Let's end it now
悔しい
裏切り者
あんなに愛していたのに
薄れいく意識の中で声がしました。
夜?、でしょうか。見たこともない林の風景が頭に浮かびます。
闇の中に人がいます。
男のようです。
顔は定かではありません。なにか喋っているようですがなにを言っているのか聞こえません。ただ、胸が熱く、苦しくなりました。
まるでゼノ様の事を思っている時のような感覚です。
ああ、愛しています。あなたの他は何もいらない
そんな声が響きました。
先ほどの悲壮感ある声とは違い、情熱と愛のこもった甘い声でした。
情景が暗転します。
夜空が燃え盛る炎で紅く染まっています。
町が、城塞が燃えているようでした。
微かに、しかし至るところから悲鳴が聞こえてきます。
酷い、なんてこと
ああ、お父様、お母様
みんな、死んだ。殺された
なんで、なんでこんなことに
騙された? 騙した? 助けると言ったのに
裏切り者、裏切り者、裏切り者
悲痛な叫びがぐわんぐわんと雷鳴のように轟きました。
これは、呪器、かつてのイルシャーリアンのお姫様の残留思念なのでしょう。それがわたしの頭の中に流れ込んできているようでした。
目から涙が溢れ出ました。
首を絞められ、苦しいからではありません。彼女の哀しみ、怒りにわたしの心が共鳴したのです。胸が張り裂けそうな苦しみ。裏切られた絶望と自分のせいで一族を殺してしまった罪悪感。
ああ、なんと言う罪悪感でしょう!
自分など生きている資格がない
いえ、むしろ死ぬべきです
このまま、何もせずにいれば良いのです
そうすれば楽になれます
わたしは抵抗するのをやめました。
首を締め付けるミイラの腕から手を放し、ぐったりと横たわりました。
視界が徐々にうす闇がかかったように暗くなります。酸欠で苦しかったのもいつの間にかなくなり、むしろ甘美な恍惚感に代わっていました。
またもや、森の中の情景が現れました。
わたしの目の前には男の人が1人。
その男は微笑みがらなにか語りかけてきます。耳には聞こえませんがそれが甘い愛の言葉なのが全身で理解できました。
これは呪器となったお姫様の過去の記憶なのでしょう。
男の顔は初めて見るのにどこか懐かしい気がしました。お腹の奥底がぽかぽかと暖かくなります。どこかで会ったことがあるのに思い出せません。
どこだったかしら?
どこだったかしら?
どこだったかしら?
ああ、そうだ。ゼノ様だ。この男にはどこかゼノ様の面影があるのです。
ゼ、ノ……様?
はっと目を覚ましました!
危ない。危うく呪器の発散する負の情念に取り込まれるところでした!
わたしはゼノ様の呪いを解くためにここまで来たのです。こんなところで死ぬわけには行かないのです。なんとしてもこの呪器を破壊しなくてはならない。
わたしはじたばたと再びもがき始めました。
傍らに放り出されたバックパックへ手を突っ込み、手当たり次第にマギアプレートを発動させました。
眠り(スリープ)。
呪縛。
弱体化。
どのマギアプレートも呪器に触れたとたん無効化されて発動しませんでした。
視界はさらに暗くなりほとんどなにも見えません。そんな中、当てずっぽうで取り出したマギアプレートを発動しようとした時、そのプレートを取り落としてしまいました。もう手が痺れてプレートを使う力も残っていないようでした。
万事休す
そう思った時です。
頬に風の流れを感じました。風の流れは撫でる感じから触るような強さに、さらに頬を叩くようにと、どんどんと強くなっていきました。
一体何が起こっているのか? と思う間もなく風はゴウゴウと音をたて始めました。
ふわりと体が浮き上がります。
竜巻です。
わたしが最後に取り落とししたのはつむじ風だったようです。
制御を失ったサイクロンの魔法は文字通り竜巻となり、わたしの体を呪器ごと宙に巻き上げたのです。
