a rhapsody for her who is nowhere
「はぁ、なるほど。
エレノア様は元々は政略結婚的かつ偽装結婚でこちらにこられたけれど、すったもんだの挙げ句、やっぱりゼノ様とめでたくご結婚された、という夢を見られたとおっしゃるわけですね」
「かなり大雑把だけど、まあ、そんな感じの夢を見た気がするの」
エレオノーラに髪をすかれがらエレノアは曖昧に答えた。
「なんだか妙に長くて、細部が生々しくて現実感のある夢だった気がする。本当に夢?って感じなのだけど、それもなんかどんどんぼんやりしていくのよねぇ。なんだかその事を考えると頭も重くなるし……」
「夢なんて大概そんなものじゃないですか?
でも、なんですね。
ゼノ様との初対面が家令と偽った姿だったとか、最初は仲が悪かったとか、良い感じに屈折していて可愛らしいです」
「なによぅ~。バカにして」
「いえいえ、バカにしているわけではありません。
ゼノ様とエレノア様は仲がおよろしいから。喧嘩などしたことないでしょう。多分、そういうのにエレノア様が憧れをもっておられるのですよ。
ほら、道ならぬ恋とか障害のある恋を成就させるとか、ある意味、女の夢じゃないですか。だからそんな夢をみられたんですよ」
「いや、いや、いや。そんな喧嘩しないなんてことないから。結構いつもやってるから」
「まさか。エレノア様付きのメイドになって5年になりますが、私、ゼノ様とエレノア様が喧嘩しているのを見たことないですよ」
「あら、もう5年になる?
確かわたしとゼノが正式に婚約した時だから……ああ、そうかぁ。もうそんなになるのね。
まあ、それはそれとして、喧嘩ぐらいするわ」
「そうですかぁ~?
ちなみに痴話喧嘩はノーカンですから」
「喧嘩と痴話喧嘩の違いってなによ?」
「喧嘩は回りの人が聞いていると嫌ぁな気分になって居たたまれないやつで、痴話喧嘩は回りの人が聞いていると恥ずかしくなって居たたまれなくなるやつです」
「なによおぅ、結局どっちも居たたまれなくなってんじゃん……意味分かんないわ。
とにかくどっちもよくやってるって」
エレオノーラはいかにも胡散臭いといいたげな視線を鏡越しにエレノアに向けた。全く信用していない風だ。
「例えばどんなやつです?」
「えっ、例えば……?
う~ん、例えば。逃げるわたしにゼノが眠りの魔法をかけてくるとか……」
「はい? なんですか、それ?
なにをどうすると、ゼノ様が逃げるエレノア様に魔法をかける、なんてシチュエーションが起こるのか想像できませんが……
仮にそんなシチュエーションが起こったとしても、イルシャーリアンのエレノア様に魔法をかけるなんて無駄なことをゼノ様がされるとも思いませんが」
「えっ? う―――ん……確かに」
エレオノーラの指摘にエレノアは思わず腕組みをして唸ってしまった。考え込み過ぎて自然と頭が30度ほど傾く。
「それこそ夢の話ではありませんか?
さっ、終わりましたよ。
エレノア様、料理長とお話をするとおっしゃっていませんでしたか
だとしたら、そろそろ行かないといけないのではありませんか?」
エレオノーラは傾いたエレノアの頭を優しく元に戻すと、言った。
「ああ、そうだった!
もう、こんな時間なのね。
ありがとう、エレオノーラ。この髪、すごく素敵よ」
エレノアは立ち上がると感謝の言葉を残し部屋を後にした。向かうは台所だ。
「ごめんねぇ、ピート。遅くなったわ。
それで頼んでいたものは……、うわぉ!」
怒っているピートを予想しながらキッチンに飛び込んだエレノアは目の前の物に思わずのけ反った。
それは高さ3メートルはあろうかというケーキだった。そのケーキの横には腕組みをして不敵な笑みを浮かべるピートがいた。
「ふふふ、驚きやしたね。
さもありましょう。なんてたって、この長巨大御結婚1周年メモリアルケーキを目の当たりしたら驚かない訳がありやせんって!!」
「いえ、確かに今日は、わたしたちが結婚して1年になる記念日だからゼノがびっくりするケーキを作ってと依頼したけど、こんなでっかいケーキを作るとは……お主、やりおる……」
エレノアは感心しながら長巨大ケーキの置かれたテーブルをぐるぐると回りつつ感心する。
「よく自重で倒れないわね。どうやってるの」
「へへ、実はこいつはアイスケーキなんですよ。ほら、その下に敷いてるの冷気のマギアプレートなんです。それて冷やしているんですよ」
「あら、ほんとだ。えっ? ってことは冷やしてないと……」
「そうそうあっという間に崩れちまいます。それで、実はマギアプレートの魔力が切れてて、もういつ崩れてとおかしくない状態なんでヤス。お菓子だけに」
「ちょ、それヤバイじゃないの?!」
「そうそう、ヤベーんすよ。だからエレノア様、早く来てくんないかなぁ、魔力込めてくれないかなぁとソワソワしてたンですよ」
と、言っている間にケーキの先端がグググッと傾きだす。
「うぁ、そ、それを早く言いなさいって!」
エレノアは慌ててマギアプレートに魔力わ込める。とケーキの傾きが止まる。それを見て2人はほっと胸を撫で下ろした。
「いや、さすが師匠! 頼りになりますぜ」
「頼りになりますぜ! じゃないわよ!!
