り返る。
今聞こえたのは間違いなく自分の恩人達の声―― しかし、そこにあるのは今まで自分が相対していた墓石のみ……
(気のせいか? そうだよな…… 先生と美月さんの声がするわけ無いよな―― だけど……)
気のせいだろう……
幻聴だろう……
そう思いながらも章太郎は口元を綻ばせると――
「…… いってきます」
再度墓石に背を向けるのだった――
いつの間にか雨は止み…… 雲の切れ間から日差しがさしていた……
「準備はいいな?」
激しく収束し明滅する力場の前で鎧竜もどきは章太郎に問いかける。
「おうよ。 必要なものは片っ端カプセルに詰め込んだし、挨拶も終ってるしな」
この数日間、章太郎は準備を進めると共に今までお世話になった人たちに挨拶に回っていた。
今まで助けてくれたご近所さんや、いろんな意味でお世話になった警察の方々…… そして何より一番章太郎達のことを気にかけてくれていた社長夫妻に別れを告げに回っていたのだ。
事情を知る彼らは章太郎の話を聞くと驚き、そして引き止めた。
それもそうだろう。少し前まで死人のような男が『家族を探すために旅に出る』と言いだしたら、それはもう富士の樹海で練炭コースや線路へアイ・キャン・フライ等など…… 翌日の新聞を飾る予兆にしか思えなかったのだろう。
特に社長夫妻は『思い直せ』、『早まるな』と懸命になって引き止めていたのだが―― 章太郎の必死の説明に最終的には送り出してもらえたのだった。
その日の夕方――
『お前の退職金だ』
社長はそういうと、ぶ厚い封筒を章太郎に渡す。
中身を確かめてみると中には今まで見たことないような大金が封筒に納まっていたのだ。
勿論、勤めてたかだか二~三年の正社員の額ではない。「多すぎる」と章太郎は、返そうとしたのだが夫妻は断固として受け取らなかった。
『いつでも帰って来い……』
社長室を出る時、背中越しにそう声を掛けられる。
夫妻の確かな愛情が章太郎の心に染みた……
『………』
口を開きたくても声が震えてしまい、いつ涙腺が決壊してもおかしくなかった。
だから章太郎は部屋を出る瞬間――
『――っ』
大きく一礼して会社を出たのだ。
退職金は章太郎が旅支度に大いに役立った…… 余った分は知り合いに頼み家の維持費に当てて貰うことになった。
可能性は低いが―― また、帰ってこれた時のために…… そして、お世話になった人に改めて挨拶できるように……
「……」
章太郎は先ほど自分が鍵を閉めた我が家を振り向く。
ほんの数週間前までは騒がしかった家も今は人気を感じさせない。
自分の半生近くを過ごしてきた家…… その年月は彼にとって最も輝いていた日々だった……
「………っ」
万感の思いがこみ上げてくるが……
「………っ!」
飲み込み、改めてもどきに向き直った。
「だから、いつでも行けるぞ」
「そうか…… 」
章太郎の心情を読み取ったのか、もどきは一言呟いた後少し眼を瞑ると――
「説明するぞ」
と話を続けるのであった。
「力場を調整してわかったのだが…… やはり発生してから時間が経ったためか完全に調節できたとは言い切れない。 世界の座標は特定できたのだが細かい調整が出来ないなどの点が残ってしまった」
「でも、とりあえず行く事は出来るんだろう?」
「そうだな、 不安定で私にも何が起こるかわからないが…… 時間軸や場所が少しばかりずれるぐらいの可能性がある程度かと思われる、世界移動するには問題は無いだろう」
「なら、問題ねぇ…… 少しばかり離れていようが必ずあいつ等を見つけ出してやるよ」
章太郎は不敵に笑う。
「ならば、開くぞ」
章太郎の声を聞いたもどきは力場の渦に向き直りそれを操り出す。
すると、今までゆっくりと流れていた光は急速に速さをおびながら渦の中心に収束していく――
中心に向かう光が少なくなると同時に中心の光はドンドン膨張して行き、一瞬の明滅の後――
光が爆ぜた。
もどきと初めて遭遇した時のように激しい光が押し寄せてくる。
サングラスの効果を無視するほどの光に章太郎は目元を手で隠しながらそれが収まるのをひたすら待つ。
もどきの時と異なり光は徐々にその勢いを失い…… 中心に淡く光る扉のようなもの残して治まったのであった。
「これが、世界移動の扉だ…… 主よ、再度聞く―― 覚悟はいいか?」
扉を示しながらもどきは再び章太郎に尋ねる。
「当たり前だ。 俺はもうあんな思いは御免だからな…… だから頼むぜ? 『バディ』?」
「『バディ』?」
章太郎の『バディ』という言葉に反応するもどき。
「言っただろう? 名前を考えてやるって…… お前と俺は一心同体らしいからな、これを表すとしたら相棒しかねえだろ?」
「おれにしちゃぁ ナイスネームだと思うんだけど」ドヤ顔を決めて胸を張る章太郎。
それに反して、もどきは呆れたように――
「まさか、本気で考えてくるとはな…… 」
口を開く。
「…… 何だよ問題でもあんのかよ?」
渾身の出来だった為に、相手の反応があまりにも薄かった章太郎は肩透かしをくらう。
「いや、問題ない。 その名前使わせてもらうぞ主―― いや、『章太郎』」
「へっ?」
「ふむ、お前は主と呼ばれるたびにどこと無く嫌そうに見えたのでな…… せっかく相棒という意味の名を貰ったのだ名前で呼んでみようと思ったのだが…… どうだ?」
表情を変えないままもどき―― バディは章太郎に尋ねると章太郎は軽く笑いながら。
「クククッ オーケー、そう呼べや……」
と了承するのであった。
「何故笑う?」
「いや、堅そうなお前が俺を名前で呼ぶなんて思わんかったからな……」
「失礼な…… 私の元はお前だぞ? ユーモアぐらい理解している」
「わかった、わかった…… 頼りにしてるぜ相棒?」
「任して置け、私もお前をこき使うからな覚悟しておけよ相棒?」
そういうとバディは跳躍して章太郎の肩に掴まる。
それを確認した章太郎は――
「よっしゃああ! 行くぞ!!」
扉に向かって駆け出すのだった。
扉は一人と一匹を飲み込むと強く煌き…… その姿を隠した。
章太郎達はまだ知らない……
弟と妹を探すこの旅が多くの人間の運命と交差して、
国――
大陸――
そして、世界の運命を握る事になるとは…… 知る由も無かった。
章太郎達が旅立った後の道場…… そこに声が響く。
「――さん! ――さん! 何処だ!?」
男の声。
「主殿! ここから世界転移の後が見られるぞ!?」
その後に女の声が響く。
「えっ!? ――ちゃんが世界転移の術を!?」
今度は、別に少女の声が聞こえる。
バンッ と乱暴に道場の戸を開ける男…… その後に続き女と少女が雪崩れ込んでくる。
暗がりで三人の顔は窺えない…… しかし、それぞれ装飾された刀や弓を装備しており、その衣服もこの時代―― いや世界のものとは異なるものであった。
男は道場の中心で何かを調べるが―― すぐ悔しそうに首を振る。
「そんな……」
それを見た少女は顔を手で覆いその場に泣き崩れる…… 同時に雲に隠れていた月明かりが少女を照らすとその顔が露になる――
少女は、章太郎の夢に出てきた少女と同じ顔をしており……
「………章太郎ちゃん」
と今までここにいた男の名前を呟くのであった。