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2話


 私は自らを魔物だと言った、角の生えた少女に召還されて別の世界に来たらしい。

 更には私が召還された理由は魔物達の王になって欲しいからだと言う。つまり魔王である。

 魔王と言えば武闘派なイメージ強い。


(私、ケンカすらした事ないのだけれど!?)


 基本的に暴力はルール違反だ。許されるのは相手から攻撃されて身を守る時だけ。

 幸い私は、そのような事態に遭遇し、身を守る為に反撃するような機会はなかった。

 髪を1房摘み、よじよじ。

 目の前の角の生えた彼女は服装はどことなくメイドさんぽい。ただエプロンはないから異世界の普段着なのかもしれない。

 赤紫色の瞳は相変わらず鋭く、私を睨んで……いるように感じる。


(どうするべきなのかしら……)


 もしかして、別の世界から召喚された人間は魔法的な強い力でも備えているのだろか? いや、某アメコミのヒーローみたく星の環境が違う関係とかで、特になにもしなくても強い?


(いやいや)


 現状、特別な力みたいな物は感じない。


(そういえば、異世界に行くとスキルなどが特典として使える様になるのはよく見る)


 『王になってほしい』と普通は絶対に聞かない台詞を私にぶつけた少女は、やや私を見下ろしながら未だに何の説明もない。


(せめて、いろいろ説明してよ……)


 一先ず……気になっている事を聞こう。

 これを聞かない事には何も行動出来ない。


「この世界のルール……法律などはどうなっていますか?」


 私の言葉を聞いた彼女は一瞬だけ瞳を大きく開くと、少しだけ眉を下げる。


「人間の国にはあると思いますが……我々、魔物にはそのような物はありません……」


(え゛? ど、どうすれば?)


 衝撃の言葉である。


「じ、じゃ、どうすれば? 私は何を守って行動すればいいの?」


 衝撃すぎてフラフラと彼女に手を伸ばす。

 唐突に空気がなくなったような、地面が無くなったような気がしてくる。


「? 一先ず、私達の集落に来ていただいて、詳しく話しをしようと思います」


 私の手を握り説明してくれる。


(いや、私が聞いた事全然理解してないじゃない!) 


 確かに『魔王に』と言う割りには彼女以外の魔物が見当たらないのは気になっていた。

 他の魔物達は別の場所にいるのか。

 頭を抱え始めた私に彼女は握った手とは逆方向の手で音もなく洗練された動作で『何か』を差し出してくる。


「? なんですか? この石っころは?」


 彼女が差し出したのはその辺に転がっているような何の変哲もないただ石だった。


「これは貴女様を召還する際に使った石です。どんな奇跡でも起こすと言うものだそうです。もう力は残っていないかもしれませんが……」

「はぁ……どうも」


 一応受け取っておくけど……。役に立ちそうもない。貰って直ぐ捨てる訳にもいかないのでスカートのポケットに入れておく。

 そもそもこの世界の魔物とはどんな存在なんだろう。もしかしたら害獣的な扱いかもしれない。

 率先して倒すべき存在だったら?

 私は重大なルール違反者だ。


(魔物側だけから話しを聞くのは危険かも……。何とかこの世界の人間と話せないかしら。幸い彼女は私の言う事を一応、聞いてくれるようだし……)


 適当な理由を付けて彼女に町等に連れて行っても貰おうと口を開きかけた時だった。

 ドアを蹴破る音と共に誰かが入ってくる。


「お、魔物はっけーん」


 外から入って来る光と冷気。

 隣の彼女と共に突然開いたドアに顔を向けた。

 外から入った光で、薄暗かった室内が鮮明に照らし出される。

 そもそもここが室内だった事も今気が付いた。その室内は色々荒れていた。元は豪華であったであろう室内は全ての調度品が壊れ、薄汚れている。

 けれど、何となく見覚えがある。

 と言っても現実の世界でない。幾つもプレイしたゲームの中で、である。

 その内装は実にRPGのお城っぽかった。

 しかし記憶にある豪華絢爛さは過去の物であると主張するように、全体的にくたびれ、朽ちかけていた。


「おい、しかも手配書にあったドロボー魔物じゃん!」

「やりぃー、暫くは遊んで暮せるぜー」


 見るからに頭の悪そうな三人組み。

 教室でのやり取りが思い出されて頭痛が蘇ってくる。

 三人組みはそれぞれ武器を手にしており、見せかけや料理ではない、誰かを傷つける為の刃物の鈍い光が、ここが元の世界とは違うのだと私に伝えているようだった。


(このまま魔物と一緒に居たらどうなる? この世界の決まりはどうなっている?)


「ちょ、めちゃくちゃ美人じゃね?」


 私が考えに夢中になっている間に、近くに三人組みが来ており、顔をこっちに向けて口笛を吹きながら騒ぐ。逆に私の近くにいた彼女はじりじりと後ろに下がり壁際まで後退していた。


「お嬢さん、もう大丈夫ですよ! 俺達が来たからにはもう安心、ってね!」

「ぎゃはは! そうそう。町まで送っていくからよぉー、一杯付き合ってくれよ」


 内心舌打ちする。


(分からない! どうしたらいい!!)


