第22話
昼下がりの酒場では今日も酒飲み冒険家たちが雑談に花を咲かせている。
ウッドテーブルに群がる酒臭い男たちの元へ、まだ着慣れていない黒と白の可愛らしいフリルの衣装を纏った少女が給仕しにやってきた。
「はい! ありがとうございます! えっと……何をご注文ですか?」
「じゃあ……姉ちゃんのおっぱい揉ましてくれやあ」
「……?」
わしわしと手を動かしながら男は鼻を伸ばし、普段着よりもより主張された少女の白い胸元を嫌らしい視線でじっと見つめる。
素直に顔を傾けるコーラルはカウンターで小樽に酒を注いでいるジッパに、「一体この人は何を言っているのかな」という類いの眼差しを送った。
「一体……何回目なんだ」
ジッパは溜息をつきながらカウンターからでると、コーラルの元に向かう。
「あの、お客さん」とジッパは男の方に手を置く。
「だーっはっはっは、冗談だよ冗談、からかっただけさ。触ったりなんてするもんか」
「そんなに触りたいんですか? よーし、じゃあ、ちょっとだけ待っててください!」
コーラルは瞳をきらきらとさせてカウンターへと向かった。
きょとんとしたお互いの顔を見合わせるジッパと酒臭い男の元に――コーラルはやがてミートパイを運んできた。
「手を出してください」
コーラルは男の無造作に生えた汚らしい手を持ち上げるとミートパイの上に押しつけた。
「熱ッ! てめえ一体何をしやがんだ!」
「ふふっ、これが本当の「おっ」パイ! なんちゃって!」
「…………」
数年は語られ続けることになるであろうこの突発的な事件は、その場を途轍もない寒さで凍り付かせたといわれている。
「あぁ……くすんっ……わたしはただ、怖い顔のお客さんに笑って欲しくて……うぅ、渾身のやつだったのにぃ……」
カウンター裏に回されてしまったコーラルは膝を畳んだまま潤みがちな瞳で、訴えかけるような視線をこちらに飛ばしてくる。
「またキャサリンさんに怒られちゃったよう……ジッパ。アンタは準備室で小樽の掃除でもしといたらー、だって……これでもう二日目だよ、わたし表に出たかったのに……。うぅ、そんなに面白くなかった? そういえば誰も笑ってくれなかったね……」
「い、いや面白いかどうかは……置いておくとしてさ……そりゃあ怒られるよ。相手も悪かったけど」
ジッパも王都から見れば相当な世間知らずであるのだが、コーラルのそれは群を抜いていた。社会的に、というよりも人間との関わりについてあまり慣れていない気さえする。
「ああん、置いとかれたぁ!」
「ああ、いやそういうわけじゃないんだけどさ、なんていうか……あれは、なんていうんだろう」
子供のように愚図るコーラルをなだめるようにするジッパは困った表情を浮かべる。
「ほらコーラル、ちゃんと立って。ここでもちゃんと仕事をしていればキャサリンさんも表に戻してくれるかもしれないよ、それにここではお客さんを笑わせに来たんじゃない、お酒や食べ物をお客さんのところまで給仕するのが君の仕事なんだから、あんまりわがままを言ったらダメだよ。お金を稼ぎに来たんだから好きなことばかりできるんじゃ無いんだよ、わかった?」
「ジッパが怒った!」
「ええっ……全然怒ってないんだけど!」
涙目を加速させるコーラルはそうしてしばらくはしょげていた。結構落ち込みやすい性格をしているのかな、と青年の口元が少しだけ綻んだ。
その後もジッパはカウンターで仕事を全うした。酒場の仕事というのは望外にも様々な情報が集まるらしく、ジッパは聞き耳を立てながら酒場内での情報集めを怠らなかった。
酒場の安酒で浮かれている冒険家たちの話を聞く限り――今回の冒険家試験はサンドライト領土内で行われるということ、そして二つ以上のダンジョンに潜ることになるという噂。また、地下には数千年眠る『竜族』が存在し、この王国に伝わる伝説の秘宝を守っているというのがお喋りで陽気な冒険家の一番の特種情報らしかった。
(伝説の秘宝……それに『竜族』。パール姫の依頼内容と関係してたりするんだろうか)
「まあ【古代サンドライト王国】なんてのは、悪戯なおとぎ話にすぎねえと個人的には思うんだがね、どことなくロマンを感じるぜ……素が生粋の冒険家だからかね、くへー、そう思わんかね兄ちゃん、ああアンタは酒場の一般人だったな、わりぃわりぃ」
ロマンを感じるなら、一日中こんなところで安酒を呑んでないで、地下にあるという古代王国でも探しに行ってみてはどうだろうか――と青年が思いながら陽気な冒険家の相手をしていると、男の隣に小さな形で頭まで黒のローブを被った子供が座った。
「……ミルク」
(あれ、この娘……)
ただそれだけを告げると、あとは瞬きもせず獲物を狙った狼のように、虚空を見つめたままだった。その声色から、小さな女の子であることは明白であった。
「ちっ……なんだガキかよ。つまんねえな」
頬を染めた陽気な冒険家は黒ローブの娘に興味を失ったかと思ったが、ずいと身体を近づけた。
「よおガキ、何シケた面してやがんだ、ここはガキの来る場所じゃねえぜ」
