輪廻に囚われた勇者
「はぁ……どうして……こんなに……」
溢れ出る涙と、右腕の出血。
痛みが全身に滲み、体は限界を越えている。
今込み上げてくるのは、絶望と恐怖の感情だけだ。
俺がもっと上手く戦えていれば。
俺がもっと賢い指示を出せば。
俺がもっと強ければ。
負けなかったはずなんだ。
勝てたはずなんだ。
なにもできなかったことに、後悔だけが募る。
立ち向かう勇気は沢山あって、正義に燃える心があって、仲間はどんどん増えて、強い魔物もたくさん倒した。
大勢の人間から称賛されて、勇者だと呼ばれ褒めそやされた。
目の前には、数百本と連なる触手の生えた化け物がいる。
負けたんだ、こいつに。
化け物の傍らには、俺の右手が無惨にも転がっている。
その横には、俺の妹の姿もあった。
血の気の失くなった青白い妹が。
化け物は俺の惨めな姿を見下ろすと、静かに触手を構えた。
「俺は……こんなところで……諦めない」
自分の言葉で自分を鼓舞する。
本当は、勝てるなんて思ってないんだ。
盾を、袖の布を引きちぎって、腕にくくりつけた。
俺の右手はもうない。
だから、盾を使うにはこうするしかないのだ。
混濁した、曖昧で不明瞭になっている意識を、必死に、ただ必死に保とうとする。
そして、周りの仲間たちの屍をまさぐる。
俺の左手に、戦うための武器はもうないのだ。
仲間の死体から、残った武器を探すしかない。
孤児だった魔法使い。
故郷を守れなかった剣士。
枯れた森を一人で守っていた狩人。
家族に裏切られた僧侶。
そして、俺の妹。
共に冒険をしてきた大切な仲間の亡骸を、今はゴミの山を漁るようにしている。
「どこだよ……。なんでないんだよ……」
けれども、探せど探せど、武器はない。
武器どころか、あたりにはなにもなくなっていた。
さっきまであった斧も杖も魔導書も。
妹の死体も、俺の手首もない。
そこでやっと気づく。
痛みはなかった。
気づく間もないことだった。
俺は、既に死んでいるのだ。
死体をまさぐっている間にあっけなく殺されたのか。
一矢報いることさえ叶わず、背中を向けている間に。
最後の抵抗させて貰えずに。
今回もまたダメだったのか。
何度も、仲間を集めて、強い魔物を倒して、俺が強くなって、名を上げて……。
そして、あの化け物に出会って殺される。
何度も何度も、毎回違う人生を送って、毎回違う仲間ができて、その仲間たちが毎回違う死に方をする。
2098回の人生を送った。
ただあいつを倒すための人生を。
あの有名な偉人も、聡明な冒険家も、伝説と共に語り継がれる聖人も、人類の危機を救った英雄も……全て俺だ。
その全てで、俺はあいつを倒せなかった。
神様、俺の勇者ごっこはいつ終わるんですか。
いつになったら、この地獄にも思える輪廻転生は終わるんですか。
輪廻の輪という檻に囚われ、転生は続く。
こうして、俺の2098回目の転生は、失敗に終わり、2099回目の転生が始まった。