 そんな風に内側の私が大混乱し、動けなくなっていた時だった――。


「ぐ、ぅ!!!」


 私の近くに居た二人とは違い、彼女と対峙する構図だった男が思いっきり彼女の腹部を蹴り飛ばす。


「うぐぅ! げほっ、う、うぇぇ」

「……え?」


 先ほどまで私を鋭い目つきで睨んでいた赤紫色の瞳は涙で塗れ、苦痛で美しい顔が歪んでいる。


「ッ! やめなさい! いくらなんでも!」

「は? 魔物なんだから何やってもいいんだよ」

「そうそう、この地域は人間が住む場所じゃなくて、ダンジョンなんだぜ」


 ダンジョン?

 男の言葉を聞いて、伸ばしかけた手が止まる。

 やっぱりだ。どんなゲームでも魔物は所謂敵キャラ。倒して経験値か、お金稼ぎをする存在。

 そして、この世界はこれが正しい姿なのだと彼らの全く罪悪感のない行動で理解してしまう。


「う!」


 短く呻く彼女。更には薄汚れた床に転がった蹲った顔を蹴り飛ばす。

 鮮やかな鮮血が薄汚れた床に散らばる。


(こんな理不尽な暴力を許すの? でもこの世界の事など何も分からない。ルール違反を犯して助けたって無意味じゃない)


「…………」


 今も殴られ、蹴られる彼女を見る。

 何故、彼女は私に助けを求めないのか?

 彼女と目が合う。痛みでボロボロに歪んだ表情けど言いたい事は分かった。


『黙って、やり過ごせ』


 彼女は私に仕えると言った。

 対して私は協力するとは言ったけど、戦う力なんかない。

 ここで魔物に召還された人間だと言ってしまえば何をされるか分からないから。


(だから……)


「お、震えてるの?」

「かわいいー」


 自分の心臓の音がやけに早く聞こえる。

 決まり、ルール。それは守っていれば安全な物だ。

 けれど、彼女は……魔物という存在はこの世界ではルールの外の存在。


「あ…………」


(でもそれはこの世界の人間のルールでは? 魔物達にはルールはないとも言っていた。そしてこの場所は……人の住む場所でないとも)


 それは……天啓だったのかもしれない。

 自然と私は彼らの前へ出て、彼女を庇う様に手を広げる。


「ッ、ダメ、です。わたくしは、ここで捨て置いて。その代わり、ゴホッ、ここをやり過ごして、他の魔物達をッ!」


 小さく、三人組みに聞こえない様、血を吐きながら私に懇願する。


「確か、私が王になれば従う、だったわね?」


 まだ人間だと思われている私が前に出て来たお陰で三人組が怪訝な顔で動きを止めている。


「ゴホッ、ゴホッ、えぇ」


 血に汚れてはいたけど……その美しさは全く変わる事はない。そして弱弱しくではあるけれど、はっきりと了承の意が聞こえる。


「ふふっ、そう」


 あぁ、なんで気が付かなかったのか……。

 いつも憤っていた。

 イライラしていたものが。

 そんな内側にある感情がスッと晴れる気がした。


「ふふふふっ、なんで気が付かなかったのかしら? そう、そう、そうよ!!! 今までは、今までは出来なかった! けれど、これからは違う。疑問に思う決まりがあるのなら作ればいい! 守らない者には守らせればいい! 私が! 私が王になる!!! 全ての魔物よ! 私の決まりに従いなさい」


 ゆっくりと彼女に振り向く。


「貴女の王の名を聞きなさい。 私の名は扶桑 幸。この世界の魔物を統べる魔王!」


 上半身を痛そうに起き上がらせた彼女は涙で濡れた瞳で私を見上げていた。

 その瞳に浮かぶ感情がなんなのか私には分からない。

 でも決意した。

 今日から、この世界で魔王をやるということ。

 だから再び三人組に向き直る。


「マジかぁ、魔物の王様?」

「ヤバイ女じゃね?」

「イッてんぜ」


 小馬鹿にした表情でヘラヘラ笑う三人組み。


(どうしよう……)


 うん。今私は人生で一番楽しいし、わくわくしている。だってこれからは私が決まりを作り、守らせる事が出来る。

 しかし現状をどうにかできるかと言えばノーである。


(まぁ、いい一先ずは……)


「我が国民たる魔族に理由もなく危害を加える事を禁止する!」


(ぁぁああ! いい! 自分で決めたルールを自分で守れる! 最高!)


