序章 第1節
作者は某理想郷でも二次創作を書いております。 その作品と書き方が少し異なるため読みにくいところがあるかもしれませんが…… よろしくお願いします。
「人類は最盛を迎えた」
昔テレビのコメンテーターがそんなことを熱弁していた。
それまで難しかった光エネルギー確保の高効率化、それの活用の成功により人類の技術力は様々な方面において格段に進歩した。
その進歩は各研究機関、企業に大きな恩恵を与えることになり、昔は空想でしかなかった車輪のない車や荷物を収納できるカプセル、人の身体能力を数倍に高めるスーツ等が現実のものとなったのだ。
勿論、悪用する輩なども一気に増えたのだが―― それらを取り締まる機関も発足されたため犯罪率はそこまで高くなったわけでなく、そのため日常において人々は大した変化を感じずに過ごしていた。
少なくとも俺、「高砂章太郎」の周りの生活ではそれが普通だったのだ………
業者が使うようなトラックが舗装された道を走っている。
そのトラックの運転席には二十代後半の男が座りハンドルを握っており、その隣のシートにはいかにも今年入社したと思われる男が座っていた。
「センパ~イ… マジでいいんですか?」
年若い男…制服の真新しさから見て新人だろうが運転している男に向かい声をかける。
「何が?」
男は前方から目をはなさずに答える。
「何がってこの荷物ですよ… 工事用の資材って聞きましたけど」
「そのとおりだが?」
「いや俺が言いたいのはこれどうやって運ぶのかって事ですよ」
そうやって新人が後ろを向くと工事に使われる資材が所狭しとつまれている。
新人が疑問に思うのも仕方がない。
その資材は小さく袋に分けられているとはいえ一袋の大きさが大人が抱えても持て余すほどなのだ。
もちろん袋の中身が羽のように軽いものであるわけでもなく、一人では確実に腰をやられるという恐れがあるそんな重さなのである。
「俺らはスーツ使ったから別に大丈夫でしたけど… 今日もって来てないじゃないですか。 そもそもカプセルで収納すればトラックで来なくても済んだでしょう? 現場で積み降ろしするにもスーツのレンタル申請もしてないですし…大丈夫なんですかねぇ」
スーツ… 介護から建設、はたまた軍用にまでと様々な場面で活用される『多目的外装』の事である。人間の神経伝達の際に起こる微弱な電気をキャッチし、その部分の負担を軽くするというものだ。スーツといってもツナギの様に気軽に着れるものでありその使用方法も多種多様と汎用性が高く便利なものであり技術革命による恩恵の産物である、カプセルも同じく恩恵の一つでこちらはどんな物でも手のひらサイズに収納でき、重さも変わらないと言う一品のだが… どちらも非常に高値な物であったのだ。
「ああ… お前は初めてだっけなあそこに行くの」
新人のそんな問いに苦笑する先輩
「まぁ確かにスーツ無しじゃぁこの量を運ぶのはまず無理だな… だけどあそこは例外なんだよ」
「例外?」
「そう例外だ… もうそろそろ着くぞ」
そういうと道路沿いの拓けた場所にトラックを入れて手ごろな場所で止まる。
先輩は車から降りると辺りを見回し
「大体あそこら辺にいると… おお、いたいた」
砂利以外何もない所であったが隅を見るとビニールシートを被せられた木材らしき物が積まれている場所があった。
そしてその近くに黒のニッカボッカと白いタンクトップそれに地下足袋で身を包み、ヤンキー座りをしながらタバコを吸っている男がいた。
「おーい 章さーん」
先輩がその男に声をかける。
「章さん」とよばれた男は携帯灰皿でタバコを消しながら傍らに置いてあった上着を回収し、小走りでこちらに近づいてくる
背は低い、165に届くかどうか微妙なラインである。
体格も丸い… 全体的に丸いのだ。
おまけに手足が短く見える… というか短い。
そのため一つ一つの動作がコミカルに見えてくる。
背格好だけを見れば小柄で小太りの男と言う印象に取れるが…
(へ!?)
男が近づくとそれが違う事がわかり驚愕する。
まるで大正時代の日本人を思わせる体系はまぁいい。
問題はその顔である。
黒髪を丸く刈り上げた頭に幾本かのラインが描かれており、もみ上げと一体化した顎鬚はきれいに整えられているのだが… 一般人にはない威圧感を感じる。そして、それに拍車をかけるのが濃い眉毛とサングラス、それに右の眉尻に小さいながらも存在する傷跡であった。
これはもうどこかのヤーさんにしか見えない。
(ちょっちょっと待った!?)
