美しい姉と痩せこけた妹
第1話
ワレント侯爵とその妻が、義理の娘達への虐待で捕まったのは有名な話である。しかしその親戚筋にあたるヴィスチレン公爵家が、その娘達を引き取ることになったことはまだ誰も知らない。若き公爵エドウィン・ヴィスチレンは不安な気持ちで、姉妹の到着を待っていた。やがて馬車が到着し、そこからひとりの美少女が降りてきた。
「初めまして、君が姉のテレシアかい?」
「ええ、ヴィスチレン公爵。私がテレシアですわ」
ストロベリーブロンドを輝かせ、苺色の瞳を光らせる美少女がお辞儀をする。
エドウィンはその元気そうな様子を見るなり、ほっと胸を撫で下ろした。
体中に傷を負った怯えた目の少女が来ると思っていたのだ。
「それで、妹のアレクシアは?」
「今、降りてくるところですわ」
エドウィンがふと馬車を見ると、細い棒のような手足を震わせるひとりの少女の姿が目に入った。彼女はどうやら自力で馬車から降りられない様子だ。エドウィンは慌てて駆け寄ると、震える少女を抱き上げた。
「あ……ごめんなさぃ……」
「大丈夫だよ、君がアレクシアだね?」
アレクシアはこくりと頷いた。よく見ると、妹も姉と同じ髪と瞳の色をしている。エドウィンがアレクシアを降ろすと、姉のテレシアが寄ってきて手を繋いだ。その時、彼は姉妹の見た目の差に驚いた。十三歳くらいの姉はふっくらしているのに対し、九歳くらいの妹は痩せこけている。どうして姉妹でこんなにも差が出てしまったのか――エドウィンは尋ねることができなかった。
「さあ、テレシア、アレクシア。家へ入ってお茶をしよう」
「はいっ! ヴィスチレン公爵!」
「はぃ……ヴィス……チ……」
「僕のことはエドウィンと呼んでくれ。では、行こう」
そして姉妹は巨大な屋敷へ入り、エドウィンの妻が待つ居間へ向かった。そこにはテーブル一杯にお菓子とケーキが置かれ、果汁やミルクも並んでいる。それを見るなりテレシアはわあっと歓声を上げた。
「うふふ、今日はあなた達の歓迎会よ? さあ、たっぷり食べてね?」
「はいっ! いただきますっ!」
テレシアは席に着くなり、お菓子を手掴みで食べ始めた。
そして口一杯に頬張ると、ポロポロと涙を零して言ったのだ。
「こんなに美味しいものが食べれるなんて……幸せです!」
「まあまあ、随分辛い思いをしてきたのね? もっと食べてちょうだい?」
エドウィンの妻は目に涙を浮かべて、何度も頷く。
そんな中、アレクシアだけが机の上を眺め、首を傾げていた。
彼女は苺や葡萄がふんだんに使われたタルトを指差して、こう言った。
「宝石って食べものだったの……?」
その言葉にその場の全員が呆気に取られた。
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第2話
「何を言っているんだい? それはフルーツタルトだよ?」
そう言ってエドウィンは切り分けられたタルトをアレクシアの前に置く。
すると彼女は皿を両手で持ち上げ、匂いを嗅いでまた首を傾げた。
「フルーツタルトって名前の宝石ですか……? 宝石って良い匂い……」
その発言にエドウィンも妻も困り顔で答える。
「いいや、それは宝石じゃなく、ケーキだよ」
「そうよ、果物が載ったケーキなのよ?」
そう言うと、ようやくアレクシアは納得したようだった。
両頬を真っ赤に染めながら、そわそわとしている。
「そ、そ、そうなんですか……これがケーキ……。キラキラしてて綺麗だから、宝石なんだと思いました……ごめんなさぃ……」
その発言に夫と妻は顔を見合わせた。もしかして妹のアレクシアは生まれてから一度もケーキを食べたことがない? いや、宝石と区別がつかないということは見たことすらない? 二人の頭の中にそんな考えが浮かび、胸が締め付けられる思いがした。ついに涙を零し始めた妻は立ち上がってアレクシアにタルトを勧める。
「これは甘くて美味しいケーキなのよ……? どうぞ食べてみてね……?」
「はぃ……ありがとうございます……」
そしてアレクシアは指でタルトの先を割って、口に入れた。
次の瞬間、目を丸くしつつパタパタと足を動かした。
「あ、甘いです……! パンより甘い……!」
「そ、そうよ、ケーキはパンより甘いのよ?」
「それにこの真っ赤な塊、食べたことのない味がします……!」
