深海で、私はそれでも剥がし続ける
その感触は、もう偶然ではなかった。
ほどけはじめた膜は、意識を向ければ応えてしまうほど弱っていて、剥がすという行為は、次第に作業へと変わっていった。
……
ぺりっ。
一度きりの動作ではなかった。
同じ感触が、何度も繰り返される。
回数を数えようとしたが、すぐにやめた。
数える意味がないことを、身体の奥が先に理解していた。
ほどけるたび、空腹が戻った。
正確には、消えかけていたものが、また輪郭を取り戻す。
どうやら、栄養はこの膜の先端――絡みつく海藻のようなものから、微かに運ばれていたらしい。
ほどくことは、同時に断つことでもあった。
ほどけていくにつれ、空腹がはっきりと増していくのを感じた。
それを抑えようとして、何度か戻そうとした。
剥がれた部分を寄せ集め、そのたびに元の形に戻そうとした。
だが、くっつかない。
どれほど近づけても、かつての密着は再現されなかった。
戻れないのだと、そのとき知った。
それからは、試すしかなかった。
動く。
止まる。
剥がす。
どの行動にも、途方もない時間がかかった。
ほんのわずかな動きに、体感では永遠に近い時間が費やされる。
焦りは、空腹よりも遅れてやってきた。
そのとき、ふいに記憶が浮かんだ。
――にゅるんと、吸い込まれた記憶だった。
理由も、前後も思い出せない。
ただ、確かに私は、何かに吸い込まれた。
それなら、と考える。
吸い込まれたのなら、吸い込めるはずだ。
とりあえず、吸い込んでみる。
周囲の水とともに、微細なものを取り込めるかもしれないと思いながら、吸い込んでみる。
すると、空腹感がほんの少しだけ収まったような気がした。
何もしないよりは、ましだったのかもしれない。
だが、くっついていたあの状態とは程遠い。
空腹は薄まるだけで、消えない。
吸い込むだけでは、到底足りなかった。
私は、決めた。
空腹を消すことを、目的にしないことにした。
どうしても抑えきれなくなったときだけ、吸い込んで空腹感を紛らわせながら、作業を続けることにした。
吸い込み、そしてわずかに動き、ぺりっと剥がす。
やがて、吸い込む回数のほうが、剥がす回数を上回っていった。
剥がせば、また空腹が戻る。
それでも、手を止めなかった。
どれほどの時間が過ぎたのか、もう分からない。
同じ動作を、同じ意思で繰り返し続けた。
やがて、抵抗が変わる。
どのくらい続けていたのか、もう分からない。
無数に絡みついていた根のようなものが、少しずつ剥がれ落ちていく。
気づけば、その大半――八割ほどが離れていた。
支えを失った花は、自身の重さに耐えきれなくなったのか、
ゆっくりと下へ下へと引かれていく。
まだ残った根に、ぶら下がるような形で。
先が、見えた。
それは出口のようにも見えたし、そうでない気もした。
だが、終わりに近づいていることだけは分かった。
最後の剥離の直前、私は強い空腹を感じていた。
吸い込んでも、吸い込んでも、追いつかないほどの空腹を。
それでも、止まらなかった。
ぺりっ。
次の瞬間、花全体がわずかに軋むのを感じた。
支えを失った重みが、残された根にかかっている。
私はまだ落ちていない。
ただ、辛うじてぶら下がっているだけだった。
それでも、空腹は消えなかった。
だが、支えが削られ続けている以上、
この状態が長く保たれないことだけは、はっきり分かった。
このまま続ければ、遠くない未来に、私は落下する。
それは予測というより、
すでに始まっている事実のように感じられた。




