第59話「慈愛の天使クォート-1」
ウィンとシャープが扉に入って1時間ほどが経った。
その頃、セディユはソファーで眠り続けているチルダを見ていた。
「チーたん早く目を覚まさないかな」
コロンはチルダを心配そうに見ながら言う。
悪魔達はなんとか扉の向こうに入れないかとまだ騒いでいるようだ。
「ねぇ?セディユ。ちーたん寝てる間お水しか飲んでないよ……お腹すいたりしていないかなぁ?」
「眠っている時は体も寝ていますので……あまり食べなくても大丈夫なんですよ」
笑顔で答えたセディユだが、これ以上はただ寝ているだけであっても危険な事は解っている。
「酷いよね、チーたんは何も悪い事してないのに」
「……そうですね」
今回の一件がクォートの仕業だとすれば、一体彼に何があったのか?なぜ、このような事をするのか?
そう考えて、セディユはクォートとの出会いを思い出さずにはいられなかった……
――――――
天界族は老若男女問わず才色兼備である必要がある。
それが天界族であるからだ。
天界族は他種族を受け付けず忌み嫌う。
野蛮で低能、見た目も天界族に比べれば遥かに劣るからだ。
天界族こそが生きとし生ける者の中の頂点であり、最も気高い種族。
生まれながらにそう教育されるし、天界でのあたりまえの認識だ。
だから、肌が褐色の天使など絶対にあってはならない。
肌の特殊変異は数百年に一度、それもあるかないかで稀に生まれる。
その子が前世で悪行を行った訳でも、両親に問題があった訳でもない。
が……天界族としてはその特異な形こそが問題なのだ。
『天界族の汚点』とし、生まれた時点で両親から取り上げ辺境の施設に収容される。
収容後は、天界族の輝かしい歴史や素晴らしい誇りなどを学び、反して自分の存在がいかに呪われた存在なのかを教えられる。
そうしてこう言うのだ『本来ならば存在してはいけない者が毎日を生きていけるのは天界族の慈悲のおかげである』と……
生まれながらにそうやって教えられた私にとって、陶器のような白い肌に純白の翼を持つ天使達は皆神々しく見えていたし、自分の褐色の肌は呪われている証だと思っていた。
「初めまして。ボクはクォートと言います。あなたは?」
「…………」
私は現れた彼を見て表情も思考も止まってしまう。
収容所にはそこで働いている天使も複数いる。その方達はいわゆる普通の天使であり、それでも私から見れば憧れの存在だった。
だが……クォートは別格だった。本当に透き通っているのでは無いかと思う透明度の高い白い肌、純白という言葉すら霞むような柔らかな羽、光で作られたような上品な金の髪、赤い瞳は大輪の薔薇のように気品がある。
何よりも、私を捉えて魅了したのは彼の笑顔だ……常に優しく笑んでいるその顔は見ているだけで感じた事のない温かい気持ちになったのだ。
「あ……の……セディユと言います」
なんとか声を出す。その様子を見てクォートは更に笑む。その度に私は細かい光に刺されているようで息苦しくなった。
「セディユ、そんなに緊張しないで。ボクとキミは今日から友達だから」
「とも……?」
「そう、ボクはセディユを友達だと思うから、セディユもボクの事を友達だと思って接してね」
そう言うとクォートは私の両の手を取って笑う。頭が真っ白になった。
「そ……それは無理です……私のような者が……あなたのような美しい方と……」
「なぜ?セディユもとても美しいよ……ここだけの話だけど」
クォートはそこで言葉を区切ると私の耳に顔を近づけて言う。
「ここ数百年会った天使の中でセディユが一番美しい」
「!!」
言われた言葉もそうだが、耳にかかる彼の吐息に顔が真っ赤になる。
「か……からかわないで下さい」
「本当だよ、その肌の色はとてもキュートだよ。それにセディユの瞳……ゴールドなんだね……綺麗」
クォートは本心から言っているのか、私の目を見つめてウットリとする。
「あの……私は今日、この部屋で待つように言われて……そうしたらあなたが現れた……これはどういう?」
「会って直接話をしたかったんだ」
「私と……ですか?」
「セディユも含めて、この施設に収容されている君のような天使達に」
クォートの言う天使とはいわゆる呪われた『褐色の天使』の事だろう。
収容所はそれなりに広い施設で、所内であればある程度自由な行き来は許されている。だが、私は他の褐色の天使に会った事は無い。
「私以外にもいるのですね……ここで生活して100年以上になりますが、私は会った事がありません」
「個々が会わないように建物は区切られているようだよ」
「そうなんですね……」
「恐れているんだよ」
「何をですか?」
「共謀して反乱するんじゃないかって」
「!……そ!そんな事しません」
つい声が大きくなって口を手で押さえる。
「そんな……私達はこんな身分なのに生かして頂いてるんです。感謝しかありません」
「他の皆も口を揃えてそう言ってたよ」
「あたりまえです」
「あたりまえなんだ?」
「え?」
「ボクは疑問だらけだよ?なぜ、肌の色が褐色と言うだけでこんな所に閉じ込められてるんだろ?」
「それは……呪われているからで」
「呪いって何?何か身に覚えが?」
「いえ……それは。ですが、美しくありません。天界族たるもの美しくある事がその証明で」
「言ったけど、セディユはそこらの天使より美しいよ」
「…………!」
「他の収容されている天使達も皆美しかったよ。セディユには負けるけどね」
クォートは悪戯な笑みを見せる。まるでキューピッドのように美しく可愛らしい……
「私は……物心つく頃にはそのように学び、そして100年以上をここで生きています……それ以外の答えを知りません」
「ボクはそれが変だという事を一緒に考えるため来たんだよ。まずは等の本人達の意識が大事だから」
「……それを考えてどうするのですか?」
考えた所で私の考えが変わるとも思えなかったし、万が一変わった所で何になると言うのだろう?
「常識を変えたいんだ。天界族の」
私はクォートを見る。
全身で光を放つ彼の言葉に冗談など微塵も含まれていなかった……