「それは苺って言うのよ? 酸っぱくて美味しいでしょう?」
「はぃ……! 酸っぱいのが美味しいなんて、初めてです……!」
それから妻はアレクシアに夢中になった。
あれこれとお菓子を勧め、反応を見ては涙を浮かべて微笑む。
そんな妹アレクシアを姉テレシアが睨んでいることに誰も気付かなかった。
「まあ、もうお腹一杯になっちゃったの?」
「ごめんなさぃ……」
「いいの、いいのよ? さあ、次は着替えをしましょう?」
そして姉妹は別室へ連れていかれた。そこには豪華なドレスを着せられたトルソーが何個も置かれている。サイズが分からない姉妹のために何種類か用意させたのだった。テレシアはそれを見るなり目の色を変えて騒ぎ立てた。
「きゃあ! 何て素敵なの! これを下さるんですか!?」
「ええ、あなた達のために用意したのよ? 今から着せてあげるわね?」
「やったぁ!」
しかしまたしてもアレクシアは首を傾げて言った。
「この綺麗な飾りものをくれるんですか……? どこに飾ろう……?」
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第3話
その言葉にエドウィンと妻はまたしても困惑する。
「これはね? ドレスって言うのよ?」
「そうだよ、着るための服なんだよ?」
「そ、そうなんですか……。あんまり綺麗で、服だと思いませんでした……」
それを聞くなり、妻の涙腺が決壊した。この幼いアレクシアは美味しいお菓子やケーキも、綺麗なドレスも見たことすらないのだ。今までどんな状態で暮らしていたのか想像するだけでも胸が痛くなる。ただ泣き続けるだけの存在となった妻の代わりに、エドウィンが侍女へ指示を出した。
「僕は席を外すから、姉妹を着替えさせてやってくれ」
「かしこまりました」
そしてエドウィンは居間へ引っ込んだ。
しかしすぐに侍女がやってきて耳元で囁く。
「エドウィン様……」
「どうしたんだい?」
すると侍女は言いにくそうに答えた。
「あのう……姉のテレシア様は問題ないのですが、妹のアレクシア様の全身に恐ろしい傷跡がありました……。古傷から新しい傷まで……それはそれは痛々しいほどまでにびっしりと……」
「何だって? 姉は何ともないのか?」
「はい、美しい肌をしております」
「そうか……」
エドウィンの胸に疑念が生まれた。姉妹の体形、屋敷に来てから反応、体に付いた傷跡の有無――あまりにかけ離れ過ぎてはいないか? いいや、そんなことを考えてはいけない。二人共、虐待の被害者には違いないのだ。エドウィンはそう思うと、しばらくしてから姉妹の待つ部屋へ戻った。
「エドウィン様!」
「ぁ……」
そこには煌びやかなドレスを着て、髪を結われた姉妹がいた。テレシアはそれは美しく、貴族の娘として問題ない。しかしアレクシアはぶかぶかのドレスを着て、恥ずかしそうにしていた。その様子にエドウィンは申し訳なくなって、駆け寄った。
「アレクシア、ごめんね。ドレスのサイズが合わないみたいだ」
「いぇ……いいんです……」
「でも髪は凄く綺麗だ。お姫様みたいだよ?」
「うぅ……」
エドウィンはアレクシアの髪を撫で、微笑んだ。
その直後、後ろから金切り声が響いた。
「もう嫌ッ! もう嫌ッ! もう嫌あああぁッ!」
振り返ると、テレシアが地団太を踏んで怒っていた。
「エドウィン様も、奥様も、アレクシア、アレクシアって! 私のことなんてどうでもいいんでしょう!? もう嫌! こんな家出ていってやる!」
「テ、テレシア……!?」
それから姉を宥めるのに大変な苦労を要した。飛び切りのお菓子を差し出し、可愛い小物やリボンを差し出し……そしてようやくテレシアは怒りを収めた。その間、アレクシアはじっと部屋の隅に蹲り、嵐が過ぎ去るのを待っている様子だった。
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第4話
疑念を深めたエドウィンは一度この二人から、詳しく話を聞こうと思った。姉妹は元々、没落貴族の娘達であり、貧困に喘いでいたところをワレント侯爵に拾われたのである。しかしワレント夫妻はその姉妹に虐待を加え、やがて捕まることになったのだ。姉妹がこの聞き取りで心を傷付けぬよう、優しく聞かねばならない。まずは妹のアレクシアを呼び出して、そっと尋ねる。
