第13話「天使の噂」
「ウィンせんぱーい!」
「またこの始まりぞえかー!」
ルートはウィンの姿を見つけると走り寄った。
「はぁ~……ルートに尾尻が生えていれば最高にモエモエのシュチュエーションだったんですが」
「え?」
「ウィン、妄想が口に出てるぞえ」
その日ウィンはテイマー学校に足を運んでいた。
「ウィン先輩学校に用事っすか?」
「ルートに会いに来たのです」
「え!?」
「ウィンって人間には興味無いんじゃ無かったっけ?ソレとももう何でも良くなったのかえ?」
「まったく……人を変態みたいに言わないで下さい、何か面白い情報を仕入れようと思っただけですよ」
卒業後すぐにシャープとチルダに出会え、出だし好調かと思えたハーレム計画だったが、その後さっぱり心揺さぶられる魔物に出会えていなかった。
「ルートはテイマー学校在籍中なんですから魔物の噂話とか入りやすいですよね?」
「せ……先輩……先輩が俺を頼ってくれたっすか?」
キラキラと目を輝かせるルート。
「というかウィンってテイマーの知り合いがこのガキしかいないんじゃないかえ?」
「テイマーの知り合いどころか人間の知り合いがルートしかいません」
「うわ~悲しいぞえ~ぞえ~(エコー)」
「という訳で、ルート何か面白い話は無いですか?」
「面白い……」
ウーンと考える、そしてハッと思い出した顔を見せた。
「あ!……うーん……でもあれはたぶんただの噂で……」
「一応お聞かせください」
ルートはオズオズと話し出した。
「最近この辺りで天使を見たって人がいるんです」
「ほう」
「でも、俺は天使が人間界に降りて来るなんて無いと思います」
「ふむ……」
確かに本当の事なら凄い事だった。
「噂の真意は解りませんが、どちらにしても天使と見間違うような魔物が潜んでいる可能性があると言う事ですね。ルート、天使さんの目撃された場所を教えて下さい」
「あ!はい森の……」
はたと言葉を止めたかと思うと、何やら考え込むルート。
「ルート?」
「直接案内します」
「でもルートはまだ授業がありますよね」
「待っていて欲しいっす!」
ムムムとした顔でウィンを見た。
「わー!このガキ!一緒に行きたいからってくそ面倒ぞえー!」
「だ……だってもし本当に天使が見れたら……いやそれよりももっとウィン先輩と……モニョモニョ」
「はぁ……仕方ないですね、授業が終わるのを図書室で待っています」
ルートはパァァと顔を輝かせ、続いて涎を垂らさん顔で笑みを浮かべた。
「えへへ……先輩と……待ち合わせ……ふふ」
「ゾッ……」
――――――
図書室に向かう途中、ウィンはリビルドと鉢合わせした。
「来ておったのか?」
「どうも……」
「先日の件、とりあえずは上手くやったようだな」
リビルドは『とりあえず』という言葉を強調した。
「ああ……飼い犬さんに私を監視させていましたものね」
「フォーンの事か?あれは……」
言葉を区切ると首を振った。
「とにかく、とりあえずは上手くいったようだがシャープについてはコチラも警戒はさせて貰う」
「上手くも何も、別に貴方のために動いた訳ではありませんので」
探る目つきでウィンを見る。
「研究のため……と言う訳か?」
「否定はあえてしませんよ」
「……」
「では」
ウィンは頭を下げてその横を通り過ぎた。
「ウィン」
「まだ何か?」
リビルドは難しい顔を更に難しくして「根を詰めすぎんようにな」とウィンに伝えた。
――――――
(ザッザッザッ)
「ウィン先輩……すいません」
ルートは足を止め項垂れた。
ウィンとルートは天使の目撃情報のある森を探索していた。随分と歩き、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
「許さんぞえー!エセ情報ぞえっ!ご奉仕して詫びるぞえっ!」
「すいません、やっぱりただの噂だったっす」
シュンと首を下げるルート。
「いいですよ、そもそも本当かどうかを確かめるために来たのですから」
「先輩……」
「そろそろ戻りましょうか、猫ちゃん達も待っていますし」
「猫?先輩は猫さんを飼っているんですか?」
「はい~♡モエモエの可愛い猫ちゃんがお家で待っているんですぅ~」
「猫……羨ましいっす」
(ガサガサ)
「えっと……確かこっちの道……あれ?」
「ずぇーたいこんな所通ってないぞえ!」
「お……おかしいっすね……」
……その後更に1時間、まだ森を彷徨っていた。
「このガキわざと迷ってるんじゃないぞえかぁ?」
「そんな事ないっすよ!?」
「お前ウィンと長い間一緒にいたいだけぞえ」
「ち……違います!そりゃ先輩と沢山一緒に居られる事は嬉しいですけど……」
「確信犯ぞえ!天使の話も元々ウソぞえー⁉︎」
「ちがうっ……んむ!」
ウィンがルートの口を塞いで引き寄せた。
「!?」
「おぉ……ぞえ」
「なんと……」