若い男は自身の先輩に対して疑問の声を投げたかったが… 当の本人達はなにやら二人で話し合っている。
こんな図を見ていると自分が持ってきた資材が実は白い薬でその商談をしているようにしか思えなくなってくる。
いつの間に、俺は犯罪の片棒を担がされたのだろうか?
自問自答しても答えは出てこない。
「ちょっと」
声をかけられたのを機に我に返って声の主に注目するのだが… 新人は後悔した。
自分のほど近い所に「章さん」の顔があったのだ。
何か粗相をしたのか?
だったらヤベぇって!
もしかして俺沈められる!?
つーか顔怖ぇ!
等と訳のわからない事を考えながら混乱する新人に困惑し「章さん」は「汗マーク」を浮かべながら先輩に向かい口を開く
「あ~これって… 僕の顔でビビちゃってますかねぇ?」
「みたいだな… すまないな」
本当に申し訳なさそうに謝る先輩
「まぁ別に慣れてますしねぇ… とりあえず挨拶したいんすけど?」
苦笑いを浮かべながら「章さん」がそういうと先輩は「わかった…」と言いながら新人の横まで歩き「いい加減に帰って来い!!」と渇を入れる。
「ひゃっひゃい!?」
新人は妙な奇声をあげる… どう見てもテンパッていた。
「とりあえず落ち着け」
新人は先輩に話しかけられたためか幾分落ち着きを取り戻す。
すると新人は「章さん」に一礼してから先輩の腕を取りそそくさと離れ耳打ちをする。
(ちょっと先輩)
(どうした)
(誰ですかあの人!?)
(誰って、 取引先の社員さんだよ。 上着を良く見ろ…)
チラリと見ると確かに上着には取引先の会社の名前が記されていた。
(………本当に社員? 暴力団の幹部じゃなくて?)
(幹部って… 本人には言うなよ?)
(やっぱし沈められたり!?)
(お前なぁ むしろあの人はいい人だぞ? 見た目は怖いけどな。それに…)
(それに?)
(章さんはああ見えてまだ21だ)
本日二度目のショックだった。
いや… いやいやいやいやいや!!?
ありえないっしょ!?
あんな貫禄のある顔と威圧感していて俺より年下なんて!?
俺の思考を読み取ったように先輩は溜息をつくと声をかける。
(まぁお前の思っている事は同感できるけどな本当だからな? …あと年齢でからかうのは危険だからやるなよ)
(怖くてそんな事できませんよ…)
新人はいい人と自分より年下という部分に疑問を思いながらもチラリと当人を垣間見る。
「章さん」は所在無さげにその場に立っていた。すると「章さん」と少し目が合ったのだろう(サングラスでよくわからなかったが)後頭部に片手を回しペコペコと会釈する。
確かによく見れば良い人そうだ… 年齢は未だ信じられないが。
そう判断した新人は先輩に礼を言いながらその場を離れ「章さん」と対峙する。
「あー すみません」
「別にいいっすよ」と笑いながら「章さん」は新人に話しかける。
「ども高砂章太郎っていいます」
こうしてやっと仕事が進むのであった。
…
…
…
話してみると高砂君はとてもいい奴だった。
顔の件も「気にしてないから別にいいっすよ」と笑いながら許してくれた…… が。
「まだ、これがあったんだった……」
トラック内にビッシリと積まれた資材が大量に残っていたのだ。
周りを見ても彼以外に大貫建設の人間の姿が見当たらない。
この量の荷物は一人でスーツの補助の無い生身の人間に運べるとは到底思えなかった。
俺は手伝おうと声をかけようとするのだが…
「まぁ見てろって」
先輩によって止められる。
「だけど先輩…」
