第30話「焦りと失望」
勝負3日目、4日目。
ワタアメはルートのお弁当を食べた。しかし、そこから進展しなかった。
ルートが距離を詰めようとすると、ワタアメは隅に丸まり引き篭ってしまう。
そして、ウィンはこの間、1度もワタアメに会いに来ていなかった。
(先輩は、7日でどうにか出来る事じゃないと匙を投げたのだろうか?いや、そもそも俺が強引に持ち掛けた話なのだ……先輩にしてみれば真面目に取り合う事では無かったのだ)
そう考えて、ルートの心は沈むばかりだった。
――――――
勝負5日目。
その日、ルートは朝から役所に来た。
「あれ?今日は随分早いね」
「はい。明後日まで学校は休む事にしました」
「ズル休みって事で」
フォーンは笑う、だがルートは一緒に笑う気分になれない。
(ウィン先輩が匙を投げた以上、ワタアメを救うには自分が頑張るしかない)
そう思うと、一分一秒が惜しいと感じたのだ。
「お弁当の貢ぎ物以外に何か手でも思いついた?」
その問いに、ルートは首を振った。
ワタアメの事を考えると、夜もほとんど寝むれなかった。なのに何の策も思いつかないのだ。結局、こうやって会う時間を長くする……という事しか考えつかないでいた。
ルートがフェンスに入ると、ワタアメが威嚇しない距離で腰を下ろした。
その様子を見ていたフォーンが、フェンスに肘を付いて話す。
「ワタアメは病気だった娘の友達として、父親が契約した魔物なんだ」
「え?」
ルートは、テイマーの男が虐待していた、という事は知っていたが、その前の経緯は知らなかった。
「娘は喜んで可愛がったんだけどね、病魔には勝てずこの世を去った。男は酷く落ち込んだが、妻の存在と娘の愛したワタアメの存在で少しずつ明るさを取り戻して行った。だけど、その矢先今度は妻が事故で命を落とした。風で飛ばされた帽子を取ろうとして高い所から足を滑らした……ワタアメの散歩中の事故だった」
「……そんな」
男性の苦痛を考えるだけで、ルートは胸が締め付けられた。
「でも……事故はワタアメのせいじゃないっすよね?それで虐待なんて」
「もちろん男も解っていた、娘と妻の愛したワタアメを大切にしようと思った。だけどさ、元々強い人間じゃ無かったんだろうね。徐々に酒に溺れ家で引き篭もるようになった」
「……」
「何かのせいにして行き場のない怒りをぶつけないとどうにもできない精神状態まで追い詰められたって事で」
「……それでワタアメを虐待したっすね」
「そう、そして最後は突然死。男の体は酒にストレスにと限界だった」
経緯を聞くと、テイマーの男にもルートは同情せざる負えなかった。
「でも魔物は人間の欲求をぶつける存在じゃない。テイマーと契約している魔物は逃げも隠れも……逆らいすらも出来ないんだから尚更っす」
フォーンは、否定も肯定もせず飴を転がしながら緩く笑う。
しかし、ルートがどう気持ちを持とうと、ワタアメには届かないのが現実だった。
5日目も何の進展なく終わりの鐘を迎えてしまった……
――――――
勝負6日目。
この日も、ルートは朝からワタアメに会いに来た。
「ルートくん。おはよう」
「フォーンさんおはようございます。今日もよろしくお願いします……」
フォーンはその顔を見て苦笑いする。
「寝てないだろ?食事は?ちゃんと食べてないだろ?」
「ワタアメの事を考えると……どうしても……」
フォーンは飴を咥えたまま口の端を上げて笑う。そして上着のポケットをゴソゴソとした。
「はい」
「え?」
差し出したのは、フォーンが咥えているのと同じ棒付きの飴だ。
「糖分取らないと頭働かないって事で」
「ありがとうございます……」
飴を受け取ると、包みを開けて口にふくむ。
甘さがジンワリと溶け出し、体全体に染み渡る気がした。
「あ!そうだ!甘いもの。犬は甘いものが好きっすよね?」
ルートは以前、犬が美味しそうにアイスクリームを舐めている姿を見た事があった。それを思い出したのだ。
「好きだろうけどね、人間の食べるものは犬にとって体に悪い事もある」
「それは……でも!今回だけ……ワタアメの警戒を解くために……」
「今回だけも何もさ、警戒を解かないとワタアメに次回は無いって事で」
その言葉は意地悪にも聞こえた、だが『出来る事は何でもしろ』と背を押してくれているようにもルートには感じた。
――――――
ルートは一旦役所を出ると、丘の階段を下った。
「あった」
階段の下にある広場には、小さなお店が並んでいる。雑貨屋に花屋、それからパン屋などだ。
フォーンが言うには、役所の人達がよく利用していると言う事だった。
パン屋の前に来ると、パンの焼けるいい香りがした。
並ぶ商品を見るとクリームがたっぷり入ったパンを見つけた。
(これならワタアメも俺の手から食べてくれるかもしれない)
ルートは一人頷いた。
「あの、それを3つ下さい」
クリームパンを3つ購入する。
1つはワタアメ、もう1つは甘いものが好きそうなフォーンに。最後の1つは毎日家で大人しく留守番をしているチビにだった。
店員が袋に詰めている間に、ルートはお店の奥を見た。奥はカフェになっていて、購入したパンとドリンクを楽しめるようになっていた。
「え……」
そこに座る人物を見て声が漏れた。
「ウィン先輩……」
カフェのテーブルに座って紅茶を手にしている人物、それは間違いなくウィンだった。
ウィン以外に客は居ない。
ルートには、どう見てもウィンが1人の時間を楽しんでいるように見えた。
「先輩……何やってるっすか?……明日までっすよ?」
独り言がこぼれる。
(やっぱり……ウィン先輩はワタアメの事などどうでも良かったのだ。だから明日までという期日も忘れてのんびりとお茶など楽しめるのだ)
「あの……お客様。こちらお品物です」
声をかけても反応が無いルートに、店員は困ったようにパンの袋を差し出す。
それを奪うように受け取ると、ルートは走ってワタアメの元に戻った。
ルートの感情はグチャグチャになった。
明日には処分されるワタアメの事、そのワタアメの事を忘れているウィンの事。
そんな感情のまま、6日目が終わる鐘を迎えたのだった……




