第10話「駆除屋」
(ザッザッザッ)
ウィンとシャープは森の中を足早に進んでいた。
「……元々街に現れた凶暴な魔物も、バレディが裏ルートで取り寄せた魔物やったんや」
シャープはウィンにチルダをさらった奴等について説明していた。
その経過で過去の主『バレディ』について話している。
「それが契約前に逃げ出した、だからバレディは慌てて誰よりも先に駆け付けたってだけの話や」
「やれやれ……最低なテイマーですね」
過去の出来事……それはシャープにとって思い出したくない辛い記憶だった。
――――――
あの時の痛みを俺は絶対に忘れない──
「バレディさん……無事で良かった」
右目からおびただしい血が地面に落ちるのを自分の左目で見た。
「シャープ……お前」
バレディさんは震えた声で俺の失った目に手を伸ばした。
バレディさんが無事だったなら片目くらいどうって事ない、心からそう思った。
思っていた……のに……
「何てバカな事をしてくれたんだっ!」
「え?」
「オッドアイじゃ無ければ何の価値も無いっ!」
何を言われたのかよく解らなかった。
あの時、胸の中に出来た傷がいつまでも、いつまでも疼いているのだ……
――――――
「結果俺はバレディに契約解除されて『駆除屋』に引き渡された」
「なるほど、チルダをさらったのはその時の駆除屋だと?」
「駆除屋ってなんぞえ?」
ウィンの肩に乗るピリオドが問う。
「人間の依頼で魔物を駆除して報酬を得る下衆い方々ですよ」
「あいつら、バレディが死んだとなった途端契約が外れたチルダを自分達のもんにしようとしたんや」
「オッドアイの獣人は一部の人間にとって特別価値があるのは事実です……残念ながら」
シャープは過去の事を鮮明に思い出す……
――――――
「え?バレディさん……なんで契約を外すん?……なぁ?この人たち誰?」
俺はナイフを持つ数人の男に取り囲まれていた。
バレディさんは離れた位置で腕を組みその様子を見ている。その顔にいつもの笑顔は無い、ただただ無表情だった。
「片目が無くても可愛い猫ちゃんじゃねーか。もったいない」
「駆除屋だろう?ちゃんと駆除しろ、弟を連れ戻しに来られたら面倒だ」
「え?バレディさん?何の話……?」
バレディさんは被害者は自分だ、と言うように深い深い溜息を吐いた。
「シャープ……今までお前にどれだけ金をかけて来たと思ってるんだ?毛並み、肌の艶、それらを維持するのにどれだけ……それは全てお前のオッドアイを更に価値ある物にするためだ」
「え?……でも……俺の存在が大事だってそう言ってくれてたやん?」
「ただの獣人など金さえ詰めばいくらでも手に入る。たかが魔物が勘違いするなよ」
もう言葉など出なかった。ここまで来て俺はやっと気が付いたのだ……
自分は偽りの幸せを幸せだと信じていた愚かな『ただの魔物』だったのだと……
「安心しろ。チルダはこの先も大切にする。まぁ、傷が付かなければ……だが」
「!」
もう何もかもどうでもよくなっていた。死んでしまいたいとすら思っていた。だけど、バレディの言葉で思考が切り替わった。
そうだ……こんな汚い人間達の側にチルダを置いてはいけない。
俺がこの先、生きる意味があるとするならチルダのためだ!
俺の中に流れる獣の感情が体を支配する。
(ザッ!)