わたしと呪器は激しい風に翻弄され、ぐるぐると螺旋運動を繰り返します。
と、風の勢いに負け、呪器の手が外れました。あっという間にわたしたちは離れ離れになりました。そのまま、竜巻のテッペンまで巻き上げられると今度は一転、地面に叩きつけられました。
「ぐう」
カエルが潰されたような下品な声が漏れました。左手が激しく痛みます。見ると手首が変な方向に曲がっていました。しかし、そんなことに今は構ってはいられません。
呪いのプリンセスも同じように地面に叩きつけられていましたがこちらはそれほどダメージを受けているように見えませんでした。ゆらゆらと立ち上がると、再びわたしに向かって歩いて来ます。
わたしは地面に散らばっているマギアプレートの中から切断のプレートを急いで探しだしました。さっき使って全く役に立たなかったプレートです。
「ぎぃやぁ」
悲鳴とも雄叫びともつかない声を上げながらプリンセスが飛びかかって来ました。
切断のプレートを発動させます。プリンセスにではなく黒い地面に向かってです。
マギアプレートに削り取られ土塊が迫りくるプリンセスに激突し、その勢いで彼女は数メートル後方へ弾き跳ばされました。
プリンセスに触れた魔法はなんであれ消滅してしまうようでしたが、魔法で動かした物は無効化できないのです。先ほどの竜巻に舞い上げられるのを見て思いついたことでした。
わたしはもう一度切断のプレートをふるい大地をえぐりました。
大地から切り裂かれた岩盤が立ち上がろうとしていたプリンセスに当たり、再び地面に打ち倒しました。
しかし、すぐに立ち上がってきます。
岩石を幾ら当ててもそれで呪いの器を壊すことはできないようです。
それでも、わたしは何度もプレートをふるっては地面をえぐり、即席の礫をプリンセスに当て続けました。プリンセスもその都度立ち上がってきます。まるで効果がないようにみえましたが構いません。なぜならわたしの狙いは石でダメージ与えることではないのすから。
そして、その目的はもうずく達成されようとしていました。
「これで終わりにしましょう」
わたしは静かにプリンセスに語りかけます。そして、マギアプレートをひときわ強く地面に打ちつけました。
プリンセスの立っている地面がバックリと裂け、『ティテュスの大河』へ崩れ落ちていきます。
わたしの狙いは礫をぶつけてプリンセスを『ティテュスの大河』の崖っぷちまで追い込み、追い落とすことだったのです。
「ぎぃあ」
プリンセスは驚きの声を上げました。が、時すでに遅しです。そのままバランスを崩し、まっ逆さまに河へ落下しました。
河に落ちたプリンセスは水面でもがきながら上流に向かい流されていきます。
それはとても奇妙な現象でした。しかし、呪いは常に過去から来る。その言葉を思い出して、納得もしました。大河に落ちた魂は未来に生まれ変わるために下流に流れます。呪いその物である呪器は過去である上流に向かい遡行するのでしょう。
わたしは、プリンセスが過去へ戻り、悲しい過去をやり直せれば良いと心底思いました。
何はともあれ、これで呪器は破壊され、マルドゥーク家にかけられた呪いは解かれたことになりましょう。
わたしはほっと息をつきました。
後は再び転移門を開き、現世に戻れば完了です。
転移門のマギアプレートを取り出し、発動させようとした、正にその時でした。
ヒュルルル
風を切る音と共にわたしの手になにかが絡みつきました。と、同時に鋭い痛みに思わず顔をしかめます。見ると茨のついた蔓草が右腕に絡みついていました。蔓草は『ティテュスの大河』から伸びているようでした。
これは呪器に絡みついていた蔓草!?
そう思った時には蔓草に引っ張られ、わたしの体は宙を舞い、そのまま『ティテュスの大河』へと落下していました。
2025/03/08 初稿




