第23話「罠」
ルートはウィンが自分の事を心配してくれている事が嬉しかった。
ウィンに絶対の信頼を寄せているルートは、魔物の事であればすぐにウィンに相談したはずだった。
しかし、今回はそうは行かなかった。ルートの悩みは人間関係の事だったからだ。
(ガサガサ)
ルートの同級生である『ブレース』は茂みを掻き分けて森を進んでいる。
そのブレースの後をルートは付いて歩いていた。
「ブレースどこまで行くっすか?」
「もう少しだから!ルート絶対に喜ぶぜ!」
ルートは既に何度か同じ問いかけをしていた。その度にブレースは笑って同じ言葉を返して来た。
ルートとブレースが話をするようになったのはほんの数日前からだった。
同級生、しかも同じクラスでありながら、言葉を一切交わした事が無かったのはお互いに理由があった。
『ブレースはルートの事が嫌いだ』
そんな噂をルートは耳にした。その理由が『優等生がキライ』だからだという事も。
ルートは自身が優等生、などと思っていなかった。だからそんなどうしようも無い理由で嫌われている事に少なからずショックを受けた。
ブレースと仲良くしたい訳ではない、気弱なルートにとって誰かに嫌われるという状況が落ち着かないのだ。
しかしその後、ルートはブレースについて別の噂を耳にした。
『ブレースは契約した魔物を虐待している』
噂は噂だ……ルートはそう思った。だけど嘘という真証も持てず、元々一方的に嫌われていたのもあってルートもブレースは苦手な存在となっていった。
それが、少し前に、突然ブレースがルートに話しかけて来た。
『実はルートの事、スゲェ奴だって!尊敬してて!だから声かけずらくて』
ブレースは照れたように笑ってそう言った。そんな相手を拒絶する事も出来ずに、ルートも愛想笑いを返した。
それからブレースは頻繁にルートに話しかけて来るようになった。
ブレースは実際に話をしてみると悪い奴では無い……というのがルートの持った印象だった。
多少粗野な部分もあるが、なんら普通の学生だとルートは思った。
だけど何かスッキリしない感情をルートはブレースに対して持ち続けていた。それが何かがルートには解らなかった。
この所、そんな晴れないモヤモヤがあって、ルートの気分は落ち気味だった。
ウィンにまで気を使わせている事を心苦しく思っていたのだ。だからルートはブレースの事をもっと知るべきだと考えた。もっと知れば謎のモヤモヤも晴れるだろう、と考えた。
ルートは笑顔を作る、そして前を歩くブレースに再び声をかけた。
「ブレース?俺に見せたいモノって?」
「ん~?ルートが喜ぶモノだって!」
「……そっすか」
『授業が終わったら見せたい物が森にあるっ!』とルートはブレース誘われた。
ブレースの事をもっと知るべきだ、と考えていたルートはその誘いを受けた。
(ガサガサガサ)
ブレースは躊躇なく森の深くに入って行った。
「ブレース?危ないっすよ?森の深くに行くと凶暴な魔物がいたりするし」
ルートは周囲を不安げに見回して、少し強めの口調でブレースに声を掛けた。
「大丈夫だって!それに……もしもそういう魔物がいたらルートが何とかしてくれるだろ?なんてったって優等生なんだし」
その言い方にルートはトゲを感じた。『……気のせいか?』と思ったが次にブレースから続いた言葉にルートは息を飲んだ。
「なぁ?ルートってさウィン先輩と仲いいよな?」
ウィンはテイマー学校では有名人だ、誰が名前を上げたところで不思議は無かった。
だが、ソレを今聞く事にルートは違和感を感じた。
ブレースに持っていた、ルートの中の得体の知れないモヤモヤが大きくなって来た。
「そ……そんな事ないっすよ?俺の方が一方的に尊敬してるだけで」
「そうかなぁ?ウィン先輩って人間嫌いで有名じゃん、なのにルートにはよく学校まで会いに来てる」
「あれは……ただの情報収集で」
「ふ~ん……」
「そ……それより何を見せてくれるっすか?そろそろ教えてくれても」
ウィンの話をしたくなくて、ルートは話題を変えた。
だが次の瞬間、ブレースはピタリと足を止め、そしてルートの方を振り向いた。
「え?……ブレース?」
ルートは困惑した。なぜなら、自分を見るブレースの目は明らかに嫌悪を含んでいたからだ。
「ルート、疲れね?お互いに」
「な……何が?」
ルートは上手く笑顔が作れずにいた。
「お前ってつくずく『いい奴』だな。だからこそ俺を邪険に出来なかったんだろうけど……」
「え……と」
「正直そう言う所がほんとムカつく!」
ブレースは吐き捨てるように言った。
その言葉で、ルートは持っていた違和感の正体が『お互いに無理をしていた』事だと気が付いた。
「何のつもりか知らないけど嫌がらせだったんなら俺は帰るっす。森の奥深くに入るのは学校でも禁止されているし……」
「ハッ!まったく優等生っつーのは何でもハイハイって聞くんだな?そうやって先生達にも可愛がられてるって訳だ」
「べ……別に俺は優等生じゃ……」
(ドッ!)
