9話
ジョンと戦い、力を示した事で多少は私の見方も変わる。と思いたい。
しかしそれ以上に気になったのはラジエルの言葉だ。
この世界の事をダラダラと考えながら、ただ空転する思考のまま現在。今はラジエルの家でまったりしている。因みにロカの家は隣だったらしい。ラジエルを運んでいた時に分かっていれば、ラジエルの家に彼女を運び込めば、無断でロカの家に入るルール違反を犯さずに済んだのに……。
まぁ、後から確認するとこの村に不法侵入という概念はないらしい。
ルール違反じゃなくて、ホッとした。
一応、ロカに謝罪はしたが……。
異世界に来て当然住む場所などないので、ラジエルの家に居候している。
村の住民をほぼ小さな妖精が締めているので、そんなに家自体の棟数はなく、また家具も非常に質素で毎日キャンプをしているような気分だ。
テーブルに静かにラジエルがお茶を置く。
村の原始的な感じからは信じられないかもしれないが、紅茶だ。そして美味しい。
「貴女は魔法が使えるって言ったわよね? でも確か、人間だけが魔法を使えるって事だった筈……」
私が考え込む様に顎に手を当てると、静かに頷くラジエル。少しの間、眉間に深い皺を刻んでいたが、覚悟を決めるように小さく頷いた後、私を迷いなく真っすぐ見つめた。
「私は……人工的に作られた魔物なのです。だからなのか……理由ははっきりしないのですが、少しだけ魔法が使えます」
言い終わってから私を伺う様に眦を下げる。叱られる事を恐れる子供のようだ。
黙っていた事を怒られると思っているのだろうか?
「へぇー。それはお得だね」
私の言葉に大きく目を開き、パチパチと数回瞬き。
「わたしくしが……その、気持ち悪くありませんか? 自然の理に反し生まれて来た…のに」
「ぜんぜん。私はあまり……とゆうか全然そんな事、気にしないわ」
人工的というのは、この世界特有の魔法で生み出されたとかそんな感じだろうか?
それとも試験官ベイビー的な感じなのだろうか? まぁ、どちらにせよ私にとってはどうでもいい。
たとえ、生まれがどうであろうと今の私と彼女の関係が変わる訳ではない。
同意なく連れてこられた身だが、酷い扱いを受けた事もないし、その償いをしようと必死に私の身の回りの事をしてくれいる。充分である。
というような事を告げると、ラジエルは小さく頭を下げた。
頭を下げているので、表情は見えないが小さな雫が落ちるのが見える。
……私には何か言うべきことはない。ラジエルと知り合ってそんなに長い訳じゃない。そこまで踏み込んで色々言う程、私は彼女を知らない。
よく知りもしないのに、上っ面な言葉をラジエルは期待している訳ではない筈だ。
「失礼しました。それと……ありがとうございます」
いつか、詳しく聞く事もあるだろう。それは彼女が話したくなった時でいい。
「それはこちらのセリフだよ。ジョンとの闘いの時、助けてくれたみたいだしね」
顔を上げた彼女はいつも通りな少しだけ機嫌の悪そうなポーカーフェイスに戻っていた。
「お力になれたのならよかったです」
なんとなくラジエルと目が離せないでいると、外が何やら騒がしい。
仕方なくラジエルを伴って外に出る。
広場にはアイアイやいつか見たスライム、リザードマンが言い争っていた。そして周りに妖精たちが心配そうにしている。その妖精達の中にロカとジョンも交じっている。
「何かあったの?」
私が近づくとロカは困ったように苦笑する。
「人間に対抗出来るようになったから、村に隠れているんじゃなくて、積極的に人間を狩ろうってさ」
ロカ自身は彼らの言い分は理解できるが、現実的には無理だと分かっている、といったところだろうか。
魔物達は私が来た事に気が付いたのか、さっきまで熱気に包まれていた空気も一気に静かになる。今いる魔物達はジョンよりも力の弱い魔物達らしく、私の事を一応認めてくれていた。因みにジョンより強いのはロカらしい。
「流石に無謀だと思いますけど……。でも意見は言って欲しいです。私は暴君になりたい訳ではないので」
しかし魔物達から戸惑いの感情のまま、どうしようかという困惑が感じれる。
どうしたものかと思っていると横にいたラジエルが耳元にそっと呟く。
「幸様は力を示されました。恐らく、幸様のお言葉で人間と戦うという主張は却下されたと考えたのではないでしょうか?」
ジョンとの戦いで力は示せた。しかし、それは力で支配しているにすぎない。ある程度は仕方ないとしてもだ。
いずれは力以外でも認められるようになりたいが、今は仕方ない。
「わかりました。ならスキルで新たにルールを追加します」
スマホを出して、スキル画面を呼び出す。
「いろいろとルールを整備する必要がありますが、今はこれを」
追加したいルールをスマホへと念じる。
『ルールを追加』
画面を魔物達に見せて宣言する。
「どんな魔物でも魔王に意見できる権利。その案を採用するかどうかは熟考する必要がありますが、より良いルールを作る為に意見を言ってください」
私が宣言すると暫くは沈黙が支配する。
「幸様は例えどんな意見を言ったとしても、その者を罰したり虐げたりしません」
ラジエルが一歩前に出て、魔物達を見まわし私の言葉に続いてくれる。すると恐る恐るといった感じで青い半透明の体を持つスライムが進み出てきた。
『なら……さっき言ったように、人間達と戦うべきです。人間達の国に連れていかれた魔物は酷い環境で酷使され、死ねば物のように捨てられると聞きます』
(うわ! 頭に直接って奴だ!)
そっとラジエルが屈んで耳打ちしてくれる。
「スライムは思念で意思を伝えるので……」
それは凄いな……。
確かに言い分は分るんだけど……。人間の国にはどれだけ人数がいるのか分からない。それは無謀以外の何物でもない。
「無理でしょ。この前来た冒険者達も不意打ちで倒したみたいなものだし」
あけっけらかんとロカがいった。ロカ自身は人間に対して怒りがあるようだが、村の戦力を正しく把握してくれているようで助かる。
「私も同感だ。いずれ人間と対立する事もあるだろうが、今ではない」
ジョンが深く頷く。
「わたしくしは幸様の決定に従います」
ラジエルが続くと、スライムも青色の体を振るわさながら、更に大きく体を震わせた。
頷いたとも取れるんだが……。
いや、そう取らせてもらおう。
間違ってたら反応してくれるはず。
「現在の村の戦力では無理だと判断します。ただ今後もそうだとは言いません。不当に私の国民を捉え、働かせているのなら然るべき対応をします」
しかし……大きな問題がある。
私は別に聖人になりたい訳じゃない。ルールを順守する国を作りたいだけなのだ。王となったのは強制的にルールを破る者を従わせる事が出来る存在だからである。だから私は魔王になった。
「その為に、他の魔物達に私の国民になるかどうかを聞く必要があります。それは人間に抵抗する力ともなるでしょう」
スライムも完全に納得したという訳ではないのだろうが、王という立場の私に一先ずは引いたようだ。
そういえば、この広場には村の魔物全員が集まっていた。
「それと……。みなさんに言いたかった事があります。これからは魔物ではなく私の国の国民、人間と同じく文明を持つ対等な存在であると知らしめる為にも魔族と名乗ってください」
人間と対等という言葉に魔物達……いや魔族達は互いを見合わせ、深く頷くのだった。