 自分でも経験した事のないテンションに突入している自覚がある。

 そしてポケットで突然、アラームが鳴り響く。

 と同時に『認証』と言う平坦な機械音声が小さく耳に届いた。

 ポケットに手を入れると、スマホの待ち受けが何故か石になっており、一緒に入れていた『願いを叶える石』がなくなっていた。

 画面の通知にはルール認証と表示されている。


(あぁ、なるほど。異世界に来た人はこんな感じなのかな?)


 このスマホ……いや、私の能力を理解する。これはその通知などを伝える為の道具になったのだ。

 表情が顔に出にくい私でも今は満面の笑みだと分かる。


「あ゛? 何笑ってんだよ? せっかく助けてやろうと思ったのによ、訳わかんねぇ事言い出しやがって」

「ま、いいじゃん助けた後、料金たんまり払ってもらうんだしー」

「つか、だりぃよ。どうせダンジョンなんだ。クソ魔物は殺して、頭のおかしい女は身ぐるみ剥がしたってわかりゃしないって」


 最後の男の言葉にいやらしい笑みと共に3人は頷き、それぞれ武器を構えだす。

 私は余裕の薄ら笑いを浮かべていると思う。

 だって私は定めたのだから。

 じりじりと距離を詰めてくる。


『一度目 警告』


 ポケットに仕舞ったスマホから今度は部屋全体に聞こえる様に機械音声が響く。


「んだよ?」


 先ほどの無駄に媚びた声ではなく、無意味にドスを聞かせた声で男の1人が動きを止めるが……何も起きないと判断したのか再び3人で距離を詰め始める。


「逃げてください!!」


 後ろで悲痛な声が聞こえる。自分自身の痛みもあるでしょうに。

 そして、遂に踏み込んだら切り込める距離まで接近してくる。

 男共は後の事でも妄想しているのか、更にいやらしい笑みを深める。

 だけど、笑顔なのは私も一緒だ。

 こんなに普通に笑えるのはいつ以来か。


『警告無視と判断。罰則を実行しますか?』


 再び機械音声。

 男達に私は満面の笑みで微笑む。

 私の笑みに不自然さを感じたのか動きを止めるものの、その行動には躊躇いが見える。

 まぁ、そんな警戒はもう無意味だが。


「な、なんだ!? 体が動かねぇ!」

「俺もだ!!」


 三人組みが動きを止めて動けなくなる。

 私が課したルールへの違反。


「ルールを破ったわね? なら次は罰則なのは当然だわ」


 両腕を広げる。

 ポケットのスマホが一瞬だけ放つ。


『罰則実行開始』


 目の前に裁判長が使う様なハンマーが浮いていた。実際は日本では使われないというが……。

 そして本来片手で使うハンマーとは比べ物にならない程持ちてが長いと言う事。それに合わせてハンマー本体もそこそこ大きい。

 このハンマーこそ私の能力の一端。 

 魔王として威厳が出ますようにと祈りながら、セーラーのスカートを翻しながら手を前に突き出す。


「執行しなさい!」


 浮いていたハンマーは勢い良く一人目、彼女に暴行を加えていた男に接近する横なぎにぶっ飛ばす。男は短い悲鳴と共に壁にめり込み動かなくなる。


「ひぃ、なんだ!?」


 冒険者ぽい感じなだけあって荒事に慣れているのだろうが、動けないと言う状況に焦った顔がはっきりと浮かぶ。


「ごっッ」


 変な声と共に2人目。泡を吹いて1人目の上に積み重なる。


「んだぁごらぁぁぁ!?」


 仲間2人が一瞬で倒れ、錯乱したかのように3人目。

 ハンマーは3人目をフルスイングで綺麗に飛ばす。

 飛んだ先は残り2人が倒れている場所。

 3人目がぶつかり、一緒くたになってドアの外に吹っ飛んでいった。


『執行完了』


 短い通知が終わるとハンマーは蜃気楼の様に消えて行った。


「その力……」


 ポカーンと男が飛んで行った方を眺める彼女に振り向き、支える。


「もう大丈夫。ごめんなさい。協力するって言ったのに助けるのが遅くて……」


 ボロボロの顔を見て申し訳なく思う。

 前髪を退けてやりながら傷に触れる。


「っう……。問題ありません……。我が王よ」


 痛そうにしながらも、微笑む。

 あ、初めての睨む以外の表情。


(やっぱり、元々美人だから破壊力が凄いわ)


「幸様。わたくし、ラジエルの永遠の忠誠を。そして助けてくださってありがとうございます」


 私から少しだけ離れて片膝を付く。


(あぁ、そういえば名前を聞いてなかったわ)


「えぇ。これからよろしくラジエル」


 全身傷だらけの彼女をお姫様だっこで抱きかかえる。


「幸様、大丈夫です。1人で歩けます!」

「まぁまぁ。一先ず……貴女の治療ね」


(あ、そういえば)


 彼女の目を見つめる。


「貴方達は今後、魔族と名乗りなさい」


 こうして私はこの世界で魔王としてやっていくことの覚悟を決めるのだった。



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