「辛いことを思い出させて申し訳ないが、君達は義理の両親に虐められていたの?」
「はぃ……私とテレシ……お姉様は確かに虐待されていました……」
「もし嫌でなければ、その時のことを教えてくれるかな?」
「えっと……ずっと地下室に閉じ込められて、お義父様とお義母様にお仕置きをされていました……。鞭で打たれたり、剃刀で切られたり、火を押し付けられたり、水を浴びせられたり……そんなことを毎日されてて……」
「その虐待は姉のテレシアにも行われたの?」
「それは……――」
そこでアレクシアは口を噤んだ。
その後、何を尋ねても答えてくれなくなった。
エドウィンはアレクシアを下がらせ、今度はテレシアを呼び出した。
「ああ、エドウィン様! 私のことを疑っているんですね!」
「疑っている? どういうことだい?」
「アレクシアだけが虐待されてたって思っているんでしょう! でも私もちゃんと虐待を受けていました! ただし私は美しいので、その美しさを損ねないように体が傷付かない虐待を受けていました!」
「それはどんな虐待か、聞いてもいいかな?」
「水を大量に飲まされたり、寒い部屋や暑い部屋に放置されたり、気を失うほどくすぐられたり、耳元で大きな音を立てられたり……そんな虐待です!」
「なるほど、辛い目にあったんだね」
エドウィンが同情を示すと、テレシアは彼の膝の上に乗った。
そして唇を舌で湿らせながら、上目遣いで誘うような仕草をする。
「ね……? だから私に情けを与えて下さい……? エドウィン様……?」
「何を言っているんだい? さあ、膝から降りてくれ!」
「そんなことを言わないで、ベッドへ連れていって下さい……?」
「テレシアッ!」
その一喝で、テレシアは身を竦めた。そしてそそくさと膝から降りると、部屋を後にした。エドウィンはテレシアの行動に頭を抱え、大いに悩んだ。こんな幼い子供が男に媚びる術を知っているはずがない。だとすれば、彼女は義父から性的虐待を受けていた可能性が高い――それは彼にとって胸が痛くなる事実であると同時に、頭も痛くなる事実だった。
そして数日後、予想もしなかった事態に陥る。
妹のアレクシアが二階の窓から落ち、怪我を負ったのだ。幸いなことに落下地点には洗濯物が山積みになった籠が置いてあり、大した怪我ではなかった。さらには彼女を着替えさせた侍女によると、その体には新しい切り傷がいくつもあったという。
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第5話
「アレクシア、その体の傷はどうしたんだい?」
「ごめんなさぃ……」
「責めているんじゃないよ? どうして怪我をしたのか言ってほしいんだ」
「ごめんなさぃ……」
アレクシアは謝罪を口にするだけで、新しい傷について何も答えない。ついに諦めたエドウィンは彼女を解放し、庭へ遊びに行かせた。アレクシアはテレシアと侍女が遊んでいる輪におずおずと入った。幼い姉妹が遊ぶ光景はあまりに眩しく、目に悪い。彼はカーテンを閉めて、書斎の椅子に腰かけた。
なぜアレクシアは虐待から逃れた今も怪我をしているのか。まさか侯爵と妻の生霊が現れている訳でもあるまい。それなら考えられるのは自分自身で傷付けたか、誰かが傷付けたかの二択しか有り得ない。自傷はアレクシアならやりそうな気配はある。しかしもし自傷でなければ一体誰がやったのか――
その時、外で悲鳴が聞こえた。
「誰かぁ……! 誰か来てぇ……!」
庭で姉妹と遊んでいたはずの侍女が叫んでいる。
エドウィンはすぐに窓から飛び出すと、その場に駆け付けた。
「どうしたッ!?」
「少し目を離したら、テレシア様とアレクシア様が……――」
そこには倒れる姉妹がいた。テレシアは生垣に埋まって倒れ、アレクシアは芝生の上に倒れている。侍女がテレシアに向かい、エドウィンがアレクシアに向かった。妹は口から涎を垂らし、顔を鬱血させている。よく見ると、その首に手の跡がくっきりと残っていた。その手の大きさからして、これは――
すぐに医者が呼ばれ、姉妹は治療を受けた。どうやら姉のテレシアは精神的なショックで失神しているらしい。一方、妹のアレクシアはエドウィンの予想通り、首を絞められたことによる失神だった。手の跡からして犯人は間違いなくテレシアである。
