第一話 提案と決意
翌日。
「誠に申し訳ない」
国王陛下が開口一番に言った言葉それでした。
王妃様も頭を抑えています。王家にとって、殿下の発言は予想外のものだったようです。
殿下は今ここにおりません。本来ならば居るべきですが、王家がそれを良しとしなかったようです。
何故なのか、わかりません。
私と家族は彼の不貞行為について問い詰めにきたというのに。
これでは意味がありません。お父様はそのことについても陛下に尋ねます。
「謝罪より先に殿下の行為について私たちは尋ねたいのですが」
「アレはもう話にならん。女のことしか考えていない。王太子の資格もない」
陛下の言葉に少し驚きました。
殿下のことをてっきり庇っているからこそこの場に居ないと考えていたのです。
ですが実際は、居ても意味がないからという理由だったとは。
それに王太子の資格がないと陛下は仰った。もしかして、と両親と目線を合わせました。
「契約を破った以上、何も言い訳はすまい。いくら謝ったところで彼奴のしたことは変わらん。だから、王太子と王家の資格を同時に剥奪し、庶民に落とす」
思った通りのことを陛下はやけにはっきりと仰いました。
どんなことが起ころうと覆さない決定という雰囲気を持っていらっしゃいました。
少しだけ殿下のことが可哀想だと思いますが、契約を破ったのですから。
それ相応の罰は下されるべきです。
ちなみに契約というのは王家と婚姻関係になる際、お父様が念の為に王家と交わしたものです。
どちらかが不貞行為をすればそれ相応の罰を下すというのも契約事項に含まれていました。
ですが相手は王家。てっきり息子を庇うものと両親と共に思っていたのです。
まさか陛下がこんなにあっさりと契約を重視し罰を下すとは思ってもいませんでした。
「話はここからだ。第二王子のシャルルをシャーロット嬢は知っているだろうか」
「はい。もちろん存じております」
第一王子であった殿下と違って、氷の王子と言われているだけでなく優秀と噂されているシャルル殿下。
シャルル殿下とは一度お会いしたことがあります。私がまだ幼かった頃の話です。
城にある薔薇園でお会いしました。
碧眼が特徴的なお方だったと記憶しております。
年齢も私とそんなに離れていなかったはずです。
その方の名前を出されて私はどうしたのだろうかと思いました。
「可能ならシャルルと婚約を交わしてくれないだろうか。もちろん、また契約は交わそう」
第一王子に裏切られた直後にこの話をしてくる王家はやはり王家だと私は思いました。
恐らくですが妃教育を終えた淑女が居ないのでしょう。
それに第一王子は王家の身分を剥奪されました。
これは第二王子であるシャルル殿下が王太子になるという事を示唆しています。
私はすぐに承諾することはできませんでした。
また、裏切られたらと思うと。
震えが止まらなくなってしまいます。王家の手前、そのような仕草は決して見せませんが。
「娘に考える時間を下さいまぬか、陛下」
「もちろんだとも。良い返答を期待している」
お父様が私の心情を汲み取ってくださったのかそのように言ってくださいました。
陛下もこのことには温厚に答えてくださり、私は内心胸を撫で下ろしました。
王家との話し合いも済み、私たち家族は馬車で屋敷に戻ることにしました。
「もし嫌なら断っても良いんだぞ」
「お父様。私はよく考えてから答えを出そうと思っております」
馬車の中で両親にありのままの考えを伝えました。
昨日の今日で妃教育を終えているからと言って直様切り替えられるわけがないのです。
人間はそのようにはできておりません。
ずっと第一王子に嫁ぐと思っていたのにも関わらず、次は第二王子に嫁いで欲しいと言われても。
女心はそこまで簡単にできていないのです。
「無理だけはしちゃダメよ」
お母様がそう優しく私に言ってくださいました。
身分は違えど嫁いだ身。何かしら同じ事を感じるのでしょう。
私はなるべく明るく「はい」と答えました。
これ以上心配をかけたくはなかったのです。ちっぽけな意地でした。
屋敷に戻ると私は自室に篭りました。
昨日と今日で私の心は疲れ果てていたのです。
休息が必要だと感じました。ザリィからは「いつでもお休みになれる準備は整っております」と伝えられました。
それはとても有難い事でした。
私はドレスから寝巻きに着替えると、直様眠気が襲ってきました。
ふかふかのベッドで私は眠りにつきました。
夢を見ました。
第一王子が私にプロポーズした日の夢です。
その日はパーティーでした。
満月が綺麗な日だった事をよく覚えております。
テラスで言われたのです。
「私の生涯の妻となって欲しい」
第一王子は確かに私にそう言いました。
政略結婚で愛のない結婚だとわかっていても、愛されたい。
それは誰しもが思い夢描く事です。
第一王子はその事を叶えてくださった。そう思いました。
あれが愛の言葉だとそう信じていました。だからこそ厳しい妃教育にも耐えられたのです。
ですが待っていたのは裏切り。
隣に立つ女性は私ではなくあの彼女だった。
だからこそ許すことが出来なかったのです。
私は目を覚ましました。
もう涙は出ませんが、虚しい気持ちは消えることはありません。
この気持ちが消える日が来るのでしょうか。
あの冷徹と言われている殿下と結婚して、このような気持ちになる日がまた来るのではないでしょうか。
私は不安で仕方ありませんでした。
ですが一ヶ月後、侯爵家の為にももう一度婚約する事を王家に伝えました。
私の気持ちは二の次にすることにしたのです。
それが私なりの親孝行というものでした。親不孝者にはなりたくなかったのです。