第5話「新しい景色」
ルートはチビの小さな角に指輪の形をした『契約の石』をはめる。
契約の石はテイマーが契約時に魔物の身に着ける魔法アイテムで、石の魔力を通して、テイマーと魔物は『一心同体』とも言える関係となる。
互いの合意が無いと石は抜け落ちるのだが、それは、チビの角に綺麗におさまった。
「ピー♪ピー♪」
まるでこの日を待っていた、と言うように羽をパタつかせるチビ。
「オチビさんよかったですね、コレで堂々と街中を闊歩できますよ。……それに比べてルートは浮かない顔をしていますね?」
言われたように、ルートはまだ不安な表情を見せていた。
「今まで散々悩んで来たのでしょう?その答えがチビとの生活だったのでしょう?」
「……」
「本日からそれが『日常』になるのです。それは、同じ景色を同じ視線で楽しめるという事です」
「え……」
ルートが空を見上げると、そこには見慣れた夕焼けが広がっている。
「ピィィー♪」
チビはその視線に舞い上がり、嬉しそうに夕焼けの空を旋廻した。
「ああ……」
ルートの目に自然と涙が滲んだ。いつも見ていた景色なのに、チビが視界に入るだけでまったく違う景色に見えた。
いつもは物悲しく見上げていた夕焼けは、こんなに綺麗だったのだ。
「今、ルートが持った感情をチビも持っているでしょう。チビは素直ですね?あんなに喜んで。なのに、勿体無いですよ、せっかく夢が叶ったのにそんな顔してたら」
「でも先輩……皆どんな顔をするっすかね?竜を連れて戻ったら……」
――――――
校門が近づくと生徒達の興奮した声が聞こえた。
契約した魔物を見せ合い自慢するその顔は、一様に輝いている。
ルートはというと、肩にチビを乗せて、この期に及んで校門の前で足が止まりそうになっていた。
だがウィンが何の躊躇もなく校門を抜けて行くから、ルートも後に続くしかない。
「え?ちょっと……」
「お……おい?あれって……」
「え?あれって……竜じゃないよね?」
ヒソヒソというにはあまりにも大きな驚きの声が飛び交った。肩に乗るチビへの視線が自分に刺さるようにルートは痛かった。
「ね……ねぇ?竜って凶暴なんじゃないの?」
「確か凶悪犯のデリートが連れているのも竜だよね?」
「なんでそんなのと契約してるんだよ?」
(そんなヤツが連れてる竜と俺のチビを一緒にしないでほしい!)ルートは拳を握る。だが、これが自分じゃ無い他の誰かなら、同じような事を思ったかもしれなかった。
「どうせウィン先輩でしょ?」
「やっぱりあの人、変なのよ……どういう方法か知らないけど、後輩イジめて楽しんでるのよ」
「そうよね、だって、ルート君は優等生で竜なんかと契約する性格じゃないもの!」
「ルート君かわいそう……」
周囲の勝手な解釈にルートは慌てた。
ウィンの事を何も知らずに、勝手なイメージで話す周りの生徒に今度は酷く腹が立って来る。伏せていた顔を上げ何か一言言ってやろう!そう思った。
だが前を歩くウィンが背を向けたままルートに言う。
「言わせておきなさい。周りが何を言おうと、どんなイメージを持とうと別にいいじゃないですか」
「先輩……」
ウィンにとっては日常茶飯事の事なのだ。
「先輩?……先輩はなぜテイマーに?」
その問いに、ウィンは足を止め振り返る。そして、意味ありげな笑みを見せる。
「魔物ちゃんが好きだからです」
「え?……ソレだけっすか?」
「いけませんか?」
返された答えにルートは驚いた。だが、スグに思考を切り替える。
「いえ!ソレだけで十分……むしろソレ以外の理由はいらないっすね!」
そしてエヘヘと笑った。
「あ、やっと笑いましたね?良かったです。今日という貴重な日は契約した魔物のためにも嬉しい気持ちで残しておくべきです」
「…………」
実はその時、そう言ったウィンの方こそ今日始めて見せるような穏やかな笑顔を見せていた。
その日ルートにとって忘れられない2つの大きな出来事があった。
1つはチビと同じ世界を共有出来るようになった事、そしてもう1つはウィンに出会えた事だった。
――――――
試験の日から1カ月が経った。生徒達の浮かれた雰囲気も一段落し、すっかり日常に戻っていた。
そんな中で少しだけ変化した日常もあった。
「ウィンせんぱーいっ!」
ルートは廊下の先に居るウィンに駆け寄った。
「ぎゃー!また煩いガキが来たぞえー!あの日以来このガキ馴れ馴れしいぞえっ!!」
「本当に……」
呆れ顔でウィンはルートを見た。
「先輩!聞いてください!チビが火を吐けるようになったんです!まだマッチ程度ですけど」
「なんぞえー?煙草の火つけるのに丁度いいぞえー!俺様の火付け係にしてやってもいいぞえよ」
「カラス君はカラスなのに煙草を!?」
「俺様大人だから何でも吸っちゃうぞえー!というかカラスじゃないぞえ!!」
「カラスみたいな悪魔さんなんっすよね」
あの日以来、ここの関係に至ってはこんな日常が当たり前になっている。
「はぁ……」
その度にウィンは深いため息を吐き、周りの生徒達は物珍しい物を見るようにヒソヒソと話すのだ。
「ルート、私なんかに懐いていたらあなたも変り者に見られちゃいますよ~?」
「そうだぞえー!お前も変人変態っていわれるぞえー!やーいやーいだぞえー!」
「せっかくの優等生の肩書きが台無しですよぉ」
そう言って意地悪な笑みを見せる。
「別にいいっすよ?」
「ほぉ?」
「だって、周りの事なんて気にするなって言ったのは先輩じゃないですか」
「……」
「俺が正しいと思う事を批判されるならさせておけって!」
そう言って真っ直ぐな目をウィンに向ける。
「俺は俺の尊敬する人を尊敬する!それだけっす!」
その言葉にウィンは呆れた顔を見せた。だがその目がほんの少し嬉しそうに笑んでいるのをルートは見逃さない。
『ウィン先輩の事をもっともっと沢山知りたい!』
ルートはこの時から今に至るまでずっとずっとそう思っているのだ……
第一章まで読んで頂き有難うございました!
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引き続き物語を楽しんで頂けるように精進致します。