全くなに考えているんだか……
ところでね……、ゼノが驚くようなでっかいケーキを作ってくれってお願いしたの私だけど……これどうやって中庭に持ってくつもり?」
「はい? どうやってって普通に持って行く予定ですが」
エレノアはケーキの天辺に視線を向け、その視線をキッチンのドアへとゆっくりと移動させる。
ケーキの天辺はドアよりはるかに大きかった。
エレノアの視線を忠実になぞった後、ポールは言った。
「えっ?」
チリン、とドアの呼び鈴が涼やかな音を立て来客を告げる。店主が目を向けると2人の男が入ってくるところだった。
「これはこれはゼノ様。ようこそおいでくださりました」
店主が大仰に両手を広げ満面の笑みで出迎える。その反応も来客の一人がこの地の領主であるマルドゥール伯爵家の次期当主となれば当然だった。
ゼノは笑みを返すと言った。
「いや、こちらこそ無理を言って済まないと思っているよ。
それで、例のものはできたかい?」
「勿論でございますとも。万事抜かりなくお申し付け通りの仕上がりであります。
ゼノ様の御結婚1周年の記念を祝うとなれば我ら職人一同誠心誠意勤めさせていただいております」
「そうか。それはありがたい。では貰って行って良いかな?」
ゼノの問いに店の主人はさらに笑顔のレベルを一つ上げ、早口で言葉を続ける。
「それが……ですね。只今職人達が最後のチェックをしておりまして、なんといっても大切な記念のお品ですから万が一もあってもなりませぬので、申し訳ないのですがもう30分……いえ、15分ほどお待ちいただけますか?
はい、はい、それ以上はかかりませんので、あい済みません。
その間、お茶でも飲んでおくつろぎください」
店の主人は手近のテーブルにゼノたちを案内する。
「ささ、ゼノ様、こちらへ。
そして、お連れの方も……」
主人はゼノの隣にいる男を値踏みをするような目で見つめた。ゼノより拳一つ分ほど背が高く、肩幅もあった。肌は陽に焼けており、一見すると若く見えたが、目尻のシワや髪に混じる白いものから相応の歳だと分かった。おそらくゼノと親子ほどの年齢差があるだろうと主人は思った。
着ている服はゼノと同じぐらい高級で、そして見事に着こなしているところをみると貴族であろうと推察した。
「失礼ですがこちらの御方は?」
「ヴェルデンティーノ伯。私の義父に当たる方だよ」
「おおう、伯爵様であられますか。これはおそれ多いことです。
すぐに準備いたしますゆえ、暫しお待ちください」
主人は頭を下げるとそそくさとその場を立ち去った。去っていく主人を気に止めるでもなくヴェルデンティーノ伯爵は椅子にドカッと腰掛けると言った。
「ところでさっきの話なんだが、マルドゥール家は代々呪われていて、ゼノ君は頭は切れるが醜い姿か、体力はあるが脳筋の大男に交互に変身していたっていうのかい?」
「はい。まあ、そんな夢を見ていた、と言う話なんです……」
ゼノは伯爵の正面に座ると言った。
「なんだい? 歯切れが悪いな。なにか気になることでもあるのか?」
「いえ……そう言うわけではないのです。
ですが、それか本当に夢だったのかよく分からなくて」
「おいおい、それが夢じゃなかったらなんだっていうんだい?
ゼノ君の話だとその呪いは君のひい祖父さんがイルシャーリアンのお姫様を裏切ったせいだって話だろ?
