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第15話「眩しい月」

 天界の男達から自由になったセディユだが、体も心もグチャグチャだった。

(今すぐに消えてしまいたい……)そう思った。

 セディユは地面にしゃがみこんだまま動けなかった。


「て……天使さん大丈夫ですか?」


 ルートがセディユに手を伸ばした。


「さ……触るなっ!」


 セディユはとっさにその手を払った。

 

「ムカー!ぞえっ!」

「ツンデレはぁはぁです」

「ツンの部分しかないぞえ」

「今後デレデレなのです」


 ウィンとピリオドが危機感無く話していた。それが尚更セディユを惨めな気分にさせた。


「余計な事を……」

「余計……でしたか?」


 セディユの呟きにルートがおずおずと言う。

 

「私は消える以外に無いと言うのに……邪魔な事を」

「消えればいいぞえ?誰も止めんぞえ?」

「カ……カラスくん」

「消えようと思えばいつでも消えれたぞえ?かまってちゃんはコレだから困るぞえ~」


(何も知らないくせに……)

 セディユは心で呟いた。だが、ピリオドの事を睨む気にもなれなかった。

 そんな気力が無いからなのか……それとも反論出来ないからなのか。セディユにも解らなかった。

 

「あの~、一度私の屋敷に来るだけでもいかがですか?インテリアの趣味は案外いいと思ってるんですが」


 ウィンが最初の問いかけを再びセディユにした。


(人間の世話に等なる訳が無い)セディユの答えは変わらなかった。


「屋敷には煩い猫がいるぞえ」

「猫はお嫌いですか?少し騒がしいですがいい子達ですよ?」


(なぜそこまで私にかまうのか、悪魔の言う通り私の事などほおっておけばいいのに……)セディユはそう思った。


「もう少し静かにするように言いますから?ね?」

 

(人間ごときが私に向かってまるで諭すように……)セディユは悔しさでグッと手を強く握った。



「あー!見つけたお!」

「お前ら何やってんねん」

「ぎゃー!なんだぞえ~!噂をすればだぞえ!」


 ガサガサと茂みを掻き分けて、シャープとチルダが姿を現した。

 セディユは2人を見て幾度か瞬きした。

(新しい人間?……いや、獣人?)

 人間界に存在するという知識はあったが、セディユが獣人を見るのは勿論初めてだった。

 チルダがウィンに駆け寄り言った。

 

「おじたんとカラスたんだけで遠足なんて!チーたん達を置いていくなんてズルいおっ!」

「お前なぁ~、遅くなるなら遅なるって言えや、夕飯冷めてもうたやろ」


 シャープがため息を吐いた。

 