「わっ!」
人間には見えない速度で動いた。そして駆除屋からナイフを奪うとバレディに向かって一気に駆け寄った。
「ヒッ!?」
バレディは背を向けて逃げようとした。その背後からナイフで心臓を突き刺した!躊躇など全く無かった。
「グフっ……や……やめろ……シャープ……お……落ち着け……またお前とも契約してやるから……だから……抜い……」
(ズブブブ)
――――――
人を刺す感触を思い出して、シャープは拳を強く握った。その指先にウィンとの契約の石が触れる。
「お前……俺が主を殺したの……知ってたんやろ?言うとくけど、俺はそういう奴やで」
だがウィンは少しの動揺も見せなかった。
「シャープが殺めたのは主ではなく『元主』です」
「それは……」
「そして、そうせざる負えなかったほどシャープがチルダを大切に想っている事も解っています」
「っ……」
「大丈夫ですよ」
「え?……」
「チルダは必ず助けますので」
シャープの心を見透かす様にそう口にする。
「だから、安心してください」
その言葉にシャープは強い意志と優しさを感じた。
「あ……当たり前や!だから俺はお前と契約したんや」
「あ、そうでしたね。そういう流れでしたね、あー言えばシャープが契約してくれるかなー?って」
「ラッキーでした」と続けてウィンはにやにやと笑う。シャープにはそれがまるで『本当は契約なんかしなくても良かった』とでも言う顔に見えた。
(この人間の事がさっぱり解らない)シャープはそう思った。
――――――
「いつまで森を歩くぞえ!?もう夜中ぞえ!なんも無いぞえ!」
どこまで歩いても駆除屋の気配はまったく無い。
「追い越した可能性は?そもそもここを通ってないんちゃうか?」
シャープは不安げに来た道を振り返った。
「リッティはテイマーの街です。魔物の違法な取引には特別厳しく取り締まっています。表から堂々とは出て行けません、この裏ルートを通るはずです」
「ウィンは裏ルートに詳しいぞえ?」
「私って生まれも育ちもリッティですし……そういうのを調べてた時期もありまして」
「お前が一番怪しいやんけ……」
「ふふ!お誉めにあずかり光栄です」
その時だった。
遠くから(ガラガラガラ)と小さな音が聞こえた。シャープは耳に手を当ててその音を拾う。
「この音は……馬車?」
音の方へと静かに茂みを掻き分け進む。その先で、獣道をガタガタと揺れながら進む馬車を見つけた。
「こんな時間にこの場所を馬車とは……間違いないでしょう」
「くっそ!後ろの荷台にチルダが!?」
飛び出して行こうとするシャープをウィンが止めた。
「待ちなさい、逃げられては厄介です、とりあえず隠れながら追いましょう」
「でも……森を抜けたら逃げられてまう」
「獣道を進むのは馬に負担があります。どこかで休憩するはずです……そこを狙います」
「っ……解った」
その後、ウィンの読み通り馬車が止まる。そして中から3人の男が下りて来て会話を交わす。
「少し休憩だ」
「チビ猫の見張りは順番だ」
男達はそう言うと1人は馬車の荷台に入り、残る2人は焚火を焚きだした。
「チルダが荷台にいるのは間違いないようですね」
「なぁ?……どうしよ?モタモタしてたら出発してまう」
居ても立っても居られないと言うように爪を伸ばすシャープ。
「シャープ、落ち着きなさい」
「でも」
「チルダの側に見張りもいるのです、人質にされてチルダが怪我でもしたら大変です」
シャープとは対称的にウィンは落ち着いていた。
「チルダの『無傷での保護』を優先させたいのです」
『無傷での保護』その言葉の真意を考えシャープは右目が疼く。
「いいですか?作戦はこうです……」
焚き火を囲む2人の男は酒を飲みながら食事をしている。馬車の方にはまったく注意がいっていなかった。
「ピリオド……お願いします」
「仕方ないぞえ」
ピリオドは焚き火を囲む1人の男ソックリ姿を変えた。そして、その姿で荷台に向かう。そして、荷台に顔を入れると中の男に「交代だぞえ」と声をかけた。
「もうそんな時間か……」
見張りの男が荷から出て行くのをシャープは確認すると、「今や!」と茂みから飛び出し荷台に身を滑り込ませた。
「チルダ……!」
荷台の中にはグッスリと眠っているチルダの姿があった。薬を飲まされているようだが、怪我などはしていなかった。
「良かった……」
チルダを抱き抱えるとシャープは荷台を出た。そして、ウィンの姿を探す。
ウィンは丁度男達と対峙している所だった。
「てめぇっ!何者だっ!?」
「あ!オッドアイの猫がっ!!」
男達はシャープの腕の中のチルダを見て叫んだ。
「逃がすかっ!」
シャープに向かって走る男達、その前にウィンが立ちふさがった。
「逃げれないのはあなた方ですよ」
ウィンは召喚の術符を1枚抜きスペルを唱える。
(ゾゾゾゾゾ!)
男達の足元の土が蠢き盛り上がった。
「なんだっ!」
土から植物が伸び、そのツルが男の1人を絡め取った。
「う……うわあああ!」
「バラ科の美しい魔物です。まぁ、あなたに薔薇は似合いませんが」
「チッ!こいつテイマーかっ!」
ウィンがテイマーだと解ると残りの2人はナイフを手に取り取り囲む。
「シャープはチルダを連れて私の屋敷へ戻っておきなさい」
「お前は?」
「この方達が2度と悪巧み出来ないように今ここで捕えます」
「でも……1人で危ないんじゃ?」
ウィンは眼鏡の奥の目を丸くした。
「おや?私が共倒れした方がシャープにとって好都合では?」
「…………」
シャープは何か言いたげに口を一瞬開いたが、結局何も言わず口をへの字に紡いだ。そして、チルダを抱く腕に力を入れると来た道を走って戻った。




