第一章 2018年の君へ 第二節
我等は夜を彷徨う者也
この魂の行方は何処に…
とぼとぼと私は協会を後にした
あれだけ意気揚々と自信たっぷりに挑んだだけあってショックは大きかった
『天啓術式』がないそれは魔術師にとっては致命的な問題だ
実際、天啓術式なしで魔術師をしている人もいるけど協会の認可を得るには術式が必須
協会の上位組織に入るつもりならなおさらだ
『魔術師は才能でその人生の八割が決まる』 これは魔術世界の常識だ
天啓術式は遺伝することがほとんどだけどこの術式は後天的に取得することはできない
私の場合は両親が魔術師でそこそこの術式を持ってたから私もそれを受け継いでいると思い込んでいた
だって実際、魔術への適正はあったし汎用術式なら少しは使えるんだもん
「……」
この世の終りみたいな気分で歩き続ける
家に帰るために駅に向ってるつもりだけどどこをどう歩いてるか分からない
時間はまだお昼前、ただでさえ人の多い東京で人の波に逆らって歩いた
「……」
「た……」
「……」
「だ…… たす……」
「……」
「…だれか ……だれか助けて」
「……っ!」
耳元に反響したかすかな声に反応する
都会の喧噪の中でギリギリ聞こえるかどうかの声だ
でもたしかに誰かが助けを求めている…
「聴覚強化」
汎用術式で聴覚を強化する本当なら雑音遮断も同時に使えたらいいんだけど私にそこまでの技量はない
とにかく今は場所の特定を最優先に考える
「……」
「……助けて!」
「みつけた!」
私は声のするほうに走り出す人の流れをなんとか潜り抜けて路地裏にたどり着いた
「うっ… ああ」
「大丈夫!?」
「あ、えと… 急に何かに捕まって…」
薄暗い路地裏には小学生ぐらいの男の子が倒れていた
とても怯えた様子で奥のほうを見つめる
その先には…
「ヴァウ……」
真っ黒な体に赤黒い炎をまとわせた犬生き物…魔獣がいた
大きさは大型犬よりも大きい二メートル近くありそうな勢いだ
「ハウンド…レベル3の魔獣か…」
てっきりスライム程度の魔獣だと思っていたから大きな誤算だ
ハウンドはケルベロスの幼体だけど討伐難易度は五段階中の三番目…
本来ならBランク以上の魔術師じゃない倒せない相手だ
対して私のランクはDランク… 相手にならない
「あ、あの… 友達があいつの側に…」
「え!?」
足元を見るとたしかに女の子がハウンドの足元に倒れていた
幸いケガはしてないみたいだけどそれも時間の問題だ
どうする…
最善策は男の子を連れてここから逃げること
ランクが低くても汎用術式で逃げることはできる でもそれだと女の子が助からない
「あ、あの…お願いですっ 助けてください… ボクがあいつに捕まったせいなんです…」
涙を浮かべて男の子は懇願した それを見て逃げ出すなんて…ヒーローならしない
「大丈夫だよ 私がなんとかするから」
そう言って私はハウンドの前に立った
向こうはこっちを睨みつけてまだ動かない 魔獣は普通の人には見えないからまだ私が魔術師か判断に迷っているんだ
大丈夫… 不意打ちなら一発は当たる、そこで殺し切れなくても逃げる時間はつくれる
いや違う 不意打ちは通じない しっかりとこちらを見た魔獣は私を敵として認識してる
下手に不意打ちを狙えば躱されて即カウンターをくらうだろう
だったら…
「ストック」
瞬間、詠唱とともに私の手のひらから小石が投的される
土属性の低級呪文、石を生成して魔力で射出する術式だ
私の力量だとせいぜい全力投球ぐらいの速度しか出せないでも、石の形状を尖らせて目を狙って打ち放った
狙い通り石はハウンドの左目を抉り一瞬だけ動きが鈍った
私はその隙を見逃さず女の子を抱えて離脱する
「早く逃げないと…」
魔獣の体はマナでできているからマナが尽きない限りいくらでも再生する
とにかく距離を取って…
「うわっ」
背中を強い衝撃が襲い、前に転んだ
「ううっ えっ」
ハウンドの目は再生していた魔力への変換効率が高すぎる…
圧倒的強者…勝ち目はない
気絶した女の子を抱えたまま逃げるのは無理だでもこのままだと二人とも魔獣の餌に…
「キミ! この子を連れて逃げて!」
「っ… でもお姉さんは…」
「私なら大丈夫! こんなヤツさっさと倒せるし」
魔獣は人間からマナを得るために捕食するもっといえば単純なマナを保有する非魔術師より魔力に変換している魔術師のほうが魔獣にとって効率はいい
ここでできる最善策それは私が囮になることだ
「でもっ…」
「これ以上は危ないから 早く!」
「うっ 分かった…」
そう言って男の子は女の子を抱えながらなんとか路地裏を出ようと歩いた
ハウンドは襲いかかろうとして…
「フレド」
火属性の下級呪文で対抗する ハウンドは火属性だから本当は意味がないんだけどそれでも何もしないよりマシだ
「ヴウウッ」
「ここから先は通さないから」
ありきたりな台詞で虚勢を張ってなんとか気持ちを奮い立たせる
二人が逃げきれればそれでいい
ただそれまでは死ねない、死ぬわけにはいかないんだ
だってここで私が死んだら二人が食べられてしまう、それだけは嫌だ
けどそんな私の願いは虚しくハウンドは口元に火をため込んでそのまま私に浴びせてきた
灼熱の炎に包み込まれた私は…
「白氷盾」
その詠唱とともに私の周りを薄い幕が包み怒んだ
「やっと見つけました まったくどれだけ手間をかけさせるつもりなんでしょうか」
長いローブを見にまとった女性が私の前に立った
「おケガはありませんか?」
「はい…」
「申し訳ありません 私としたことがターゲットを取り逃がしてしまいましてでもあなたのおかげで余計な被害が出なくてすみました」
女性は深々と頭を下げてから魔獣に振り返った
「怖がらせてしまいごめんなさいでももう大丈夫ですよ だって…」
それからローブをバッと脱ぎ捨てて言った
「私が来た」
そのローブの胸元、そこに刻まれた星座の紋章こそ彼女がホロスコープである証明だった




