いちのじゅうさん あいちゃんの中根さん
待ちに待ったお弁当の時間。今日はきららもお弁当仲間だ。
きららは、予め分かってたかのように少し大きめのお弁当を持って来てる。
正面にきらら、右手に〆子。
「はい、あーーーーーん」
きらら?! 目の前に差し出された卵焼き。
「パク!もーぐもーぐもぐ」
食べたのは〆子だった。
〆子も自分のお弁当には手も出さず、
きららの彩いっぱいのお弁当を分けてもらって大喜びだ。
だって、〆子のお弁当はうちの母さんが作った海藻サラダなんだもの。
「ぼわ!」
って、タッパーの蓋開けると大山盛りの海藻が爆発するやつ。
〆子の親御さんは研究の都合でほとんど家にいない。
その代わりに研究所仲間の母さんが〆子のお弁当を作ってあげている。
それは小学校のころからそうだ。
ならもっとましなお弁当にしろよって思うけど、〆子の親御さんが、
海藻サラダ以外NG指令を出してるらしい。
よくいたよ、そういう子。この子に甘いお菓子を与えないでくださいって、首から札下げてる子とか。
「はい、あーーーーーん」
「パク!もーぐもぐもぐ」
いいな。あれ。
「二等兵殿、よだれが」
じゅるる。
結局俺は朝に引き続き、昼も海藻サラダ攻めにあって、自ら頭髪消滅警戒警報を解除する羽目になった。
お弁当を片付けながらきららが言った。
「でさ、今日の6限目って言語文化だったじゃない」
最悪のタイムカリキュラムだ。クラスの8割が永眠するだろう。
「その時間、あたしこのクラスに来るね」
「なんで?」
「それ聞きますか? 二等兵殿」
「女の子にはいろいろある?」
〆子の握力がギネス記録を狙いだした。
いたたたた。
「重力場がおかしいから」
「ジューリョクバ?」
「でしょ、言ってもわかんないから」
「いやいや、説明してよ。いきなり量子力学的ヘッグス粒子なこと言われてもですね」
「%(%’’QW)('W'QE=E|E=QWQ)=QE|=QWEQ……」
それが3分ほど続いた。
「わかったわかった! いやわからんのが分かった」
「でしょ。説明しようにも現代日本語じゃ無理なの」
「なんか、QWERTYキー配列みたいな言語だけど、それってG語なの?」
「G語w。まあ、そんなところ。あたしたちは5次元語って言ってるけどね」
「ぼわ」
5次元。言葉の綾とか比喩じゃないのか。
シュ!
「その5次元と、きららのその腕と関係がある?」
恐る恐る聞いてみた。
きららの腕がねじれて黒い滴りを床に落としていたからだ。
「あ、また。もう康太くんってば、しつこい」
康太が教室の隅からきららを凝視し、スケッチブックを抱えて筆を走らせていた。
鍛錬に余念がない。康太のそういう努力家なところが俺は好きだぜ。
きららは元に戻った白いしなやかな腕をさすりながら、言おうかどうしようか迷ってる風だった。
するとどこかからともなく、
「あたしたちの世界は、3次元に時間軸を加えた4次元空間でできている」
と言う声がした。それはもちろんきららのではない。
「人の話を盗み聞くなんて、クラス委員のすることかな? 中根さん」
きららが言った。
確かに中根さんの声だけど、中根さんは教卓のほうで他の女子とお弁当してたはず。
俺は、首を伸ばしてそちらを見た。
何あれ?
教卓の前に銀色をした人の背丈ほどある耳が2つ立っていた。
目を凝らしてよく見ると、その耳は立っているのではなく、中根さんの側頭部から生えているものだった。
中根さん、耳バグってるんですけど!