そんな彼女はすぐに目を覚まし、アレクシアの体が光り輝いたと騒ぐ。しかしエドウィンは喧しい姉を部屋に閉じ込め、妹を看病することにした。きっとあの姉は妹を殺したと思い込んだショックで生垣に倒れたのであろう。しかし姉に殺されかけた哀れな妹は未だに苦しんでいるのだ。
エドウィンは懸命に看病し続けたが、アレクシアは一向に目を覚まさない。それどころか高熱を出して、酷く魘されている。やがて夜の帳が下りた頃、彼女はうわごとを言い始めた。
「天使……? あなたは天使なの……?」
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第6話
「ア、アレクシア……? どうしたんだい……?」
エドウィンはうわごとを言うアレクシアの手を握り、問いかける。
すると彼女は嬉しそうに微笑んで、目を閉じたまま涙を流した。
「天使……天使なのね……? 分かりました……全部話します……」
この子は何を言っているのだろうか、まさか天使が訪れている夢でも見ているのか、エドウィンは首を傾げながらその様子を見守る。そうしていると、アレクシアの隠された事実が語られ始めた。
「そうです……テレシアはお義父様とお義母様と一緒に私を虐待していました……。私達は双子の姉妹なのに……テレシアが妹なのに……私だけご飯がもらえずに、こんなにも見た目に差が出ちゃって……。九歳で侯爵家に引き取られた時、テレシアがお義父様に言った言葉、本当に怖かった……。だから、それだけは言えません……」
幼いアレクシアと大人びたテレシア――
二人が双子だという事実にエドウィンは脂汗を垂らす。
一方、アレクシアは苦しそうに何度も首を振っていた。
「はぃ、はぃ……分かりました……辛いけど言います……。お義父様が私達を虐め抜くと脅した後、テレシアはこう言いました……。“お義父様、テレシアはあなたに体を捧げます。だから私は虐待しないで下さい。その代わり、アレクシアを虐めて下さい”そう言ったんです……。それからテレシアはお義父様の愛人になり……私だけが虐待されるようになったんです……。でもテレシアを責めないで……あの子だって可哀想なんです……。貧しい暮らしで体を売るのを覚えたんです……」
アレクシアは涙を零しながら語り続ける。その告白にエドウィンは大きな衝撃を受けた。テレシアは義父から性的虐待を受け、男に媚びることを覚えたのではなかった。自ら体を売ることを覚え、さらには自分だけ助かるように義父へ掛け合っていたのだ。双子の片割れのアレクシアを犠牲にして――
「そう……このお屋敷に来てから、私を傷付けたのはテレシアです……。私だけが可愛がられるからって、二階から落として、首を絞めて……」
エドウィンは震えながら何度も謝罪を口にした。自分が悪かった、自分の間違いの所為だ。テレシアの本性を見抜くことができず、アレクシアを命の危険に晒してしまった。彼がひとり震えていると、アレクシアが驚くべきことを言った。
「でもその時、私の体がお日様みたいに光ったんです……。そしたら、テレシアが吹っ飛んで……――」
「何だって!?」
そこでエドウィンは大声を上げた。
その途端、アレクシアは目を覚ました。
「体が光ったのは本当なのかい!?」
「は、はぃ、エドウィン様……? 天使は……?」
「もしかしたら、君は聖魔法に目覚めたのかもしれない!」
「聖魔法……? 何ですか、それ……?」
エドウィンは目を見開いたまま固まっていた。
聖魔法――それを使えるのは聖女の適性がある者だけだ。
聖女とは聖魔法を駆使することで人々を助ける特別な存在である。
もしかしたらこのアレクシアはその聖女になる才能を有しているかもしれない。
「アレクシア、その光を出せるかい?」
「こう、ですか……?」
アレクシアの両手が光り輝いた。それはエドウィンの目から見ても、聖魔法であると分かる。それほどまでにその光は清浄で、神々しさが溢れていたのであった。
「そ、それを首に持っていき給え……首に光を当てるんだ……」
「はぃ……」
すると首に刻まれた手の跡は一瞬で消えた。顔色も良くなり、熱も下がった様子だ。聖女候補となる少女が現れるのは百年に数人だけで、一瞬で傷を癒すほどの使い手はもう何百年も現れていない。しかしアレクシアはそれをやってのけた――奇跡を目の当たりにしたエドウィンは咽び泣き、ベッドに頭を突っ伏した。
