殺し屋と勇者 ―招かれざる客をなるべく丁重に処理する方法―
辺境の街。小さな冒険者ギルド。
受付カウンター内。ニルは、あたふたと萌黄色のエプロンの後ろ紐を蝶結びにしている。受付嬢が欠勤となり、急遽代わりを務めることになったのだ。
真新しいエプロン、真新しい制服。
普段は垂らしている前髪は、蜜蝋にラベンダーを混ぜたワックスできちんと後ろに撫でつけていた。安物なので香りがきつい。
名札はないが、一人前のギルド職員になった気分。対応マニュアルは一通り読み込んである。大丈夫、とニルは自分にいい聞かせる。
玄関扉が開き、二人の男が入ってきた。
ニルはにこやかな笑顔を作る。新人らしく元気よく声を張り上げる。
「いらっしゃいませ」
二人の男は反応しない。店内にざっと視線を巡らせると、受付カウンターへ。
ニルがぺこりと頭を下げる。
「ギルドカードをお願いします」
「おい、ギルドカードだってよ。あるか?」
「ねえよ」
「俺もねえよ」
窓の外はすでに暗い。大きな満月が上りはじめている。室内では橙色の魔晶灯がぼんやりと輝いている。
二人の男はほぼ同じ格好をしていた。黒のロングコート。濃い紅のマフラー。濃い茶の色眼鏡。どちらも漂白したように白い肌。
一方がのっぽで面長。一方が小太りで丸顔。
「当ギルドのカードを新しくお作りになりますか?」
ニルが新規加入の用紙をカウンターに出した。
「なんだこりゃ?」
「こちらの紙の各欄に、お名前、住所、冒険者歴、使える魔法とか特技なんかを一通り書いていただいて……」
のっぽがいう。
「おい、なんか書けってよ。俺は文字なんか書けねえ」
小太りがいう。
「俺も書けねえ。人間界の文字はな。どうでもいいだろ、新規加入とか。なあ、坊ちゃんよ」
ニルは童顔で低身長なため、年少者に見られることが多い。わりと気にしていることだが、にこやかな笑顔を保つ。
「そうですか。ただ、加入されませんとお仕事の紹介はできませんが」
「お仕事の紹介はできませんが、ときたぜ」
「まいったな。坊ちゃんよ、俺たちが職探しに来たように見えるか?」
「すいません。新人でして」
ニルがぺこぺこ頭を下げる。
「じゃ、ご用の方は?」
のっぽがカウンターに肘をつき、前に乗り出してくる。
「勇者って野郎がいるだろ。そいつに用があんだよ。いつもこの店に来てるんだろ?」
小太りもカウンターに肘をつき、前に乗り出してくる。
「今日もここに来てるはずだ、ってな。近くの村の連中がご親切にぺらぺらとしゃべってくれたぜ」
のっぽが両手の指先を合わせる。指の爪が黒曜石めいて硬質で鋭い。爪で爪をかちかち鳴らす。
「おい、間違いねえんだろ?」
のっぽがいうと、小太りが顔を上向ける。団子鼻をひくひくさせる。猟犬みたいに。匂いを嗅ぎ取っているらしい。
「ああ、間違いねえ。すぐ近くまで来てやがるはずだぜ」
のっぽがいう。
「坊ちゃんよ、勇者の野郎を知ってるか?」
「あ、はい」
「なら、おめえにも役に立ってもらう」
「何をするんです?」
「何をすると思う?」
ニルが目をしばたたかせる。
「知り合いなんですか、勇者と?」
「知らねえよ。会ったこともねえ」
ニルは、窓の外を横目に見る。
空の満月は、向かいの雑貨屋の屋根にかかるくらいの高さまで上っている。月の光が窓から差し込み、ニルの足元まで伸びて床一面に描かれた凝った紋様を照らしている。
あと半刻もすれば街の〝閉門の鐘〟が鳴り、冒険者ギルドは営業終了となる。
「おい、いい月だぜ」
「だな。俺たちにゃうってつけの夜だ」