「…………」
「ちっ、だんまりかよ。可愛くねえガキだな、いつまでフード被ってんだよ! おらっ」
だんまりを決め込む黒ローブの少女のフードを男はぐいっと引っ張る。
そして――中から露出したのはふわりとした銀色の狼耳だった。
「おっ……なんだこいつぁ」ニタリと面白い物を発見した顔で、男はわざとらしく大声で、「『狼人』と人間のハーフじゃねえか! 『獣人族』の中でも最近じゃ滅多に見ることのねえ『狼人』であるうえにハーフの小娘ときた! こいつぁ珍しいな、闇市場に人身売買としてでも出せば幾らかの金にはなりそうだぜ、けっけっけ」
銀髪癖毛のショートカット少女の頭頂には二つの狼耳が生えていて、左の耳は何かで乱暴に切断されたように、千切れている。大きく丸い黒目からは、より幼さを感じた。
ハーフといわれる人種にジッパは初めて出会ったが、数日前に仲良くなった虎人の店主のように獣というよりは、どちらかといえば人間に近い。頭の天頂部にふわふわの耳が生えている以外は、普通の少女にしか見えない。
「…………」
どんなに汚い言葉を発せられても、狼人の少女は常に無表情で、何も言い返さない。
「おい……聞いてんのかよお前、てめえらはアレだ、“歪み者”って奴だよなあ? ええ、なんだっけか、数千年前の伝説の……“外来生物災害戦争”のときの“外来種”なんだろう? おお?」
「…………ちがう」
「このサンドライト王国がまだ【イントラへヴン】の中でも種族差別に少しばかし寛大だからって、それにつけ込んでのうのうと暮らそうとしている大迷惑なクソ種族どもだ……俺ぁ知ってるんだぜ、てめえらの祖先どもがかつて存在していた【古代サンドライト王国】の女も子供も、住んでいた人間全てを好き放題喰い散らかして、犯し放題やってくれちゃってたんだってことをなぁ……それで古代王国は滅んじまったって云うじゃねえか。ひでえもんだよなあ……それなのにお前ら“歪み者”は人間様の慈悲の心につけ込んで、また楽しもうって魂胆か? ならよ……」
男は席から立ち上がり、狼人の少女の千切れた片耳を強く引っ張った。
「次は俺たちが楽しむ番じゃねえか……? おい」
「……ッ! ……んんっ」
「おいおい、いい声出すじゃねえかよ、へへ、そんな目でに睨むんじゃねえよ、あんまそういう顔されるとな――つい喘がせたくなっちまうんだよ」
「ちょっと――」
ジッパがすかさずカウンターを出ようとしたとき、男の胸板中央辺りを掃除箒が突いた。
「――っ痛ぇな」
首をこきんと鳴らして、男は鋭い瞳を箒の先のコーラルに向けた。
コーラルは箒を逆手に肘を軽く曲げ、手の甲を上にした状態で構えている。その切っ先は相手の喉を鋭い瞳で狙っていた。
「……酷いよ、そんなに小さな女の娘の髪を引っ張るだなんて」
「ああ? 髪じゃねえよ、見ろや、どっからどう見たって狼の耳そのものだ、しかもコイツは獣人と人間の間に生まれた歪みの中でも真性の歪みモンだろうがよ!」
「そんなの関係無いッ! 生まれとか、そんなのあなたには何の関係も無いことでしょ!? その娘は痛がっているんだよ! どうしてそれがわからないの!? 早く離して!」
煌々とした宝石のような瞳は相手を強く捉えていた。彼女の集中力が全て目に凝縮していて、放たれる矢のように鋭い視線だった。
さらにその声音は、男のドスの効いた罵声などものともしないような、全てを跳ね返す凛とした身構え方には気品すら感じられた。
ジッパは唖然とした顔で彼女に見とれると同時に、未だ知らないコーラルの一面を垣間見た気がした。
「離してあげて……早くっ! 痛がってる!」
「くっく、威勢のいい女だな、嫌いじゃ無いぜお前」
男は腰に差していた濶剣を引き抜く。
「決めた。てめえを負かして後は好き勝手やらしてもらうとするぜ……安心しろ、肌を傷つけるようなことは絶対にしないでやッ――」
――男は喋りも途中に声にならない声で絶句し、表情を固めたままばたりと地面に倒れ込んだ。
「……あんまり騒ぎにしたらダメだよ、コーラル。今みたいな状況なら尚更。……やるならできる限り一撃で。最初の一発をココにやっちゃえばよかったんだよ、同性としてはちょっと気が重いけど……」
「……ジッパっ……でもっ!」
コーラルは鋭い表情を途端に緩めるとぷくっと頬を膨らませた。
地面に倒れ込んだ男はぴくぴくと蹴られた股間を腫れ物でも触るようにさすり、涙を流しながらジッパを睨み付ける。
「てめっ……な、なに……しやがッ……はっうぅ……」
「ああ、ブーツに特性の鉄板を仕込んでいるんだよ、案外これが万能でね、時に自分の命を助けたりもするもんだから、止められなくてさ。凄い痛かったよね、ゴメンね」
ジッパは男の元に座り込むと、ぺろりと下を出して片手を前にした。
「て、てめえ……」
「でもだいじょうぶ、死にはしないよ、多分。気絶……するかもしれないくらい?」
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