第1話「天才?ウィン先輩」
ルートはテイマー学校の2年生。
『テイマー』というのは、魔物と契約を結び魔物使いを生業としている職業の事。ルートはテイマーを目指して勉強中の身だ。
「ルート!おはよう」
学校に向かう途中、街の噴水広場で同級生に声をかけられた。ルートはそれに「おはよう」と返す。
「昨日眠れたか!?俺は興奮で眠れなかった!」
充血したその目を見れば一目瞭然だ。
「ルートはどんな魔物と契約する気だ?」
同級生は期待を含んだ目でルートを見た。だが、ルートはそれに答えず曖昧な笑顔を返す。
「あ……」
「ルートどうしたんだ?」
掲示板の前でルートは足を止め、その中の1枚を見た。
『お尋ね者』と言う見出しの下には写真があった。太々しい顔で舌を出す男と、その後ろに真っ赤な竜が映ったものだった。
「デリート……」
ルートが呟いたその名は、テイマーならば誰しもが知る有名人だ。
「デリートって竜と契約して破壊強奪を繰り返してる凶悪犯だろ?と言う事は……テイマーなんだよな?」
その言葉にルートは黙り込む。
「こういう先輩のお陰でテイマーの評判も悪くなっちまうんだ……やっぱり魔物は恐ろしい!ってさ」
その言葉はデリートに向けられたものだ。
「まぁ!実際竜なんて恐ろしすぎて契約したくもないけどな!」
だが、ルートにとっては他人事ではないのだった。
――――――
学校に着くと、生徒達の様々な声が飛び交っていた。
「どうしよう!契約する魔物ギリギリまで悩んじゃう!」
「私は小鳥系に決めてるわよ」
「私は見た目も綺麗だし植物系」
そのどれもが期待に満ちていた。今日と言う日を皆楽しみにしていたのだ。
「あ!学長が来た」
学長と先生達が現れると場は静まり返った。学長は集まった2年生の顔を見回し口を開く。
「さて、皆もこの学校に入学して1年が経った。魔物について初歩の知識と技術を学べたはずだろう」
生徒達は無言で頷く。
「いよいよ今日がテイマーとして真の一歩を踏み出すわけだ」
わっと声が上がった。テイマー学校は最初の1年を魔物の勉強に費やすため、実際に魔物と契約を交わすのは2年になってからだった。
そして、今日がその日。テイマーにとって特別な日なのだ。
「今日の試験については今更言う事もなかろう。上級生の言う事をよく聞き慎重に行動をする事」
2年生と対面する形で最上級生である4年生が待機していた。試験は、2年生と4年生が1人ずつペアになって行う。
「上級生って何か怖いよね……優しい人に当たればいいなぁ……」
組み合わせは先生が相性を考慮し決めているため、当日まで生徒は自分のペアが誰かを知らない。
「あ……ねぇ?あの人と組む人可哀想だよね?」
女子生徒達のヒソヒソ話は続く。
「ああ……あの天才?」
「そうそう『ウィン先輩』……天才らしいけど、チョット普通じゃないというか……」
「いい噂聞かないよね~」
「不気味な屋敷に住んでて、魔物を使って怖い実験してるって聞いたわよ!」
「連れてるカラスの使い魔も、凄く喋るし気味悪いよね……」
「でも!同じ性別で組むって聞いてるし、私達は当たる事ないわね」
「でもさぁ……女の先輩にもちょっと感じ悪い先輩いるじゃない?」
「ああ……あのお嬢様でしょ?『カレット先輩』……」
「由緒あるテイマーの家系だか知らないけど、なんかエラそうで苦手だなぁ……」
「でもさ!連れてる兎の獣人さん、かっこよくない?」
「あー!わかるっ!私も思ってたぁ♡」
その会話をルートは上の空で聞いていた。ルートにとっては誰と組もうが、皆がどのような魔物と契約しようが、今はどうでもいい事だった。
実はこの時、ルートはそんな事など気にしていられない超難問を抱えていたからだ。
――――――
「あの、ルートといいます」
(バサバサ!)
「わーわー!苛めがいがありそうなガキだぞえ~!」
「あ……あの今日は宜しくお願いします」
(バサバサ!)
「おー!宜しくしてやるぞえー!俺様の事は『ピリオド様』と呼ぶぞえ!」
「は……はい……」
本来は先輩テイマーと挨拶を交わす場面だ。なのに、ルートは先輩テイマーの肩に乗るカラスと会話をしていた。
ルートが組む事になったのは、噂のウィンだった。
「ウィンと言います、宜しくお願いします」
ルートは女の子達ほど噂話に詳しくはない。だが、ウィンの事は知っていた。
『天才ウィン』テイマーとしての知識と才能は桁外れ、しかし、天才となんたらは紙一重と言うように何やら立ち振る舞いが難ありというものだった。
ルートは更にウィンを観察した。
スラッとした高身長に赤く長い髪が特徴的だ。やや垂れ気味の目にキリッとした眉、スッと通った鼻筋はカッコいいと言う表現より美形という印象をルートは持った。黒縁の眼鏡が知的な雰囲気を更に上げていた。
「どうしました?そんなに緊張しなくても、本日の魔物との契約で死ぬ事はありません」
ウィンは後輩に対しても敬語を使い、そのトーンは穏やかだった。(皆が噂するほど変な人ではない?)とルートは思う。
(バサバサ!)
「そうそう!難しくないぞえー!か弱い魔物をとっ捕まえてイジメちゃうぞえー!」
どちらかというと、連れているカラスの魔物の方がおかしいと思う。
「ピリオド、苛めるんじゃなくて愛でるのですよ」
「ウィンの場合苛めるも愛でるも一緒だぞえ!」
「失礼な、一緒にしないでください」
「だいたいさぁ~、ウィンは人間相手だとテンションガタ落ちになるから面白くないぞえ~」
「はぁぁ~……仕方ないじゃないですか、卒業必須科目なんですから」
『卒業必須科目』という言葉にルートは反応する。
(そうだ、先輩にしてみれば手っ取り早く終わらせたい事のはずだ)……そう考えて、ますます心は焦り出す。
「ああ……すいません、気にしないで下さい。さて、魔物の生息する森の方に移動しましょうか」
そう言ってウィンは歩き出した。ルートもその後を付いて歩く。だが、その足取りは重かった。なぜなら、ルートが契約したい魔物は森には居ないからだ。
それをルートは言い出せない、言えない理由があるからだった……