第3話「噂通りの先輩」
「おっと……いましたよ」
(グルルルル……)
ブラックウルフは低く唸りながら周囲を警戒していた。
2人は茂みの陰に身を潜めてその様子を観察する。
「殺気だってますねぇ……どうしたんでしょう?」
様子を近くで見るために、ウィンはルートに覆い被さるように体を密着させていた、ウィンの長い髪がルートの顔にかかっている。
「あの……先輩」
「はい?」
「先輩って……すごくいい匂いがしますね」
今言う事じゃ無いとルートだって解ってはいた。だが止められない。
「なんというか……なんか」
匂いをもっと確かめようと、ウィンの首元に顔を近づける。
「っ!ちょっと!ルート!私は人間は苦手なんですっ!」
冷静なウィンが今日イチ取り乱してルートから距離を取る。
「へ!?」
「私をクンクンしていいのは、可愛い魔物ちゃんだけと決まっているのです!」
「え!?あぁ!すいませんっ!」
ルートは自分のしでかした事に驚いた。その一方で、ウィンの全力の拒否に少し凹む。
(グルルルルル!)
「あっ……」
気が付くと、2人はブラックウルフの目の前に飛び出してしまっていた……
「ルートのせいですよぉ」
「す……すいません……」
ブラックウルフは唸りながら2人を睨む。少しでも動けば飛び掛かかる気だ。ルートはその状況に身動きが取れずに固まるしかない、だがウィンはいたって冷静だった。
「ルート、ウルフの後ろ足を見なさい」
「え?」
言われたように、ルートはそこに注目する。
「あ……怪我?」
ウルフは右足部分から出血をしていた。
「ブラックウルフは賢い魔物です、こんな人間臭い森には近寄らないでしょう」
「じゃあ?一体なぜここに?」
「おおよそ、人間に追われて迷い込んだ……という所でしょうか」
「人間に?……それはテイマーでは無く?」
「違うと思います。契約ではなく、捕獲が目的でしょう」
「そういえば……ウルフの毛は高額で売買されるって聞いた事があるっす」
人間に無害な魔物を殺傷する事は禁止されている。それ故に希少価値が上がり闇売買で取引されるのだ。
「人間ってほんと最低ですね」
呆れたようにウィンは言った。
「じゃあ、このブラックウルフは好きでここにいる訳では無くて……」
「そうです、むしろ人間による被害者です」
「あ……先輩は元々わかって?」
「おおよそ……ただそういう理由じゃ無かったにしても駆除なんて許せません!」
ウィンは語尾を強めて言ったかと思うと「魔物ちゃんは問答無用で可愛いのですからぁ~」と、続けてだらしない顔で笑った。
「でも先輩……どうしましょう?」
ウルフは今にも飛び掛からん勢いで2人を睨み付けている。
「そうですね、まず治療が最優先です」
「え?」
なんの躊躇も無くウルフに歩み寄るウィン。
「危ないっ!」
(ドサッ!)
ルートはウィンを押し倒す。そうする事で、間一髪ウルフの攻撃をかわす事が出来た。さっきまで竦んでいたルートの足は、本人が驚くほどのスピードで動いた。
「いたっ……ルート何するんですか!?」
「いや!先輩さっきの絶対噛まれてたっす!」
しかし、ウィンは心底迷惑そうにルートの体を押し除けた。助けたはずのルートにとっては腑に落ちない態度だ。
「別に死にはしませんよ」
「え?」
「あっちの方がよっぽど痛い思いしてるんですから」
「いや……」
(でも、それは先輩のした事では無くて……)ルートは言いかけた言葉を飲み込んだ。
ウィンは再びウルフに歩み寄る。無防備すぎる後ろ姿に、ルートは再び手を伸ばしたくなった。だが、それをグッと我慢する。
「おっと、いい子ですねぇ」
近づくウィンにウルフは低く唸った。だが先ほどのように飛びかかる事はしない。
「怪我を治療させてくださいね」
ウィンは懐から治癒の魔法符を出し、ウルフの怪我した足にかざす。
魔法符はパッと光り怪我に吸収されるように消えていく。そして、光の消えた後ウルフの傷は綺麗に塞がっていた。
「クゥ~ン」
ウルフは傷があった場所を舐め、そして次にウィンの手を舐めた。
「痛くて怖い思いをしましたね、人間代表で謝ります」
ウィンは大切な相手に謝るように手を胸に当てて頭を下げた。
「安全な場所までご案内します」
そう言って森を歩き出す。ウルフはウィンには気を許し、その横をピッタリと付いて歩いた。
「この川を渡れば人が立ち入らない領域です」
「ウオオーン」
ウルフは感謝するように一鳴きすると森の中に消えて行った。
その間、ルートは終始ただ黙ってウィンの行動を見つめていた。
――――――
「さて、ルートお待たせしま……」
「先輩!ウィン先輩……あの……」
「はい」
「俺とチビを……助けて下さい!」
そう言って地に頭が付きそうなほどルートは深々と頭を下げる。
「先輩と出会ってまだ数時間です……でも、悪魔と契約している事、それから今のウルフの事……何より、ウィン先輩は今まで俺が出会ったどんなテイマーよりも魔物の事を大切にしています!……俺にはそう見えました」
そして、深く息を吸うともう一度告げる。
「だから……俺とチビを助けて貰えるのは……ウィン先輩しか!」
ウィンにとっては、ただでさえ面倒な卒業科目だ。
(訳の解らない事を言い出した後輩に先輩はどんな顔を向けているだろうか?驚きだろうか?嫌悪だろうか?)様々な事を考えて、ルートは恐る恐るウィンを見た。
「……」
想像した顔は、そこに一切無かった。ウィンは驚きも嫌な顔もせず「全てお見通し」というように意地悪な笑みを見せていたのだった。