抗議の声をあげようとすると高砂君はどこからか大八車を運んできて作業を開始しようとしているところだった。
頭に黒地に赤で何か書かれた手ぬぐいを巻き、軽く頬を叩きながら気合を入れる。
そしてトラックの荷台に乗り込むと…
唖然
あまりの驚きに声が出なかった。
彼は両肩と首の後ろに資材を抱えながら危なげなくスイスイと積み替えているのだ。
確かあれって一個50キロ以上あったような…
スーツを使ってもせいぜい三つが限度、それを彼は
「250キロぉ!?」
5個ほど抱えて運んでいるのだ。
それでも小走りにしているところからまだまだ余裕があるように見える。
「な? 俺の言ったとおりだろ例外だって」
「にしてもコレはすごいと言うかなんと言うか…」
「じきにお前もなれるって… あっそうだ、まだ一つ例外なことが起きるんだよ」
「こっちはたまにだけどな」と笑う先輩
まだあんのかよと思いながら視線を戻すともう作業が終了してタバコを吸っている高砂君が其処にいた。
資材は合計30個重さにすると1500キロ
「10分やそこらで終らせるなんてまじパネェ…」
笑いながら呟くしかなかった。
「いやぁ お疲れさんでした」
高砂君いや章さんがこちらに話しかけてくる。
「えっああ お疲れさんです。 …すごいんですね」
「ん これっすか? まぁ僕にはコレしかないんすよ」
そうやって笑いながら力瘤を作りながらパンと叩くと思い出したように
「あっそうだ」
と言うと真剣な顔をして先輩に振り向く
「今日何すけど… 多分あれがあるんで速く帰ったほうがいいですよ」
「あれって言うと… また何かいちゃもんつけられたのかい?」
「まぁちょっとありましてね、今日は速く帰ったほうが」
とここまでいうとバイクやら車の音にかき消される。
章さんはあちゃ~という顔をしながら額に手を当てて天を仰いだ。
いつの間にか広場の周りはド派手な車やバイクに囲まれていた… もちろん搭乗者はガラの悪そうなやつらばかりである。
よく見るとステッカーがはってありそこにはここいらで一番噂があるチームの名前が書かれていた。
噂というのは「薬物を売りさばいている」や「暴力団と関係がある」といったような悪いものばかりである。
一番高そうな車が入ってくると其処から包帯まみれのチャラい男が松葉杖をつきながら出てきた。
包帯まみれのためか見た目はあまり強そうに見えないが… いい車に乗っていたという事はこのチームのトップだろうと思われる。
チャラ男はこちら性格には章さんを睨み付けると…
「ようやく見つけたぞ糞坊主!!」
と叫んだ。
「今回は一体何を?」
チャラ男が叫んでいるのをスルーして先輩が冷静に章さんに聞く… って何でそんなに冷静なんですか!?
テンパル新人の心の声を無視するように章太郎は説明する。
「いやぁね この前仕事帰りに街を歩いてたら、こいつらが一人をよってたかってリンチしていたんすよ。 話を盗み聞きすると「ヤクの売買すんの嫌だから抜ける」って言った奴をボコしてたみたいなんでね。一寸やりすぎじゃねって思って止めようとしたら逆に絡まれちまいましてねえ… 穏便に済ませようとしたんですけど埒があかなくて、殴られていた奴を助けて逃げようとしたら追い込まれちゃったんすよ。 仕方ないから其処にいた20人を軽く撫ぜて帰ったんですけど… あいつに制服に書いてあった会社の名前見られたみたいなんすよ」
ハハハと後頭部に片手をまわして笑う章太郎
…いや笑いどころじゃねえって!?