その場所だけ森が開け月明かりが差し込んでいた。
『その存在』 はそこにいた。純白の翼に月明かりが反射して金色に輝いている。眩しすぎてウィンは目を細めた。
「ルート噂は本当でしたね?」
しかしルートからの返事はなかった。天使に見惚れているのかと思いきや、その顔はだらしなく惚けていた。
「うわー……このガキ何悦ってるぞえ、キモイぞえ」
「だ……だって先輩近い……やっぱり先輩いい匂いするし……すはすは」
「ゾッ」
「はっ!俺はまた先輩に失礼な事をっ……」
ルートは我に返ると、視線を天使に移した。
「すごい……天使さんが本当に人間界に降りて来るなんて」
「そんなに珍しい事なんぞえ?」
「天界族は魔族と違ってお堅いですので。むやみやたらに人間界に降りるような事は致しません」
天使を見たのはウィンも初めてだった。
「あれ?……でも」
天使に見とれていたルートの顔が曇った。
「肌の色……」
ルートが疑問を抱くのも無理はなかった。天使の身体的特徴を上げるならば、白い翼、白い肌、だ。だが、目の前の天使は肌の色が褐色だった。
「授業では天使の特徴として白い肌は必ずと言う表現でしたよね?」
「そりゃそうです、白い肌の天使しか『存在しない』からですよ」
「え?でも……」
目をこらして再び天使を見る。だが、いくら見ても目の前の天使は月明かりの下であっても見分けがつく褐色だった。
「ああ、言い直しましょう……白い肌、白い翼の天使しか天使と認めていないのですよ」
「え?誰がっすか?」
「天界族です」
「え?」
「おおよそ、あの天使さんが人間界にいるのは天界から逃げて来たのでしょう」
「逃げて来た?」
「天界では、天使と認められない者は『駆除』対象らしいですよ」
「く……じょ?」
何が何やらという顔で天使とウィンを交互に見た。
「そんな……天界族はそんな事で?だってあの天使さんは肌の色が珍しいというだけでどこからどう見ても綺麗な天使さんっす」
「どの世界でもそんなものですよ、異質は排除したがる」
「……」
しばらく考え込んでいたルートだったが、意を決したように顔を上げた。
「俺、天使さんと話をしてみたいです」
「私も同じく」
2人は茂みから身を出した。
「!」
天使は2人に気が付くと警戒した様子で鋭い視線を向けた。
天使は遠目で見ても美しい顔立ちなのが解ったが、近くで見ると更にそれがよく解った。
一見女性のようにも見えるが、キリッとした顔つきは少年のようでもあり青年のようでもあった。長く伸びた銀色の髪はまるで上質なシルク、そして金色をおびた瞳はまるで金ダイヤを思わせた。
「美しい方がこんな所でどうされたのですか?」
ウィンがそう声をかけると、天使は刺すような視線を返す。
「下等生物が気安く私に近づくな」
その声は姿と同じく美しかった。
「透き通るような声での罵倒最高ですぅ~!」
天使はゴミムシを見る目でウィンを見た。
「それ以上寄るな、汚らわしい」
「うわぁお!チョ~ムカつくんですけどぞえー!」
「きっとツンデレさんなんですよぉ~♡」
「あ……あの……俺達怪しい者じゃ……少し話を」
ルートが一歩寄ると、天使は慌てて身を引いた。が、フラリと足元をよろめかせる。
「……ぁ」
「なんだなんだ、エラそうなのは口だけだったぞえ~」
「随分お疲れのようですね?」
天使は立っているのも辛そうにしていた。
「私の屋敷すぐそこなんです。少し休んで行かれてはいかがですか?大丈夫です、やましい事なんてこれっぽっちも考えていませんから……ええ……これっぽっちも……ぐふふ」
ルートがおずおずと声をかける。
「あの……何かお困りなんでしょうか?力になれれば……」
「黙れっ……下等生物が気安く私に話しかけるな……」
「天使っていうのは随分と自己中ぞえ!強引に捕まえちゃうぞえ!」
ピリオドの言葉に天使は怯えた表情を見せた。そして白い翼を広げるとフワリと舞い上がった。
「あ!そんな体でどこに行くっすか!?」
「無茶しない方がいいですよ」
天使はウィンとルートを睨みつけると木々の間を潜り抜けて姿を消した。
――――――
「いっちゃったぞえ、あんなむかつく奴ほっとくぞえー!」
「でも……あんな状態でどこに?心配っす」
「ルート、言っておきますけど天界族は仲良くなっても契約できませんからね」
「し……知ってます!」
「ほえ?天使は契約できんぞえか?悪魔はいいのに?」
「天界族はプライドが高いのですよ。魔族はそういう所……え~と……フラット?なので」
「今、アホって言いたかったぞえ?」
「いえ……」
「魔族さん達はフレンドリーな方が多い!という事っすよ」
その時だった。
(ドーンッ!)と突如天から光の柱が落ちた。
「なんぞえ?」
「先ほどの天使さんが向かった方向ですね」
「天使さんになにかあったんじゃ!?」
ウィンとルートは光の柱が落ちた場所に向かった。