ブレースが拳ですぐ横の木を殴りつける、その音と迫力にルートは思わず押し黙った。
「そういう態度がすげぇムカつく」
「だからって暴力っすか?」
怯えを隠せないルートを見て、ブレースは笑った。
「人気のない場所に俺を連れて来たのは暴力を振るうためっすか?存在が面白くないというだけでこんな事を!?」
「それは暴力が許される理由になるだろ?」
ブレースはニタニタと笑ってルートを見た。
「くっ!」
ルートは踵を返して元来た道を走ろうとした。
(ドッ!)
「え!?」
逃げようとしたルートのすぐ後ろに、いつの間にか男が立っていた。
ルートは、その男にぶつかった後、手首を強くねじ上げられた。
「なっ!?誰っすか!?」
「ごくろうさん」
男はブレースにそう声をかけた。
「な……何を!?あなたは誰っすか!?」
「俺はテイマーの皆様が大っ嫌いな駆除屋だ」
「え!?ブレース……駆除屋なんかと何を!?」
「別に俺が誰とつるもうとルートに関係無いだろ」
「そんな事無い!俺達はテイマーっすよ!?魔物はテイマーのパートナー、駆除屋は魔物をお金を貰って駆除する人達っすよ!」
ルートの言葉にブレースは心底可笑しそうに声を上げた。
「はぁ?バッカじゃねぇ?捉えた魔物は俺の奴隷なんだよ」
「!」
噂は本当だったのだとルートは落胆した。自分はそんな最低な相手にまで、愛想笑いして『いい奴』を演じていたのだと気が付いた。
「その駆除屋が俺に何の用事っすか?」
肉体勝負で勝てる訳も無い、ならば隙を見て逃げるしかない……ルートはそう考えた。
「ルートは竜を所持してるだろ?竜を呼んで助けて貰えよ」
ブレースはニヤニヤと笑って言った。
「知ってるくせに……テイマーが使い魔で人を傷つけたら二度とテイマーにはなれない」
「痛い目見ても?」
「そのくらいで俺の夢は手放せないっす」
2人のやり取りを見て、駆除屋の男が大きく笑った。
「なるほど、いい子じゃないか。ルート……と言ったな?別にお前にケガさせようとかそういうんじゃねぇ」
「じゃあ何のために俺を?」
「1つだけ言う事を聞いてくれたらいいだけだ」
「……何っすか?」
「ウィン……アイツを呼び出して欲しいだけさ」
男の要求はルートが最も触れて欲しく無い部分だった。
「な!?なんで!?先輩は関係無いっす!」
「あはは!ルート、お前頭いいのにニブイな!逆だ逆!お前が関係無いんだよ!」
「そういう事だ。俺はほんの少しばかり奴に恨みがあってな、いずれその借りを返してやろうと思ってたのさ。だがアイツはなかなか回りに弱点を作らなくてな」
ルートはギリッと奥歯を噛んだ。
「つまり……あなたはウィン先輩に真っ向勝負ではかなわない。だからこういう方法で?」
ルートの問いに言葉での返事は無かった、だがそれが答えだと言うように笑いが返って来た。
「汚ないっす!そんなやり方!」
ルートの叫びに駆除屋の男は冷めた目を見せた。
「汚いさ、だが少なからずテイマーってのは汚い駆け引きも大事なんだぜ?そうで無いと俺達みたいなのを相手に出来ないだろ?ウィンにそう教えて貰わなかったのかい?」
「先輩はそんな人じゃ無い!」
「ふん、まぁお前がどう思っていようといいさ。コレでとっととウィンに助けを求めな」
そう言って男はルートの手に『声運びの羽根』を握らせた。
『声運びの羽根』は小鳥の尾羽を使った魔法道具である。声を込めて風に乗せれば小鳥の姿となり届けたい相手へ伝言を届ける事が出来る。
「なぜ俺を?ウィン先輩にとって俺はただの後輩っすよ」
「ん?ブレースの話じゃあの人間嫌いのウィンがお前とはよくつるんでるらしいじゃねえか。お前はウィンに気に入られている。つまりヤッてんだろ?」
「……?ヤ???……!?」
急にぶっ飛んだ事を言われてルートの体温が上がった。
『この人は何を言ってるんだ!?』
ルートは心底驚いた顔を男に向ける。しかし、そのルートの態度を見て男はもっと驚いた顔を見せた。
「ブレース……このガキ本当にウィンと仲がいいのかよ?」
「あ……ああ、ウィン先輩は唯一ルートとだけは、無利益で話を楽しんでいるように見えた。あんな風に笑うウィン先輩は誰も見た事ない」
「あのウィンが気に入ったら手出さねぇ訳ねぇだろう!」
「だから!誰の話っすか!?ウィン先輩はそんな事する人じゃないっす!」
ルートは心底腹が立った。
尊敬するウィンを、こんな形で侮辱されてルートは自分の事以上に怒りが湧いた。