「てめぇ… なに笑ってやがんだ!?」
こっちが話を全く聞いていないのが解ったのか男は激昂しながら怒鳴る。
それに対し章太郎は溜息をつきながら
「にしても… よくこれだけ集めたなぁ」
「お前をぶっ殺すためだけに200人集めてやったんだよ!」
「ったくよ~ 普通不良の喧嘩って言ったらタイマンが普通だろ? 恥ずかしいと思わんのか?」
呆れながら諭そうとする章さんに対して「るっせぇ!」と杖を叩きつけながら怒り狂う男… なんだろうかこの空気の違いは。
「今なら許してやるからよぉ 速く帰れや?」
この言葉が逆鱗に触れたのか男は包帯で隠れた顔を赤くしながら「おめぇらやっちまえ!」と叫んだ。
雪崩のように駆け込んでくるヤンキー達を見ると章さんは「仕方ねぇ」と呟くと
「迷惑駆けてすんません… すぐ終りますんでトラックの中に隠れていてくれませんか?」
と言った。
俺は困惑しながらも先輩に連れられながらトラックに入り事の成り行きを見守ったのだった。
…
…
…
「死ねやぁぁぁ!!」
そう叫び厳つい男が木刀を振り上げながら突進してくる。
章太郎は腕を組みながらその場から一歩も動かない。
そして男の一撃が章太郎の頭に炸裂した。
力一杯の一撃だったのだろう当たると同時に木刀が折れたのだ… 常人なら即死また大怪我となるだろう。
事実男は手ごたえを感じ口を歪めたのだが… すぐ驚愕で目を開く。
「イテェ」
それもそうだ自分なら血を流して昏倒する筈の一撃を章太郎は小石をぶつけられた程度の反応しかしないのだ。
「ウルァァァ!!」
今度は別の男が金属バットを振り上げて叩きつける… しかしこの一撃にも章太郎はさっきと同じ反応しかしない。 それどころかバットの方がへこむくらいである。
以降も同じで殴られようが蹴られようが章太郎は一歩も動かない。
それどころか少し肌が赤くなった程度で怪我をしているようには見えない。
ようやくここでヤンキー達は気づいたのだ
「自分達はトンでもない化け物を相手にしているのでないか?」と…
攻めあぐんでいると一人がトラックに向かい走る。
後ろにいる奴等を人質に取ればいいのだと考えたのだ。
しかし
「それは」
手近にいるヤンキーに左手で軽くワンパンをいれ悶絶しているうちに片手で抱えると
「やらせんよぉ!!」
叫びながら投げる。
殴る・投げる・殴る・投げるを繰り返し人間砲弾を量産していった。
トラックに向かう奴がいなくなると今度は集団に対して砲撃が始まった。
結果…
「馬鹿な…」
包帯チャラ男が呟くそれもそうだ… 自分が用意した兵隊がものの数分で半数以上減らされているのだ。
しかも全員生きている。
呆然としていると、「おーい」と声をかけられた… もちろんかけたのは章太郎だ。
「どうすんだぁまだやるかぁ!! 今ならお前がワビ入れれば許してやんよぉ!!」
男にしてみればそれは避けなくてはいけなかった200人用意して一人に負けてワビを入れるなんて屈辱でしかない―― それどころかリーダーとしての面目が丸つぶれである。
男は屈辱に顔を歪めながらも何かを思い出したかのような顔になると…
「誰がてめぇなんぞに詫びなんぞ入れるか! 見てろやぁ!!」
と叫ぶと一際大きいトラックに杖をつきながら向かった。
「おいお前らの頭行っちまったけどいいのか?」
困惑しながら近くにいるヤンキーに話しかける章太郎。
するとヤンキーはビクッとしながらもすぐニヤりと笑みを浮かべてこう言った。
「あーあテメェ死んだぜ」
「はぁ?」
「あの人はなぁ、とある組の幹部の息子でよぉ… よく組から色々と便利なもんを卸してもらってんだよ。んで今から出てくんのは最近おろしてもらったばかりの奴なんだよ… てめぇも可愛そうな奴だな… アレの犠牲者第一号なんだからなあ!!」
男は勝ち誇ったように話す
「取り合えずよぉ」
「ん?」
「あいつの親父の組の名前教えろや」
「何だぁ今更謝ってもおせぇかんな!!」
「別に」と呟くと章太郎は携帯を開きまずメールを打ち、終わったらすぐどこかに電話をかけて少し話して携帯をしまった。
「なんだぁ今更応援よんだのかぁ 残念だったな… もう」
「遅ぇよ!!」と叫ぶと同時に包帯チャラ男が入った車が大きな音を立てて破壊されると其処には…
「ハッハー! この軍用強化スーツでぶっ殺してやらぁ!!」
体を黒い強化スーツで固めながら包帯チャラ男がスピーカー越しに叫ぶ。
ザンザンと音を立てながらこちらに近づいてくる… 大きさ4メートル程だろうか章太郎の2倍以上の大きさである。
「何ちゅーもん出しやがんだよ…」
呆れながら呟く章太郎… するともう男は眼前に来ていた。
「クックックよくもまぁコケにしてくれたなぁ… ぶっ殺してや」
「あーちょっといいか?」
章太郎が話を遮る。
「ああん?」
「とりあえず一個聞きたいんだけど… それ火器とか付いとんの?」
「そんなんなくてもよぉ… てめぇをヤルにゃぁ十分だっつーんじゃぁ!!」
「そうかなら…」
章太郎は
「なんとかなるわなぁ!!」
不敵に笑った。
「なに笑ってんだよ!!」
癪に障ったのか包帯チャラ男はその右腕を章太郎に叩きつける。
軍用強化スーツは一般企業のものよりも運動性・操作性の強化が格段に上がっている… そんなものを人間相手に使ったらどうなるか? 答えは即死である。
実際章太郎は弾き飛ばされ地面に横たわる… すかさず包帯チャラ男は強化された脚力を持って追撃に向かう。
「死ねぇ! 死ねぇ! 死ねやぁ!!」
叫びながら踏みつける・踏みつける・踏みつける。
ヤンキーの中には目をそむける物もいる。
当たり前だろうこんなにやられたら死体しか残らない、それも車に引かれたヒキガエルのようなスプラッターなやつだ。
「もう気が済むまでやらせるしかない」
その場にいたほとんどの人間がそう思っていただろう… 当事者以外はだ
「うおおおおおおおおおお!!」
叫びながら包帯チャラ男はストンピングをやめない、というより様子がおかしい。
圧倒的優位にいるのにも関わらず男の顔には焦り… いや恐怖が張り付いていた。
足の動きが止まる、男の気が済んだのか?