「そうだお!チーたんとお兄たん食べないで待ってたお!」

「それはすいません」

「ねこ?……の獣人さん……」


 シャープとチルダをポカンと見つめていたルートがポツリと呟いた。


「ああ、ルート紹介します。こちらチルダとシャープです。見ての通り可愛いニャンニャンの兄弟です」

「ねこ?……」

「はい、お兄さんのシャープとは契約もしています♡」

「ねこ……」


 ルートはハッとして続けて声を上げた。


「えええええーーーーー!せ……先輩っ!!猫って!!」

「はい~かわゆい猫ちゃんです、顎を撫でるとゴロゴロしますよぉ~♡ねぇ?シャープ」

「やめろやっ」

「チーたんもー」

「勿論です~ゴロゴロゴロ~」


 ルートはその様子を複雑そうに見ていた。

 セディユはこの隙に去ろうと考えていた。これ以上人間に同情などされたく無かったのだ。


 もちろん、その後セディユに行く場所など無かった。

 だから、もう完全に存在を消すしかない……そう考えていた。その先にある場所が自分の唯一の居場所なのだと……


「天使さんだお?」

「え……」


 いつのまにか、チルダがセディユの目の前に立っていた。

 セディユを見つめるチルダの目はキラキラと輝いていた。


「チーたん絵本でしか天使さんを見た事ないおっ。本物だおぉ~!キレイだお~!」


 チルダは興奮して耳をピコピコと動かした。


「あれ~?でも……でも……うーん」


 チルダは首を傾げて考えた顔を見せた。

(その絵本の天使は白いのだろう?)セディユは心でそう返した。


「うん!やっぱりだお!本物の天使さんは絵本の天使さんよりずっとずっとキレイだお!ねぇ?お兄たん?」

「ああ、ほんまやな」


 チルダとシャープは噓偽りの無い笑顔を見せた。

 その言葉に、今度はセディユが目の前のチルダをじっと見つめた。


「いえ……あなたの方がよほど綺麗ですよ」


 チルダのオッドアイは月明かりを反射して輝いていた。

(心から美しい……)セディユはそう思った。


「おかしいですね……私の国の本には人間が生み出した獣人という生き物は、もっとおぞましい容姿で描かれていました……」


 この時、セディユは本当におかしな気分だった。

 天界では下界は薄汚く、そこに住まう者達も下品で下等だと……そう教わっていたからだ。

 だが、獣人もだし、少なくともルートと呼ばれる人間からも下品さを感じていなかった。

 現にルートは終始心から心配してセディユを見ていた。

 

「天使さんのお名前を教えて欲しいお!」


 チルダは尻尾を揺らしながら可愛らしく聞く。


「えっと……あの……セディユと言います」

「ぐふふ!お名前頂きましたっ!セディユセディユ……はぁ名前まで美しいですねぇ」

「せ……先輩……雰囲気台無しですよ」

「なぁ~用事は終わったんか?やったら戻って夕飯にせん?」

「そうだおー!おなかペコペコだおっ!」

「そうですね、ルートもご一緒にどうですか?」

「え!?」

「ルートのおかげで美しい天使さんに出会えたので」

「せ……先輩の家に……先輩が生活している家に……」


 ルートは顔をだらしなく崩した。

 

「なんなん?珍しくウィンの人間の知り合いかと思ったらやっぱおかしい感じなん」

「セディユたんも来るおっ!」


 チルダはさも当たり前のようにセディユの手を取った。


「え……いえ……私は」

「もうお家に帰っちゃうお?」


 チルダは寂しそうに耳を垂れた。


「いえ……私には……帰る場所なんて……」

「じゃあセディユたんもおじたんのお家に住めばいいおっ!」

「え?」

「おじたんいいお?」

「勿論です、部屋は山ほど空いていますので」


(私が人間などと共に住む?天界族の者達に知れたらどれほど笑われ、侮辱されるだろう……)

 セディユはこれ以上、自分を落としたくなかった。


「別に監禁しようって訳じゃありません。体力が回復したらお好きに出て行って構いません」


 ウィンはセディユの思考を読むようにそう言った。


「ピリオドが睨みをきかせましたので、もうあなたを追う者はいません」

「……」


 セディユからの返事が無かった。ウィンは少し困った顔を見せ続けた。

 

「セディユさんにはセディユさんのプライドがあるのでしょう……ですが、私にもプライドがあるのです」


 一体何の?とセディユは顔を上げてウィンを見た。

 

「お疲れのあなたを放置するのは私のプライドが許しません!ですので回復するまでは私の家で休憩して下さい」

「そうだおー!」

「もうどうでもいいぞえー!俺様腹が減ったから早く帰りたいぞえ!」

「見ての通り、ちょっと騒がしいですけど」


 ウィンは苦笑いを見せて周囲の顔を見回した。


「あ……あの……セディユさん」


 ルートがおずおずと口を開いた。

 