だが、事実は真逆。君のひい祖父さんはイルシャーリアンのお姫様とめでたく結婚しているじゃあないか。そして、それが発端となりイルシャーリアンと俺たちオールディオンの共存共栄の道が開けた。
それに、その夢の話だと、エレノアは君との偽装結婚みたいなことをしているが、それも全然違うよな。性格は似てるみたいだが……あははははっ」
「いえ、まあ、その通りなのですが……」
伯爵は豪快に笑い、ゼノは肩をすぼませて恐縮した。
ゼノとエレノアは13歳の頃に知り合った、いわば幼なじみのような存在だった。それから貴族の婚姻の儀にのっとり5年間の婚約期間を経て1年前に結婚したのだ。それが偽装結婚だとかありえない。のだが、なぜか夢とはいいきれない。とゼノは思った。
そもそも今の考えが夢だとして一体自分はこんな夢をいつ見たかと言うと、それがよく分からないのだ。記憶の混濁というのだろうか、伯爵の言った現実は理解していた、それなのにともすると自分の妄想じみた記憶、記憶の断片のようなものが違和感として湧いてくるのだ。
この感覚をどうやって第三者に説明すれば良いかもどかしく思っていた。あるいはそんなことは不可能と諦めかけてもいた。
「で、その世界では俺はどうだったんだい?」
「えっ? は、伯爵は、たしか……亡くなられていた、と思います」
「はっ! そりゃ良いや。本音が出たな。この俺が邪魔ってことだ」
「いえ、まさか! 伯爵は私の義理の父上であり、人としても尊敬して、感謝もしています。そんな、邪魔だなんて思ったことなど一度だってありません」
慌てるゼノを見て、伯爵は再び大笑いをした。しかし、その目は馬鹿にしている気配は微塵もなく、実の息子を見る父親のような深い愛情を感じさせるものだった。
「冗談だよ。
それに感謝せにゃならんのは俺の方だからな。
エレノアは、文字通り天からの授かり物だ。いろんな曰くがありそうで、それが傷になって大きくなっても貴族としての貰い手がないんじゃないかと案じていたんだ。
それが君も君のご両親であるマルドゥール伯爵御夫妻も全て承知で受け入れてくれた。
この通り、礼を言う」
ヴェルデンティーノ伯爵はテーブルに手を着き、頭を下げた。
「あ、頭を上げてください。伯爵にそんなことをされたら立場がありません」
ゼノは慌てて伯爵の頭を上げさせようとした。そうしながら少し後ろめたさを感じるのだった。
それは、伯爵に語った夢(と思われる)の話の事だ。変な勘繰りをされたくなく秘密ていることが一つあったのだ。
それは、エレノアとは異なる女の記憶がその夢の記憶には随所にちらついていたことだった。
その女の顔は分からない。思い出そうとしても何故か白い膜に覆われてしまうのだ。では名前は、と考えるがそれも思い出せない。そうなると本当に居たのか?と疑問に思いそうなのに、何故か確かに長い時間一緒に過ごしていたと確信めいた思いがあった。
そういう不可思議な矛盾が心のどこかにしこりのように引っ掛かりを作った。しかも、この女との記憶は思い出そうとするとエレノアの記憶へとすり替わってしまうのだった。まるで世界がその女の記憶をなかったようにしているようだった。数日もすればもう思い出すこともできなくなるのではないかとゼノ自身がぼんやりと思っていた。
なんにしても問われても説明できない。
そのため、下手をすれば浮気や変心を疑われるだけと思われた。そんな状況だからこの記憶のことは誰にも言い出せずにいた。
「お待たせしました。
最終確認が完了しました。ご注文の品をお渡しできます。どうぞお確かめください」
主人の再び姿を現したので、揉めていたゼノと伯爵は何事もなかったかのようにすました顔で立ち上がった。
そして主人について店の奥へと入っていった。
「おおう。これはすごいな」
部屋に入るなり、伯爵は感嘆の声を上げた。目の前には黄金色に輝くオブジェが誇らしげに飾られていた。
「シャルシオーネ大聖堂を模した飴細工です。以前、帝都へ観光に行った時、エレノアがとても感激していたので、それを飴細工で再現してみたのです」
ゼノの説明を受けながら、伯爵はシャルシオーネ大聖堂の飴細工を細部にわたって見聞し、唸った。
「いや、これは、これは。
俺も実物を何度か見たことがあるが、この再現度は見事と言わざるを得ないな。いや、心底驚いたよ」
