第32話「普通じゃ無い人」
「ほら、とりあえずだから、この後ちゃんと医者に診てもらいなって事で」
ルートをベンチに座らせて、フォーンはその手に包帯を巻く。
鐘が鳴るまで、あと30分ほどだった
鐘は勝負終了の合図だ、それは、つまりワタアメの処分を意味した。
「結構いい感じだった。慌てちゃったね」
フォーンは押し黙るルートに言う。
「慌てないと後が無いっす」
「だね」
「ワタアメは何も悪い事なんかしていない……」
ルートは、ポツリと呟く。
フォーンはルートの隣に腰掛けて、黙って聞いている。
「勝手に作られて、勝手に捨てられて、勝手に処分される……全部人間が悪いのに!人間は勝手すぎるっす」
「ほんとそうだよねぇ。でもさ、そのどこぞの人間が作ってくれたルールが無いと困る事もあるって事で」
「困る?」
(ワタアメが一体誰に迷惑をかけているというのだ?)
ルートはフォーンの顔を見た。
「人に危害を加えたり、そうでなくても扱いに困る魔物をさ、じゃあどうしたらいい?」
「えっと……それは……だから危険じゃ無くなるまでは保護して……」
「それはいつだい?」
「えっと……」
フォーンの問いにルートは答えられなかった。
そんなルートに追い打ちをかけるようにフォーンは続ける。
「リッティはテイマーのお膝元だから、魔物を大切に扱っている。でも、他国はもっと酷いよ?魔物による被害も多い、そうなると魔物に猶予なんて無い、即刻処分なんて当たり前で普通の事さ」
「そんな……」
「処分されたらマシな方って事で。ワタアメのように珍しかったり価値のある魔物なんかは闇売買で取引される。その後その魔物達がどんな運命を辿ったかなんて誰も気にしない」
「解っていないっす!魔物は時間をかければちゃんと意思疎通出来る!」
「だからその時間は?」
「え……あ……」
やはり、その質問にルートは答えられなかった。
目の前のワタアメですら『どれほど時間をかければ』なんて解っていないのだ。
「これは人間も同じさ。例えばやむ得ない理由で人を殺してしまった人がいたとしてさ『理由があるんだし処刑なんて可哀そうだ』と人々が言ったとする。『じゃあ開放しましょう』ってすると、今度は『そんな危ない人を野放しにされたら困る』と言う。処刑は可哀そうだから、刑務所に閉じ込めておけばいいと言う訳さ。じゃあどうなると思う?」
「刑務所はそういう人で溢れかえるっす……」
「そういう事。そこにはその人達と関わる人がいる、綺麗事だけ言って押し付けちゃダメだよねぇ。無限じゃダメなんだよ、どこかで区切りは必要って事で」
(フォーンさんは、ワタアメの事も押し付けられた……そう言いたいのだろうか?)
ルートはフォーンを見た。
「フォーンさんはワタアメの事これでいいと?仕事とは言え1ケ月も世話してたっすよ?」
たとえ仕事だったとしても、1ヶ月あれば情が沸いてもおかしく無い期間だ。
フォーンは名前まで付けていた、だからルートには、フォーンがワタアメの事を『どうでもいい』と思っているようには感じなかった。
「可哀そうとは思うけど、仕事って事で」
だが、フォーンからの返事は素っ気ないものだった。
ルートは、この7日間でワタアメと同じように、フォーンの事も少し知った気になっていた。だが、まったくそうでは無かったのだとショックを受ける。
「でも……きっとワタアメが今、1番気を許している人間はフォーンさんだと思います。1ケ月お世話してくれてた人っす!フォーンさんは役所の人だし、ワタアメを助けてあげれるのはもうフォーンさんしか……」
フォーンはルートの言葉に耳を傾け、飴をコロコロと転がしながら夕焼け空を見ている。
そして、不意にそれを止めて、ルートの方を見る。
その顔はいつものようにやんわりと笑んでいるが、夕日が逆光になっていて、ルートには何だか不気味に感じた。
「その言葉さぁ……聞き飽きてるって事で」
「え?」
「だいたいね、家族だとか恋人だとか言う人達がボクに対してそう懇願して来る。でもさぁこっちは仕事で接して来てた訳なんだからさ、最後までちゃんと仕事するって事で」
ルートにはフォーンの言ってる事の意味が解らない。だが、とても嫌な予感を感じた。
ルートは、一度深く呼吸をすると出来る限り落ち着いてフォーンに聞いた。
「そういえば……俺、フォーンさんのちゃんとした仕事の事知らなかったけど……えっと」
「あ?言ってなかった?ボクはもちろんリッティの役人だよ。役職は……」
「処刑人だ」
その言葉ですでにルートは驚いた、だが、その後にフォーンが続けた言葉はルートにとって信じがたい言葉だった。
「ワタアメの処分もボクの仕事だ」
夕焼けの中、鐘が響いた。
その音が、ルートには死刑執行の合図に聞こえた……