〆子の掌に汗がにじんでいる。きららの表情が硬かった。
中根さんは黒板のほうを凝視したまま身じろぎもしない。
中根さんの声が続ける。
「リサ・ランドールくらい知ってるよね。天才宇宙理論物理学者にして5次元空間の提唱者。
曰く、あたしたちのいる4次元空間は幕のようになっていて、それを5次元空間が取り囲んでいる。4次元の存在であるあたしたちは幕から出ることはできないけど、唯一重力だけが抜け出すことが出来る、ですよね? 井澤きららさん」
「よくご存じね。でも、ウィキでもそれくらいは載ってそうね」
「あら、そんなこと言ったら、御室 藍先生がタダじゃ置かないの知ってるでしょ。ウィキは神聖な空間っていつもおっしゃってるもの。それともわざと藍先生を誹謗した?」
「よくわかったね、中根さん。あいちゃんにあれやこれや手取り足取り教えてもらってるみたいだけど、教師と生徒の百合はリスク高いよ」
「特進が言うね。藍先生は賢ければ教師と生徒なんて関係ないっておっしゃってたわ」
「人を利用する人間が言いそうなことね」
「嫉妬で煮えくり返ってるのが顔に出てますよ。井澤さんの特等席をあたしが奪ったのがそんなに悔しかったかしら」
「ちがうよ。中根さんにあたしのようになってほしくないだけ」
「笑わせないで、藍先生の耳に、いや、目に、あれやっぱ耳かな、もう目! いや耳だった。このシステムややこしい。もとい、それになれずに捨てられたくせに」
「あなたはそんな耳になってまでも、あいちゃんに尽くすつもり?」
「あたしは、あの人にこの身をささげられて本望なの。どんな体になろうともね。この耳はさすがに重くってウザいけど」
「お馬鹿さんね。泣けてくる。昔のあたしを見ているよう」
ここは男の俺がしゃしゃっちゃだめなシチュ。
それにきららの周りが揺らぎ始めてる。嫉妬の炎ってやつかも。
じゃ、おれはちょっと失礼して。
いてて。
ベランダに逃れようとしたら、〆子に思いっきり腕を曳かれて椅子に戻された。
「聞いてて」
〆子の心の声だ。でも、いつものじゃない。あの性格変わっちゃった方の。
女子同士のケンカを聞いてるのは男子にとっては拷問だけど、
「女の子の議論を軽視する男はサイテー」
と母さんに教わった。
「わかった。ちゃんと聞いてる」
「聞くのは呼吸だよ。分かってる?」
ケンカじゃないんかい。
「あ、呼吸ね。中根さんの」
「違う。あいちゃんのだよ。そして呼吸が変わったら言って」
「了解です」
とりま、俺はあいちゃんの呼吸を探る。
あいちゃんの呼吸が聞こえて来る。
それは廊下から。そして階段の下の方から。
1階の渡り廊下の先から。教科棟を抜けて教員棟の中から。
俺が今聞いているのは、あいちゃんの吐息だ。
「はぁ」
一息ごとに男子を悩殺するその吐息。
「はぁ」
女子生徒もまた魅了されてやまない甘い息。
「はあ」
それは、2階の奥の部屋。社会科準備室から聞こえて来ていた。
扉の中にあいちゃんはいた。
シースルーの背中が見えた。教員用机で両肘をついてる。
また一つ吐息をついた。
「はぁ」
俺と目が合った。正確には目と耳だけど。
「はっあーーーん」(あの効果音っぽいやつ)
あいちゃんの呼吸が変わった。
「変わった」
「飛ばして!」
「飛ばす? 何を?」
「きららを」
「どこに?」
「あいちゃんのところに」
「えーーーーーーーーー!!!!」
「できるでしょ。二等兵殿なら」
「できるわけ」
「できるから」
「どうやって?」
「めっちゃ耳を傾けて」
「無理」
「無理じゃないから」
「無理無理」
「できるって! ずっと海藻サラダ食べてきたじゃん」
「それが何?」
「はあ? 能力を引き出すためだろ!」
俺の能力って、《《聞こえたものが見えちゃう》》だけかと思ってた。
飛ばすこともできるのね。
「はよ!」
〆子に促されるまま、俺はめっちゃ耳を傾けてみた。
うーーーーんんんんんんんん!
俺は本当にきららを飛ばせるのか?
(毎日2エピソード更新)
続きはこのあと21:10に公開します
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