Cursed Vessel
取りあえず1万歩ほどは歩数を数えました。しかし、呪器とおぼしき物は見付けられませんでした。さらに1万歩を数えましたが結果は同じでした。
この近くにきっとある。なんて言ったのは誰でしょう。ああ、わたしでした。これでは文句の付けようがありません。仕方ないので、これもあれも取りあえずエレノアのせいにしておきましょう。
そして、さらに2万歩ほど歩きました。
この荒涼とした世界で良いことは、どんなに歩いても疲れもしなければ、お腹も空かないことでした。転移空間と同じく時間の概念がないのでしょうか。
なんだか歩数を数えのが馬鹿らしくなりました。数えるのを止めて、ただひたすら、黙々と河に沿って歩き続けました。
それでもやはりなにも見つけることはできず、もしかしたら最初の1歩を間違えたかと思い始めました。
1度元の場所へ戻ろうか、まさにそう思ったその時でした。
全身がぶるりと震えました。
総毛立つとはまさにこのことです。
なにか尋常でない気配を感じました。
周囲を見回してみます。
しかし、やはりなにもありません……いえ、わたしは正面になにか違和感を感じました。
良く目を凝らして見ると、30メートルぐらい先になにかあるのに気がつきました。
黒い大地と同じような漆黒のなにかです。バックの大地の色が保護色になってこんなに近づくまで気づかなかったのです。
わたしははやる気持ちを押さえつつ慎重に近づきました。
この呪いはマルドゥークの直系でなくては発動しないのでマルドゥーク家以外のものには無害の筈ですが、それでもとても強力な呪いでした。そのためどんなことが起こるか予想できないのです。事をなす前にこちらが倒されては意味がありません。そのため、なにが起きても対処できるよう用心するのに越したことはありません。
距離を半分ほど縮めました。
真っ黒で輪郭がはっきりしませんでしたが大きさは人ぐらいのようです。
もう少し近づくと、それが、マリウスが作った呪いの発動源たる猿の子供のミイラと同じものだと分かりました。
ただそれは猿ではなく人、女のミイラでした。
両手両膝をつき、天を見上げて大きく口を開けて叫んでいるように見えます。いえ、歪んだその表情は叫んでいると言うより泣いているのかもしれません。体には刺のある蔓草が巻きつき、締め上げていました。見るからに痛々しい姿でした。
「ああぁ……」
思わず嘆息が漏れます。
この光景は実はある程度予想はしていたのです。
以前、ゼルヴォス様にマルドゥーク家の呪いの由来をお尋ねしたことがありました。
呪いの始まりは、ゼルヴォス様の曾祖父に当たるゼビオ・マルドゥール様です。
その頃はまだオールディオンとイルシャーリアンが激しく大陸の覇権を争っていた時代でした。
ゼビオ様は連邦の尖兵としてイルシャーリアンの有力氏族であるハイローズと戦っていたそうです。ハイローズの都は自然の要害にあり、連邦は苦戦していたと言います。そんな中、ゼビオ様はある女性と出会い、恋に落ちました。その相手こそがハイローズの王家の血筋の王女でした。
ゼビオ様はそのプリンセスのために戦いを平和裏に終わらせようと努力をしていたのですが、仲間にプリンセスとの逢瀬に使っていた抜け道を知られてしまい、それが原因でハイローズの都は連邦の手に落ちたのでした。
それを大変な裏切りも思ったハイローズのプリンセスがマルドゥーク家に呪いをかけたと言うことです。
そして、マリウスから聞いた呪法では生き物を死ぬほどの拷問にかけ、その苦痛、恐怖、怒りのエネルギーで幽界である『ティテュスの大河』と縁を結ぶのです。
恐らくは目の前のミイラは、裏切られたプリンセスその人なのでしょう。己の身を呪いの器と
した彼女の怨みの強さ、嘆きの深さを思うと嘆息しないわけのはいきませんでした。それも悲しい誤解によるものなら尚更です。
彼女は一族を殺された恨みと裏切られた憤怒と後悔に責め苛まれ、こんな異界でたった1人、100年を越える長い年月を過ごしたのです。
少し間違えればわたしも同じような道を歩んでいたかもしれません。そう思うと同情を禁じえませんでした。しかし、その一方でもうこれくらいで良いのでは、と思わずにもいられませんでした。
進むことも戻ることもできず、ただ不幸を巻き散らすなんて無益なことはもう終わりにすべきなのです。
わたしはバックパックの中から炎のマギアプレートを取り出しました。
わたしのこの手で終わりにしましょう。
強い決意でマギアプレートを発動させました。
ゴウ!
巨大な火球がプリンセスのミイラへと放たれました。
しかし、炎はミイラに当たる寸前に急速に萎み、消えてしまいました。
一瞬、なにが起こったのか理解でしませんでした。もう一度、マギアプレートを発動させます。しかし、今度も当たる直前に炎は掻き消えてしまいたした。
これはイルシャーリアンの自動結界のようなものでしょうか?
己を害そうとする悪意ある魔法を霧散させたものと似ています。
さすが、イルシャーリアンの王族のお姫様を元にした呪器です。
今度はバックパックから切断のマギアプレートを取り出しました。気が引けますが、これで細切れにすることにします。
近づき、プレートを発動させ、振り下ろそうとした、その瞬間でした。
「ウキキキキキキ」
突然、呪器のミイラが目を見開き、身の毛もよだつ金切り声を上げました。そして襲いかかってきました。
全くの不意打ちです。わたしはそのまま地面に押し倒されてしまいました。
呪器は生きていているのです。
いえ、正確には半分生きて、半分死んでいる状態でした。半死半生の苦痛だけを感じる状態で永遠に過ごすのです。その苦痛や鬱屈した恨みが呪いにエネルギーを供給すると、マリウスに教えられました。
呪いの町での蠢く猿のミイラに驚かされたではありませんか。それをすっかり忘れていました!
押し倒され、首をぐいぐいと絞められます。振りほどこうにもまるでびくともしません。枯れ木のよう腕なのにその実、鉄の腕のようです。
手に持った切断のマギアプレートをミイラの腕に叩きつけました。しかし、腕を切るどころかプレートは弾かれてあらぬ方向へ跳んでいってしまいました。
魔法は彼女に触れたとたん無効化されてしまうようです。
息がつまります。
頭に血が滞りこめかみがズキズキと痛み始めました。このままではまずいです。なんとかもがいて彼女を振り落とそうとしますが上手く行きませんでした。
視界が薄暗くなり、意識が混濁してきました。
このままここで死ぬの……?
そんな考えが頭を過りました。
2025/03/01 初稿