周囲の人間の視線は足元に集まる。
誰もが息を呑んだ… どうしてか?
その理由は
「いてぇよ…」
すぐ判明した。
「こん畜生がぁぁ!!」
死んだと思っていた人間が立っていたからである。
所々汚れているが大した怪我がなさそうに男の足を掴んでいたのだ。
「次はこっちの番じゃぁ!!」
するとそのまま投げ飛ばす…
4メートルの巨体は弧を描き大きな音を立てて地面に叩きつけられる。
といっても男には大したダメージになっていない。
その証拠に男はすぐ体制を立て直す… だがその顔には覇気はなくただただ青ざめていた。
章太郎との距離大股の歩数にして10歩程、 そして章太郎は男に向かって駆け出す。
ここで男は勝機を見る… 章太郎のスピードがあまりにも遅かったのだ。
ドスン、ドスンという足音が章太郎の鈍足さをかもし出している。
その様子を見て「奴が俺に近づく前にカウンターを食らわす」のが男の思いついた勝機だった。
格闘技を学んでいたわけではないが今のこの体は大幅にスピードがアップしているのだ… 鈍足ともいえる章太郎の攻撃にあわせるのは簡単な事だと考えたのだ。
残り五歩のところまで章太郎が近づく… シナリオのために迎撃の態勢をとる男。
しかし… 男のシナリオは採用されなかった。
「へ?」
消えたのだ。
どこに行ったのか解らない目だけを右に左に動かしても捕捉出来なかった。
白昼夢か?
そう考えていた男の腹に衝撃が走った
「ぐほぉ!?」
体が宙に浮かぶ
男は顔が青ざめさせながらも自分の腹部に目を向ける。
其処には…
「捕まえたぞおらぁぁ!!」
自分が見失った男がいた。
章太郎はそのまますかさず抱え上げてブリッジの要領で叩きつける… いわゆるフロントスープレックスである。
「もういっちょぉぉ!!」
それだけで終るわけでもなく二転三転しながら叩きつけられ…
「どっせえええい!!」
投げられた。
いくら対ショック性能があっても度重なる衝撃と回転にスーツの装着主が脆弱では耐え切れるのかというと…
「うげぇぇぇ」
耐え切れなかった。
男は嘔吐しながらグッタリしている。
「ん~コレでも壊れんかぁ」
「やっぱり硬いか」と右腕をグルグル回しながら近づくと左手で男の襟元を掴みスーツごと引き上げると耳元で喋る。
「最終忠告だ… 今すぐ其処から出ろや」
そういうと男は腕を引き抜き、足を引き抜きスーツから這い出る。
章太郎はそれを確認すると右の拳を固めて大きく弓なりに体を開き…
「がああああ!!」
咆哮と共に右の拳はオーバースローの軌跡を描きスーツに襲い掛かった。
ズンという重い音が響き渡る。
「なんじゃそりゃああああ!?」
チャラ男の驚愕に満ちた声が響き渡る。
周りの人間は何かと重い、右の拳によって大地に縫い付けられたスーツを見ると………
「「「「「はああああ!?」」」」」
そう叫んでも仕方ないだろう。拳はスーツを通して地面に穴を穿っていたのだ。
「んっしょっと」
右手についたそれをゴミのように捨てると章太郎は時間を確かめる。
「もうそろそろだな」
そういうと座り込む包帯チャラ男に向かい歩き出す。
もう顔色は青を通り越して紫になっている。
「やっやめろ!?くるな!! おっ俺に手を出したらどうなるか解ってんだろうなぁ!? 親父がヤクザの親父が黙っていねぇぞ!!」
腰を抜かしているのか這い蹲りながら逃げるがすぐ追いつかれる。
そして男の前にしゃがみこむと……
「おい」
「ひぃぃぃ!?」
「お前の親父ってあれか?」
顎で視線を促した。
「へ? あああ!!」