のっぽと小太りの横顔。二人の色眼鏡の隙間から赤い輝きが漏れている。のっぽがニルに向き直る。
「なあ、冒険者はいねえのか? ここは冒険者ギルドだろうが」
「たいていはにぎわってるんですけど。波がありますから」
「しけたギルドだな。受付嬢はどうした? 若い女どもがいるはずだろ」
「帰りました。退勤時間で」
「つまんねえとこだぜ。じゃ、坊ちゃんよ。ここで一番偉いやつを呼んでこい。ギルドマスターってやつだ」
「すいません。ギルドマスターはただ今、取り込み中……いや、外出中で」
「いいから、呼べ」
ニルはぶるっと震えながら、受付カウンター奥のギルドマスターの部屋へ。
晩酌中だった初老のちょび髭男――ギルドマスターを連れ出してくる。ギルドマスターはおかんむりの顔つきだったが、のっぽと小太りを見たとたん蒼白に。
小太りが、コートのポケットから荒縄と猿ぐつわを取り出す。のっぽといっしょにギルドマスターを手際よく縛り上げる。猿ぐつわをかませて床に転がす。
「人質ってか? こんなじじいじゃかけらも色気ねえが」
「用心だよ。肉の盾にゃなるだろ。勇者ってのは卑劣な野郎だからな」
のっぽが棒立ちしているニルにいう。
「で、坊ちゃんよ。俺たちは勇者の野郎をどうすると思う?」
「わかりません」
「じゃ、教えてやろう。俺たちは依頼されたんだよ。勇者の野郎を殺れってな」
小太りがいう。
「勇者の野郎はな、とある城に忍び込んで、そこの城主を刺した。で、反撃されて逃げた。卑劣な野郎でよ、食い物とか酒に猛毒を仕込んでやがった。料理人を金で買収してな」
「返礼しにきたんだよ。俺たちが、城主に代わってな」
「いいか、勇者の野郎が来やがったら、おめえはいつも通り対応しな。そこに突っ立ってろ」
ニルが受付カウンターへ押し込まれる。
のっぽが、受付カウンター内の丸椅子を斜め後ろの仕切り板の裏へ移動させ、そこに座った。
小太りが、受付カウンター内の端っこの床にしゃがみ込み、あぐらをかく。そばにギルドマスターが転がっている。
ニルが壁際の掲示板をちらっと見やる。掲示板には冒険者への依頼のビラが何枚も張り付けられている。
その中の最上段の一枚。真っ赤なインクで「特級賞金首」とある。
二つの似顔絵の下に説明文。人間に変化する二人組の狼男。魔王城お抱えの暗殺者。魔王に敵対する者を多数殺害している。好物は酒と人肉。弱点は銀と聖水――。
のっぽが短刀を取り出し、自分の指爪に当てる。短刀をすべらせ、爪先をより鋭く削っていく。左右十本分を削り終えた。曲刀の切っ先みたいに照り輝く爪をながめていう。
「勇者の野郎、来ねえじゃねえか。なんでだ?」
ニルが正面を向いたままいう。
「来る日と来ない日がありまして」
「今日は?」
「来る日だと思いますけど」
「なあ、坊ちゃん。のどがかわいたぜ」
「うちは冒険者ギルドでして。飲み物のサービスとかはちょっと」
「のどがかわいた、ってんだよ。なんならおめえの血肉にするか?」
小太りが横からいう。
「酒がいい。強いやつだ。貧弱な人間どもが卒倒するくらいの」
「少々、お待ちください」
ニルは小走りでギルドマスターの部屋へ。
戸棚の奥に酒瓶が並んでいる。ギルドマスター秘蔵の高級酒瓶。上質な厚紙が胴に巻かれているものを二本取った。中央のデスクに置き、二本の栓を抜く。
それからエプロンのポケットから小型のガラス瓶を取り出す。中に青白い液体。瓶の貼り紙には「注意! 飲み物ではありません。聖水」とある。
