第21話「堕天使の作り方」
「お、シグマとセディユが仲良く遊んでるぞえ」
ピリオドの言葉にウィンは書斎の前で足を止めた。
2人は少しだけ開いたままの扉から書斎の中を覗く。中ではセディユとシグマがチェスを指していた。
「悪魔と天使が仲良くしているなんて滅多に見れる物じゃありませんね。何を話してるのかコッソリ聞いてみましょう」
「盗み聞きだぞえ」
「元々私の書斎なのでいいのです」
ウィンは2人の会話に聞き耳を立てた。
「セディユはなんで人間界にいるのだ?」
「それは……私も居たくている訳では……」
「肌の色で追放されたのだ」
「……知ってて聞くなんて。悪魔の程度が知れますね」
セディユは椅子に美しい姿勢で座り、綺麗な指先で優雅にチェスを指す。一方シグマは椅子の上で胡坐をかき頬杖を付きながらリラックスした様子で指していた。
「天界に帰りたいのだ?」
「勿論です。私は天界族です」
「その天界族はセディユを駆除しようとしたって聞いたのだ?」
「……」
シグマは「それなのに?」と心底不思議そうにセディユに聞いた。
「地位やプライドがそんなに大事なのだ?」
「ですが……私からそれを取れば……何も」
「そんなつまんない物、捨ててしまえばいいのだ」
「つまらない?天界族を悪魔ごときが侮辱するのですか?」
セディユはハッとしたように口を噤んだ。
他の種族を下に見る事はセディユにとって長い年月で埋め込まれた価値観だ、簡単に正す事は難しかった。気まずそうに顔を伏せるが、シグマはまったく気にしていない。
「俺にはまったく解らないのだ。セディユが大切にしてる物に俺はまったく興味が沸か無いのだ」
「では、悪魔は何に興味があるのでしょうか?」
「ふふ~ん♪」
シグマは子供のような無邪気な笑みを見せた。そしてチェス盤の上に身を乗り出してセディユの顔を覗いた。
「な……何を!?」
「今、俺はとってもお前に興味があるのだ」
「!……」
シグマはクスクスと笑う。そして、身を戻すとチェスの続きを指して言う。
「少なくとも、魔族……それから、あのウィンという人間もセディユが拘っている事にはまったく興味が無いのだ」
「………」
セディユは複雑そうに口を紡いだ。
「シグマは魔界に戻らなくてもいいのですか?」
「別にいいのだ、ウィンが死ぬくらいまでなら大して問題は無いのだ」
「確かに人間の寿命など瞬き程度ですからね」
『むぅ……何とも不吉な話を……』
小声で反応するウィン。
『実際に悪魔と天使から見ればそうぞえ』
何を今更とピリオドは返す。
「あのカラスは何者なんですか?本当に魔王の?」
「本当なのだ、ピリオドは魔王様の1人息子なのだ」
「つまり、次期魔王という訳ですよね?」
シグマは頷いた。
「とんでもないのが同居してるって事ですね……」
「そのピリオドに気に入られている人間、ウィンは凄いのだ」
シグマの言葉にセディユはチェスを指すのを止めて考えた顔を見せる。
「確かに、私は以前助けられました。しかし、厳密に言えばそれはピリオドにです、ウィンはやはり普通の人間だと思います」
ウィンには強力な魔力も無い。ピリオドや他の魔物の力を借りなければ窮地に立ち向かう事が出来ない。そう考えると、やはりただの人間と言わざる負えない……とセディユは思った。
「確かにそうなのだ。でも、手を貸しているのはピリオドが好きでやっているのだ」
「え?それはそうですが……」
「あの猫の獣人もそうだと思うのだ。俺も面白い事の延長でウィンを助ける事になればそうするのだ」
セディユはシグマの話を聞いて頷いた。
「それは……私もそう思っています。ウィン自身もですが、それを取り巻く方々に私は感謝をしていますので……」
「ウィンは魔族、天界族……それから珍しい魔物も身近に置いている。それが既に凄い事なのだ」