「どうでしょう、これならエレノアも驚いてくれるでしょうか」
いたずらを成功させてニヤニヤが止まらない子どものような表情を浮かべながらゼノが質問をした。
「そりゃ、驚くだろう」
伯爵は即答した。しかし、その後、その顔を曇らせ、「だが」と言った。
「一つ問題があるぞ。これは飴細工なんだろう。
飴細工はとても脆い、かつ、こんな繊細なものを馬車で屋敷まで運んだら壊れてしまうぞ。どうするつもりなんだ」
伯爵の指摘にゼノは不敵な笑みを浮かべながら、一枚の黒い円盤を取り出した。
それを見た伯爵の顔色が変わる。
「そ、それは、もしかして転移のマギアプレートじゃないか」
転移のマギアプレートはその性質上悪用されると大変なことになるため連邦では使用を厳しく制限されていた。
一般では手に入れることは不可能で、連邦の公的機関でも正当性かつ緊急性が認められなくては使用許可が降りないものだった。
「いや、待ちなさい。そんな代物を君はなにに使うつもりなんだ。
まさか、その飴細工を運ぶためだけに転移のマギアプレートを使おうとしてないだろうね」
「勿論使います」
「馬鹿な。そんな極々私的な事に良く許可が降りたな」
ゼノはニヤリと口元を歪ませて見せた。
「マルドゥール家のコネと権力をもってすれば!
マギアプレートを発明した家系は伊達ではありませんよ」
ゼノがプレートをふると、頭上に黒い塊が現れた。
「その笑い顔。数々の修羅場をくぐってきた俺でも少し引くほど悪どいぞ」
「連邦の英雄であるヴェルデンティーノ伯爵にお褒めいただけるとは光栄です」
「……いや、褒めてない。呆れているんだ」
伯爵がそう呟くと、ゼノと伯爵、そして飴細工のシャルシオーネ大聖堂はゲートに吸い込まれた。
薄茶色の空間をエレノアたちは進んでいた。傍らにはピート、そして長巨大アイスケーキがあった。
「ちょ、ちょ、ちょっと、師匠。こりゃやりすぎですぜ。たかがケーキを中庭に運ぶのに転移の魔法を使うとか正気の沙汰じゃねえ!」
ピートは少しパニック気味に叫んだ。
本来、転移の魔法は熟練の術師が何人かで高度な術式を組み、膨大な魔力を注ぎ込むか、何十枚もの書類と審査を経て連邦に許可されたマギアプレートを使うかしない大規模高難度魔法だった。それをこんなことに使うなど非常識も甚だしい。故にピートの反応は実に自然な事だった。
「もう! 元はと言えばあなたがドアの大きさも考えずにむやみやたらに大きなケーキを作るのが悪いんでしょう。
むしろ感謝してほしいわ」
「いや、ま、そうなんですけどね。こんなの非常識にもほどがあるっていってンです」
「良いじゃん。別に。誰にも迷惑かけてないんだから。
ほら、ゲート開くわよ」
エレノアの目の前の空間が歪み、虹色の光を放った。
ゲートが開き、エレノアは現世へと顔を出した。
「へっ?」とエレノアは呟いた。
現世へ出てきたエレノアの目の前の空間に黒い穴が開き、その穴から男の顔が現れたからだ。
「えっ?」とゼノが驚きの声を上げた。
グワガラガッシャーン
長巨大アイスケーキと大聖堂が空中でぶつかった。
「うわっ!」
「きゃ!!」
ゼノとエレノアは叫びながらもつれ合いながら落下した。
その2人に砕けた飴細工と生クリームがどしゃ降りの雨のごとく降り注いだ。
「あいたたた。うひゃ~、ゼノ!
なんなのこれは、なんで空中から現れるのよ!」
「うおおお。それはこっちの台詞だ。エレノア! 君は一体なにをしているんだ!!」
2人は同時に叫んでいた。
「つまり、君は大きく作りすぎてキッチンから外に出せなくなったアイスケーキを中庭に運ぶために転移の魔法を使った訳だ」
腕組みをしたゼノはエレノアに睨みながら言った。
「つまりあなたは、町のお菓子屋さんで作ってもらった飴細工を壊れないように運ぶために転移のマギアプレートを使ったと言うわけね」
腕組みをしてエレノアはゼノを見上げながら言った。
2人は暫く無言で睨みあっていたが同時に切って捨てた。
「馬鹿じゃないの」
「馬鹿なのかね、君は」
エレノアは唇を尖らせるとまくし立て始めた。
「馬鹿とはなによ! 大体、そんな壊れやすいものを町で作るとか、持ってくることもちゃんと考えてやんなさいよ。
職人さん呼んで屋敷で作るとかいろいろやり方があるでしょう」
「いや、それは君を驚かせようとして秘密にしたかったんだ……
屋敷で作ったら秘密にならないじゃないか!