男の顔が希望に彩れる、其処には黒のリムジンから飛び出してきた中年の男がいた。
父の確認をしたのか包帯チャラ男は走って近づいていく。
「父さん!? あいつ! あいつぶっ殺して!!」
そう頼んでいるが父親は厳しい顔をしている
「あいつ俺にいや! 組に喧嘩売ったんだよ!?早く殺し」
「いきなり会長から連絡があったらと思ったら…馬鹿か貴様は!!」
「ひぃ!」
父親に怒鳴られそのまま尻餅をつく…
「なっなんで?」
「おまえ… 喧嘩を売っちゃなんねえ奴に喧嘩を売っちまったんだよ!!」
「どっどういう」
「組潰しを知らんとはいわせんぞ!!」
辺りに声が響き渡る。
組潰しという単語が出るとヤンキーの中でざわめきが走る。
「組潰しってあの?」
「そうだ… あいつがあの組潰しだよ!!」
そういうと父親は、紫煙を吐き出す章太郎を指差す。
「生身でしかも単身で関西最大勢力のとあるヤクザを壊滅寸前まで追い込んだ化け物みたいな男それが…」
「あいつなんだよぉぉ!!」とまた指差す。
その光景をみた章太郎は立ち上がりながら近くまで歩く。
目の前で止まると暫く対峙するそして…
「んでこの状況どう落とし前つけんだ?」
章太郎が口を開いた。
「とりあえずもう警察は呼んであんだけど… どうすんの? まあそっちの頭と話すのもありだけどよぉ」
奴の携帯の中には様々な要人の番号が記録されているという。うちの会長と直通の番号を持っていてもおかしくないだろう。
章太郎の気迫に押されながら答える。
「息子はこのまま引き渡す」
チャラ男は「そんな!?」と悲痛な顔をして縋り付くが… 父親は振りほどく
「うるさい! 貴様のせいで俺の出世はもうなくなったと同じなんだよ! 貴様なんぞし」
知らんと言おうとするがプレッシャーによって飲み込む
「ちょぉまてや…」
その発生源を見ると手をポケットに入れてタバコを咥えながら怒気を発する章太郎がいた。
「そもそもてめぇがこいつに武器渡していたんが元凶だろうが… それに薬をばら撒いとったのもてめぇの組がやったことだろうが!! それをよぉ息子せいにして自分は逃げるだぁ?」
手をポケットから出して父親の襟首を持ち上げる。
「おいゴラ…」
「なっなにを…」
周りの黒服を見回しても誰も動かない。 動けないのだ。
風を切る音に反応して前を向く、其処には自分の顔に目掛けて唸りを上げてくる
「テメェの子供のやらかした責任はテメェで取れや!!」
章太郎の額があった
「ごぶぉぉぉ!?」
鐘を突いたような音が響きわたり父親は額からシュウシュウと煙を上げながら気絶した。
と同時にファンファンとサイレンの音が響く。
父親を打ち捨てると章太郎はトラックに近づいて声をかける。
「いやぁスンませんご迷惑おかけしまして…」
「いやいいですよ… 章さん今回もやらかしましたねぇ」
「そー何すよぉ はぁ、帰ったら社長になに言われるか… 」
ハハハと互いに笑いあう先輩と章太郎。
「とりあえず早く出ちゃってください… 後は僕の方で何とかしますんで」
「わかったよ… んじゃ章さんまた今度」
「はい。 新人さんもまた取引お願いしますね それじゃ!!」
「はっハァ」という新人の気の抜けた返事を聞くとトラックは出て行った…
「さて…」
辺りを見回すとパトカーが立ち並び殆どのヤンキーが検挙されていた。
「何て説明しようか…」
そういいながら携帯を開き「社長」と明記された番号を選び通話ボタンを押した。
…暫く章太郎の方耳の調子が悪くなったのはここだけの話である。