「え?それはウィンが置いていると言うよりも、皆自分の意思で……」
口に手を当ててセディユは言葉を区切る。
ウィンという人間の凄さがどこにあるのか……その真意にほんの少し触れたからだ。
もし、そうだとするならばセディユ自身もウィンという盤の上の駒の1つなのだ。
セディユはふるふると小さく頭を振った。そして手持ちの駒をあえて強く盤に置いた。
「ほらチェックメイトです」
「ありゃりゃ負けたのだ。セディユは頭がいいのだ~」
負けたシグマなのに嬉しそうに笑う。
「負けた方が勝った方の言う事を聞く……そういうルールでしたよね?」
「そうなのだ、俺が勝ったらセディユを『堕天使』にしようと思ったのだ」
「そう言う嫌がらせを言うと思ったので少しの手加減もしませんでした」
「嫌がらせじゃないのだ。俺は絶対に黒い翼のが可愛いと思うのだ」
「バカな事を言わないで下さい!黒い翼の天使なんて……」
「俺の好みを言っただけなのだ」
「も……もういいです!とにかく勝ったのは私なんですから屋敷の模様替えを手伝って頂きます」
「模様替え?」
「この屋敷は全体的に暗くて陰気ですから手を入れる必要があります」
2人の会話にウィンは『私の屋敷なのに』と小さくこぼす、だがすぐに『それはそうと……』とピリオドに問いかけた。
『シグマが言った堕天使にするとはどういう意味でしょう?』
『ウィンは堕天使を知らんぞえか?』
『いえ、知ってはいますが……』
ウィンの認識では堕天使は生まれながらに黒い翼を持つ異質な天使の事だった。だが、先ほど聞いたシグマとセディユの会話では違うらしい……と考えていた。
『天使が悪魔とヤッちゃったら天使は堕天使になるぞえ』
『え!?そうなんですか!?』
眼鏡がズレそうな勢いでピリオドに驚きの顔を向ける。
『ありゃ?ウィンが魔物の事で知らん事があるとは驚きぞえ』
「それはそうでしょう」
突然セディユからの返事が返って来てウィンとピリオドはビクッと体を震わせた。
ウィンが書斎の中に目を向けると、中の2人はウィンとピリオドの方に目を向けていた。
「お前ら声がでかいのだ」
シグマが牙を見せて笑う。
「それでセディユ、先ほどの「それはそう」とはどういう意味なのでしょか!?」
ウィンはセディユが言った言葉の続きを早く聞きたいとばかりに扉から身を乗り出した。
「その件は天界族はひた隠しにしていますので……当事者の魔族はさておき、人間達が知り得た事では無いでしょう」
セディユにとって、あまり気が進まない話だった。だが、どうせウィンはしつこく聞いて来るだろうと思って仕方なく話した。
「一つ訂正しておくと、別にヤ……」
「ヤ……?」
顔を赤くして咳ばらいをするとセディユは言い直す。
「『イタス』 必要はありません。悪魔の体液を体内に摂取した場合です」
「という事は、キスどころか回し飲みもダメなんですね?」
「言語道断です!悪魔達の飲みかけ食べかけみたいな物は絶対に私の口に入れないで下さい」
「なんぞえー!悪魔をバイキンみたいに言うぞえ!!」
「いや、実際近いんですよ……天界族にとって悪魔はソレに」
そう言って雑菌を見るような目でピリオドを見る。
「あのあの!その話もっと詳しく聞かせて下さい!なんなら実演を!」
新しく知った魔物情報にウィンは興奮を隠せなかった。
セディユはそんなウィンに雑菌を見る目を向けた。
「付き合いきれません!シグマ、行きますよ!」
セディユは頬を膨らませて部屋を出ると、廊下をズンズン歩いて行ってしまった。
第二章まで読んで頂き有難うございました!
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引き続き物語を楽しんで頂けるように精進致します。