そ、それに、人を馬鹿呼ばわりしているけれど、君こそ、出入口のサイズも考えずにケーキを作るとかおかしいだろう」
「えっ!? いや、そ、それは、なんていうの……あなたを驚かしたくて、目一杯張り切っちゃったっていうか、ま、それが空回りしたのは認めるけど、だけどそれは……つまり、……もう、察してよ!」
エレノアは頬を膨らませて、ぷいっと横を向いた。それを暫く無言で見つめていたゼノであったが、そっとエレノアの鼻の頭についた生クリームを指で拭うとペロリと舐める。
「甘いな。 そして、美味しい」
その言葉に一瞬驚いたように目を見開くエレノアだったが、みるみる頬が赤くなった。
そして、おずおずと手を伸ばすとゼノの髪に引っ掛かっている飴細工の欠片を取り、ぱくりと口にした。
「う~ん、あま~い」
エレノアはうっとりとした表情で呟いた。
少しなにかを考える、葛藤に体をモジモジさせていたが、心を決めたような表情になるとペコリと頭を下げた。
「1年間ありがとうございます。
そして、これからもよろしくお願いいたします」
ゼノはそのエレノアの美しさにゼノは改めて驚かされた。静かに深呼吸をして内心の動揺を押さえる。
「ああ、ああ、こちらこそ。結婚してくれてありがとう。出会ってくれてありがとう。
今私は幸せだ。それはみんな君のお陰だと思う。
これからも末長くお願いする」
2人は熱い視線を絡ませあった。
「愛してる」
「愛してます」
互いにささやくと2人は熱く甘いキスを交わすのだった。
「お前らの幸せの為に犠牲になったやつもいるってのに、とんだバカップルだな、おい!」
ゲイツ・ヴェルデンティーノは大声で叫んだ。
「いや、まあ犠牲と言うと人聞きが悪いな。」
ゼビウス・マルドゥールは苦笑いをする。
「有り体にいえばあんたの爺さんは惚れた女のために仲間を裏切ったってことだろ?」
「そうとも言えるな。当時はイルシャーリアンは倒すべき敵だったから、イルシャーリアンの一族を助けようとしたのは背信行為と断ずることはできる。でも、長い目で見た場合、結局仲間の利益になるのならばそれは裏切りにはならないだろう。
なによりもイルシャーリアンとの共存という当時では誰も考えていない道を切り開いたのだかかね。
それに祖父と祖母の名誉のために言っておくが2人はイルシャーリアン、オールディオン双方の陣営に対して反旗を翻している。なので裏切りではなく革命だよ。
一時の混乱で傷ついた者や責任を取らされて、その後の境遇が大きく変わった者もいる。
しかし、その後のイルシャーリアンとの共存は飛躍的な魔法技術の発展の呼び水になった。
医療魔術の進化だけを見ても何万人もの命を助けている計算になる。それこそが肝要だ」
「いや、俺は別に大伯爵様に難癖をつけようって気はないんだよ。
言いたいのは愛し合ってる男と女っての往々にして自分達しか見えてなくて危なっかしいっていうか、自分達の都合だけで物事を片付けようとすからちょっとイライラするっていいたいだけさ。
だからバカップルなんだ」
吐き捨てるゲイツにゼビウスは肩をすくめた。
「やれやれ、身も蓋もないね。
しかし、それでも君もいずれ結婚して子供を作ることになるんだよ。そうなればバカップルともいってられないだろう?」
「それな! 鬱陶しい話だよ。
正直聞きたくないな。俺は気ままに世界を見て回るだけで十分満足だ」
うんざりとした表情を浮かべるゲイツに対して、ゼビウスは意義ありと言わんばかりに肩眉を上げて見せた。
「しかし、君も爵位を持つ身だからずっと独り身というわけには行かんだろう。跡継ぎを作る義務がある」
「糞喰らえ、だ!」
「そう言うなよ。君の子供が娘なら、うちの息子の嫁に迎えても良いと思っているんだよ」
「息子? 息子いるのか?」
「おいおい、ひどいな生まれた時に1度会わせてるだろ。5年前だよ。ゼノと言う名前だ。覚えてないのか?」
「……そうだっけ。そうだったかもしれないな……
