第4話「テイマーとは」
その後、ウィンとルートは森を出てリッティの街を歩いていた。
時刻はすでに夕方になっている。
「なるほど、ルートが契約したい魔物は竜でしたか」
「あ……あの!と言ってもまだ小さいんです!入学前から竜のチビとは友達で!」
実はルートが契約をしたい魔物は竜だった。
それをウィンにやっと打ち明ける事が出来た。しかし、ルートにとって問題はここからだった。
と言うのも、竜と契約するなど誰が聞いても冗談みたいな話なのだ。それだけ竜という魔物は強大な力と知性を持っている。そもそも、その存在自体が希少で出会う事すら難しい。
だが、ルートにはこの先も一緒に過ごしたい『チビ』と言う名の竜の友達がすでにいるのだ。契約する事を認めて貰わないと先に進めない状況だ。
「その……あの……竜が力がある事は勿論知っています!で……でも、チビはまだ皆が怖がるような力は無いんっすよ!?な……なので!あの……」
上手く説明しなくてはいけ大切な場面なのに、ルートは先ほどから子どものような弁解の言葉を並べる事しか出来ていない。
「……」
一旦言葉を止めて不安げにウィンの顔を見る。
ウィンは顎に手をやって難しい顔を見せていた。
『何をバカな』そう言われるに違いない……そう思ってルートは身構えた。
「何を……」
難しい顔のままウィンが口を開く。
『ああ……やっぱり……』ルートは心が落胆するのを感じた。
「何をそんなに悩んでいるのですか?」
「……え?」
「今の話だと、ルートになついている竜がいるんですよね?じゃあ、後は契約するだけじゃ無いですか」
「え?え?」
ウィンの顔をまじまじと見る。
「先輩?あの……竜ですよ?」
「解ってますよ?テイマーが契約出来ない魔物は『天界族』だけです」
「で……でも、竜ですよ?先輩、竜の事知らない訳じゃ……」
ムッとした顔をウィンは見せる。
「知らない訳ないじゃないですか、他のどの種族よりも全てに優れているのが竜族です」
「俺は、その竜と契約したいって言ってるんっすよ?」
「だから本来は不可能に近いですが、ルートは契約出来る竜がいるんですよね?」
否定されなくて嬉しいはずなのに、ルートは腑に落ちない。
これまで、チビと共に青空の下に出る事も出来ずコソコソと隠れながら生活していたのだ。そんなルートにしてみれば簡単に納得出来る話では無かった。
その態度を見てウィンはため息を吐く。
「ルート、竜族について教えてあげます。過去、竜族と最も良い関係を築いていたのは人間です」
ウィンはそう言うと、過去の歴史を語り出す。
ーーーーーーーー
ある日、人間・魔族・天界族は争いを行うようになる。
――どの種族が最も優れているか?――
そんな事を競い出した。
ある時は力そのもので、ある時は魔力をぶつけ合って。
なかなか優劣が付かず長期戦となりました。
そんな中で竜族は争いに一切参加せず、静観していた。
そして、そんな竜に人間は言うのです。
『友として』力を貸して欲しいと。
竜の答えは悲しい鳴き声1つでした……
ーーーーーーーー
「彼らはそれ以来世界の片隅に姿を消しました」
「それは、つまり……誰の側にもつかないという事ですか?」
ウィンは頷く。
「彼らは下らない争いその物を否定したのです。結果、世界の隅に身を潜め姿を現わさなくなりました」
「どの種族よりも、高等で力があるのに……その竜が世界の隅に追いやられたなんて……」
「ルート、言い方が違います、それこそが彼らが高等で力がある証です」
「だからこそ下らない争い自体をしなかった……って事っすね」
その言葉にウィンは満足げに頷いた。
――――――
「それで、チビ竜はどこに?」
「普段は寮の部屋に……夜中に一緒に散歩したりしています」
「入学してからずっと?よくバレませんでしたねぇ~?」
「はい……よく言う事を聞くヤツなんで」
「そうですか、ではチビ竜もルートの事が大好きなんですね」
「でしょうか?チビはまだ小さいので、何も理解していないだけだと思います……」
ルートは俯く。
「まぁ、とにかく寮に向かいましょう」
途中、掲示板の前で2人は足を止める。
そこにはお尋ね者デリートの張り紙。デリートの背後には竜の姿。
「このデリートも竜と契約してるんですよね?」
「卑怯な手を使って竜の意志を奪った上でです。そんなのは契約と言いません、テイマーの力を侮辱しているバカです」
ウィンは露骨に嫌悪感を見せる。
「そうです……でも無知だった俺はデリートのおかげでテイマーの事を知れました」
「それで、ルートはテイマーになれば人目を気にせず竜と仲良く生活が出来ると思ったのですね?」
「はい、学校は成績優秀者は金銭面が免除と言う事でしたので……それで、誰よりも勉強を頑張りました!でも……勉強すればするほど竜が恐れられている事、竜と契約すると言うのは現実離れしている事……それを知ってしまう結果に」
「それでバレたら引き離されると思って、今日という日まで言い出せ無かった訳ですか」
「はい……」
呆れたように溜息を吐くウィン。
「先輩?先輩は……すごく思考が……その…………柔軟なのは判ります……でも、実際竜を所持して周りの人達は理解を示してくれるでしょうか?」
「今言葉を選びましたね?」
「え!?い……え」
「別に、私は柔軟でも変人でもありませんよ。周りが頭固すぎなんですよ」
そう言って真っ直ぐにルートを見る。
「ルート?あなたはチビと一緒に生活をしたいのですよね?」
「勿論!俺はそのために頑張って来たっす!それ以外の事なんて望んでいません!」
「ならソレでいいじゃないですか?批判されるならさせておけばいいのです」
「で……でも……俺に竜を所持する技量があるのか。そもそも、チビは俺なんかといていいのか……仲間の元に帰してあげた方が」
貯めていた不安が一気に押し寄せルートの口から言葉が溢れ出る。
「ルート、竜についてもっと勉強しなさい」
「え?」
「竜はそんなにおバカではありません、産まれたその時から自分の故郷に戻る事くらい簡単に出来ます」
「え……」
「その上でルートの側にいる。それの意味が解りますか?」
「じゃあ……チビは望んで俺と?」
「その気持ちにルートが答えられる自信が無く、周りの目が気になるというのならチビにそう伝えなさい。『ルートのため』に故郷に戻るでしょう」
「あ……」
その時、ルートは自分の事ばかり考えていた事に気が付いた。
竜であるチビの方が人間の世界に身を置いているだけで危険な事、チビはそれを承知で自分の側にいてくれている事。
「どうするのですか?」
意志を確認するように再びウィンはルートに問う。
「先輩、俺は……チビを守れるような……そんな立派なテイマーになりたいっす……なれるんでしょうか?」
「なれるかどうかなんて、私に解る訳無いじゃないですか」
「……すよね」
「でも、ルートはテイマーとして最も大事な部分に気が付いているので見込みはあるんじゃないでしょうか?」
「最も大事……?」
「ええルートは今『契約した魔物を守りたい』と言いました、こんな当たり前みたいな事を実はほとんどのテイマーは履き違えています」
「そうなんですか?」
「契約した魔物は『主を守る僕』と思っているアホなテイマーが多いんですよ」
「……」
「そんなのテイマーじゃありません。ただの主人とペット、それ以下です」
ルートはこの時、呆れるくらい呆けた顔をしていた。
「ルート、自分が少し前まで何を悩んでいたのかバカらしくなりましたか?」
確かに、その言葉通りでもあった。
しかし、ソレ以上に『ウィンについての世間の噂』に呆れていたのだ。