「聖水」の栓を抜く。瓶を傾け、開けた酒瓶の口に青白い液体をどぼどぼと注ぐ。酒と混ざった液体があふれ出す。デスクがびしょびしょになるが混ざりきるまで続ける。ポケットからもう一本「聖水」を取り出し、二本目の酒瓶にも同じことを繰り返す。
「どうぞ」
ニルは受付カウンターに戻ると、のっぽと小太りに酒瓶を一本ずつ差し出す。
床に転がっていたギルドマスターが、目を見開く。身じろぎしてんーんーとなにかいいたそうだが猿ぐつわのせいでしゃべれない。
のっぽと小太りが口を開け、酒瓶を持ち上げる。どちらも唇の端が耳元あたりまで裂けていた。ラッパ飲みでどぼどぼと口の中へ。
次の瞬間、二人が硬直する。くぐもったうめきが重なる。二人の身体がぐらつく――かと思いきや。
二人とも足を踏ん張り、のどを鳴らし、口に残っていたものを飲み下した。
のっぽが首をかしげる。
「妙な味だ。酒の味が半分しかしねえ」
小太りが腹を揺すって、げっぷを一つ。
「たしかに、人間どもが卒倒しそうなもんだがよ。安物か?」
「すいません。新人でして」
ニルがぺこぺこ頭を下げる。
窓の外では、満月が雑貨屋の屋根を通り越していた。窓からの月の光がさらに伸び、床に描かれた凝った紋様の全体をはっきりと照らしている。紋様の線が月光を反射しつつ、脈打つように明滅しはじめる。
遠くから鐘の音が響いてくる。〝閉門の鐘〟の音。街中のあらゆる店が閉まる合図だった。
「来ねえな、勇者の野郎」
「気づいて逃げ出したか?」
「匂いは? すぐ近くにいるんだろ?」
「はずだがよ。さっきから妙な匂いが邪魔してて……ん、なにしてやがる?」
のっぽと小太りが振り向く。
ニルは「聖水」の瓶を振って、青白い液体を床にまき散らしていた。
「すいません。掃除しなきゃいけなくて」
「掃除?」
「すぐ済みますんで」
そのとたん、床一面に描かれた凝った紋様が青白く輝き出す。その輝きが柱のように立ち上り、のっぽ、小太り、ニルもろとも空間を埋め尽くす。
「こ、こりゃあ!?」
「……結界か!?」
のっぽと小太りがうめきながら身体を折る。どっと倒れ込む。
「はい、退魔の結界です」
ニルがにっこり笑い、二人を見下す。
「たいていの冒険者ギルドには、魔物の襲撃に備えて緊急用の結界が仕込まれているんです。ここのやつは発動に聖水と一定の魔力量が必要な型ですけど、さっきから月の光をたっぷり吸ってましたので」
のっぽと小太りが腹を抱え、激しく身もだえる。
二人の色眼鏡が外れ、赤く輝く魔族の目が露わになる。口が裂け、とがった犬歯がむき出しになる。げえげえと吐き出される液体がきらきらと青白く輝く。
「ああ、退魔の結界は、聖水の効果を最大限に強化するんです。今、お腹の中が爆発してるみたいでしょう? 冒険者ギルド内で暴力行為は御法度ですが、人間に化けた狼男相手なら話は別……なんてね」
ニルがエプロンの後ろ紐をほどいて脱ぎ、ぽいとカウンターに放る。そして制服の内ポケットから銀の短刀を引き抜く。
「正直、二匹程度ならこんな三文芝居いらないんだけど。なるべくきれいに始末してくれ、ってギルドからの依頼でさ」
のっぽと小太りは、青白く輝く床の上で芋虫めいてのたうち回るだけ。
「おめえは……!」
「おめえが……!」
ニルがしゃがみ込む。
銀の短刀をのっぽの首筋に一突き。引き抜き、小太りの首筋にも一突き。二人は酸欠の魚みたいにぱっくり口を開けたまま、こときれた。
ニルは短刀にしたたる血をハンカチでぬぐい、立ち上がる。
カウンター上の赤インクの羽根ペンを取ると、壁際の掲示板へ。最上段の「特級賞金首」のビラ。のっぽと小太りの似顔絵に、大きく「×」をつけた。