なんにしても子供って、おまえさん。
順番が逆だろ。
まず女作らないと子供なんか作れんよ」
「だからさ。結婚しろって言っている」
「嫌だね。俺はこういう廃墟とか遺跡を見て回って宝探しをするのが性に合ってるんだ」
と言いながらゲイツは洞窟の壁をガンガンと叩いてみせた。そこは現地では黄泉の国に繋がっていると恐れられている洞窟の最深部近くだった。
とりつく島のないゲイツにゼビウスは首を横に振り、この会話を打ち切ることにした。
そして、2人はそのまま洞窟の奥へと歩を進めた。やがて洞窟は行き止まりとなった。
行き止まりは半球形をした少し広い空間になっていた。
それだけで目を引くものはなにもなかった。ただ、なぜか天頂付近が淡い紫色の光を放っていた。
「なあ、あれ、なんで光っているんだ?」
「さあ。なにやら魔法的なものを感じるが……」
ゲイツの問いにゼビウスが答えた。マルドゥール家にはイルシャーリアンの血が流れているため魔力などの感知に長けているのだ。
「強いのか?」
「いや。微妙だ。普通よりは高いが、いわゆる特異点というほどでもない。
地形によっては偶然魔力が溜まりやすいところがあるが、そんな類いだな」
「はぁ、そうか。空振りか。つまらんなぁ。帰るか」
「そうだな。潮時かもな……うん?
ちょっと待て」
ゼビウスは突然眉間にシワを寄せると身構えた。
「なにかおかしい。急に魔力の場が乱れ始めた」
「なんだって? なにが起きているだ」
「分からん。が、天井の辺りの魔力の場がざわざわと騒がしくなってきた。なにかヤバい雰囲気だ」
2人が上を見上げていると天頂辺りの空間が虹色の光を放ち始めた。
「おいおいなんだありゃ?」
「転移のゲートだ。気をつけろなにか転移してくるぞ」
ゼビウスが注意をしたその瞬間、突然水が溢れでできた。
「水?! 水だと?
ど、どうするんだ」
「いや、私に言われても、私もなにが起きているのかさっぱり分からんよ」
「うん? おい、なにか水以外のものが出てきたぞ。お、落ちてきた!」
ゲイツは言うが早いか落ちてくるものに向かって走り出した。
「お、おい、待て! なにか分からんものに不用意に近づくな!」
ゼビウスが慌てて叫んだが時すでに遅く、ゲイツは落ちてきたのものをダイビングキャッチしていた。
オギャ オギャ オギャ
突然洞窟に赤ん坊の声が響き渡った。
「ゲイツ! 大丈夫か? なにが起きた。なんで赤ん坊の声がするんだ?!」
ゼビウスはゲイツのところに駆けよる。
ゲイツが困惑した表情でゼビウスを見返してきた。両手には泣きじゃくる赤ん坊が抱かれていた。
それは確かに裸の赤ん坊だった。女の子のようだ。 なぜだか白い仮面が紐で首にかかっていた。
「赤ん坊が空から落ちてきたぞ。この赤ん坊はなんなんだ?」
「知らん。私に聞くな」
「どうしょうか?」
「どうしょうって、放り出すわけにも行かんだろう。連れて帰るしかないな。
むっ?! その子供、イルシャーリアンだ。しかもハイローズだぞ」
ゼビウスが女の子の右手を指差して言った。指し示す手の甲にはバラのような痣があった。
だがゲイツは女の子を泣き止ませるのに必死でゼビウスの言葉が耳に入っていない様子だった。
「おお、良し良し。泣き止んでくれんか?
ほらほら、べろべろばぁ。
駄目かぁ。こっちも泣きたくなるな。
頼む、泣き止め。えっと、名前、名前、なんてっんだ?
いや、聞いても答えられんよなぁ。
しょうがねぇなぁ。
よし分かった。 エレノアだ。
今日からおまえの名前はエレノアとしよう。
さあ、エレノア、泣き止め、泣き止め」
ゲイツは懸命になだめるがエレノアは火が着いたように泣き続けた。
さすがの豪胆で鳴らすゲイツも泣く子には敵わない。途方にくれた表情でゼビウスの方へ目を向けた。
「参ったなぁ。女作る前に娘ができちまったよ。おまえ責任取ってくれるか?」
2025/03/22 初稿