「人間って確かに心の汚い人もいます……人間の俺でもそう思いますので」

「……」

「でも!先輩は、ウィン先輩は信じていいっすよ」


 常に自信無さげに話すルートがその言葉はハッキリと口にした。


「て……俺みたいな人間の言葉じゃダメかもですけど」


 ルートは項垂れた。が、その後ろから今度はシャープが口を開いた。


「あー、まぁそれはそう。そいつちょっと頭おかしいけど言うた事は守りよる」


 シャープはウィンを指差し続けた。


「信じてやってもええんちゃうか?」

「シャ……シャープ私の事をいつのまにそんな大好きに!」

「好きになんかなっとらんわっ!」


 シャープは抱きつこうとして来るウィンを全力で拒否した。


「あ!そうや!あと!俺はなんでか毎回食事作りすぎてまうねん……食べてくれる人が多い方が助かるわぁ」

「ね!?セディユたん!行くお」


 チルダがセディユの手を再び引いた。


「待ってください!」


 セディユはチルダの手をそっと外し、ウィンに視線を移した。


「ウィン……と言いましたね」

「はい」

「あなたが周囲から信頼されているのはよく解りました。ですが私は天界族です」

「はい」

「私には天使として……天界族としてのプライドがあります」

「その天界はお前をゴミ扱いしてたぞえ」


 ピリオドの鋭い言葉にセディユは眉をひそめた。


「っ……ですが!だからと言って……私は魔族や人間に自身が劣っているとは思わない」

「そんな……劣るとか劣らないとかそういう事じゃ」


 ウィンはルートの顔に手をかざして言葉を遮った。


「ええ、セディユさんが私達の事をどのように認識してもかまいません。私の屋敷で休息するからと言って、そこに優劣を付ける気もありません。疲れを癒すだけ、それだけです」

「はぁ~?この天使疲れてなんかいないぞえ!俺様のおかげで怪我もしてないぞえ!」


 事実、セディユはピリオドに助けられ無傷だった。セディユは悔しくて顔を伏せる事しか出来ないでいた。


「いいえセディユさんはお疲れですよ」


 セディユは「え?」とウィンの顔を見上げた。


「とてもお疲れです」


 ウィンはそう言うと心配そうにセディユを見た。

(そうなのだろうか?……私はそんなに疲れているのだろうか?)

 セディユ自身も自分の事がよく解らなくなって来ていた。


「人間界から見上げる月はいかがですか?」

「え?」


 ウィンはふいにセディユにそんな質問を投げた。


「天界から見る月は美しいですか?」


(なぜ急に月の話をするのか……)

 セディユにはウィンの意図が解らなかった。

 天界にいる時もセディユは月を毎日見ていた。だが、薄暗い収容所から見る月を美しいなどと思った事は一度も無かった。


「人間界から見上げる月はいかがですか?」


 ウィンは再び同じ質問を投げかけると、空を仰いだ。

 それにつられるようにセディユも上を見た。


「あ……眩しい……」


 セディユは視線を逸らした。

 周囲に壁が無い場所から見る月は眩しくて目を開けていられなかった。


「セディユさん……やっぱりすごく疲れてるっすね……」

「確かに、月が眩しいなんて疲れてる証拠やで」

「そうだおー!太陽は眩しいけど、お月様はずっと見てても大丈夫なんだお!」


 周囲が口々にそう言った。


「そう……なのでしょうか?」


(そうか……私は疲れているのか)

 セディユは思った。

(回復すれば、天界に戻る方法を考える事が出来るだろうか?)

 そう考えて首を振った。 

(この期に及んでまだ天界に戻るなど……天界に私の居場所はもう無いのに)

 セディユの心にポッカリと穴が空いた。

 

「セディユたん?一緒に行くお」


 セディユは小さく頷いた。

 それを見て、周囲は安堵して笑顔を見せた。どの顔も月が明るく照らしている。その顔すら眩しく感じてセディユは視線を落とした。



「きっとちゃんと見れるようになりますよ」

「……」


 ウィンが言った。

 セディユはその言葉の真意を考えた。


(人間界から見る月を眩しいと感じなくなった時……その時、私はどうなってしまうのだろうか?)


(天使では無くなってしまうのではないだろうか?)


(では……何者になっているのだろう?)


 今のセディユはそこに答えを出す事は出来なかった。

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