「あぁ……アレクシア……君は……君は……――」
「あ、あのう……エドウィン様……?」
本当に天使が訪れていた――エドウィンは生涯そう信じ続けた。
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第7話
一週間後の早朝、ヴィスチレン公爵家の前に大きな鞄を持った姉妹がいた。にやけ顔をしたテレシアとおどおどするアレクシアである。倒れてからずっと部屋に閉じ込められていたテレシアはようやく外に出られたことを喜んでいた。そして彼女は黙って突っ立っているエドウィンへ向けて、意地悪気に言い放つ。
「はあ、最悪でしたわ! でも旅に連れていってくれるなら、許してあげます!」
監禁のお詫びに国中を旅する――テレシアはそう聞かされていた。
そんな彼女をアレクシアは悲し気な瞳で見詰めていた。
すると馬車が到着し、テレシアは颯爽とその中に乗り込んだ。
「あら? 二人共、乗らないの?」
そうこう言っているうちに扉は閉められた。
テレシアは窓を開けて文句を言う。
「ちょっと! どういうことなの!?」
「テレシア、君は今からギライト伯爵家に行く」
「何ですって!? どうして私が伯爵家に!?」
エドウィンは固い表情のまま彼女に告げる。
「君は可哀想な生い立ちではあるが、あまりに罪を犯し過ぎた。だから厳格なギライト婦人の元で、その性格を矯正してもらう必要があるんだ」
「厳格な婦人ですって……!? 絶対に酷い目に遭うじゃない……!?」
「これは君のためなんだよ、テレシア。必ず手紙を書こう」
「はあっ!? 手紙なんていらないわ! それよりこの馬車を降ろして! 厳格な婦人のところへ行くなんて絶対に嫌あああぁッ!」
しかし馬車は動き出し、テレシアを運んでいく。
やがてそれが見えなくなったころ、もう一台の馬車が到着した。
それは宮廷馬車で、見事な造りをしていた。
「さあ、アレクシア。乗り給え」
「本当に……私が行ってもいいんですか……?」
「ああ、聖女候補は宮廷で暮らすと決まっているんだよ」
「宮廷って……怖いところじゃありませんか……?」
「大丈夫だよ。君は特別な聖女候補として、大切にされるよ」
そしてアレクシアは従者に抱きかかえられ、馬車へ乗せられた。
エドウィンは確信している――彼女がこの国の聖女に選ばれると。
この一週間、アレクシアは宮廷からの使者の審査を受けたのだが、その結果は素晴らしいものだった。彼女の聖魔法は肉体の治癒だけでなく精神にも作用し、祝福と浄化、ステータス上昇効果まであったのだ。使者は驚きのあまり震え、“かつてない聖女の誕生だ……”と呟いていた。聖女候補が聖女に選ばれた暁には第一王子と婚約し、やがては王妃となる運命だ。幸いなことに第一王子の評判は非常に良いので、きっと素晴らしい人生を歩むことができるだろう。
エドウィンとしては妻と共にアレクシアを我が子として大切に育てたかった。しかしこんな途轍もない才能を有していては自分達だけのものにはできない。彼は悲しい別れを受け入れ、彼女を送り出す決意をした。
「アレクシア、君の面倒を最後まで見れなくてごめんね。これから聖女候補として辛いことがあったら、いつでもこの屋敷に帰ってきていいんだよ」
するとアレクシアは頷いて言った。
「はぃ、エドウィン様と奥様の優しさは一生忘れません……。それにもし聖女になれたなら、自分みたいに苦しみを受けた人を助けたいんです……。この国から痛みや苦しみがなくなる……そうなったら、いいなぁ……」
その言葉にエドウィンは涙を堪えた。凡人の自分には聖魔法で祝福することはできない。しかし痛みと苦しみの連続の人生を送った少女――そんな彼女に精一杯の祝福を贈りたかった。やがてエドウィンはその場に跪くと、アレクシアに言った。
「心優しいアレクシア、これからの君の人生は幸せの連続となるだろう。君がこの僕に見せてくれた奇跡は人生最高の宝物だ。ありがとう、小さな聖女様」
「エドウィン様……」
ゆっくりと宮廷馬車は動き出した。
窓から顔を出したアレクシアは泣いていた。
エドウィンも涙を流しながら、いつまでも彼女を見送っていた。
―END―




