A place where the soul returns
どれほど時間が経過したのでしょうか。体感的には何十時間、あるいは何日でしょうか。あまりに長い時間を変化のない環境で過ごしたためさっぱり分からなくなっていました。しかし、現世では1秒たりともすぎていないのです。
その証拠にわたしは喉の乾きも空腹も覚えることはないのでした。
頭がぼうっとなって起きているのか寝ているのかも分からなくなっていました。それこそ、後もう少し遅かったら気が狂うのではと思う、それほど危ういところまできた時、突然目の前の空間が歪みました。
薄茶色一色から灰色、次いで紫色、さらに……、それは異空間から現世へとゲートが開く兆候でした。待ち望んだ変化は起きてしまえばあっという間の出来事でした。
気づくとわたしは見知らぬ場所に立っているのでした。
見上げると空は灰色一色でした。それが空自体の色なのか、それとも雲に覆われているの良く分かりません。いえ、それはわたしの見知っている空なのでしょうか?
のっぺりとして1枚の板のようにも見え、全体がぼんやりと光っていました。
下に目を向けるとそちらの方は黒一色でした。漆黒と言うのですか。光が全く反射しなくてじっと見ているとぽっかり空いた穴に立っているような錯覚に襲われました。触ればさらさらとした感触がありましたがそれも表面だけで、指の第一関節くらいで爪を立てることもできない固さになっていました。
それが今、わたしがいる場所でした。
これだけでこの地が現世ではないと分かります。
わたしは心を落ち着かせるために深く息を吐くと改めて周囲を色見渡しました。
東西南北を定める目印がどこにもなく、途方にくれてしまいます。取りあえず正面と後ろ、そして右手にはなにもありませんでした。ただ真っ黒な平板のような大地が広がっているばかりです。
それに対して左手は少し先で途切れていました。近づいてみると切り立った崖になっています。崖の下には蒼い水面が広がっていました。
これが『ティテュスの大河』なのでしょうか。
感慨深げに眺めていると灰色の空から真ん丸い綿毛のようなものが幾つも幾つも落ちてくるのに気がつきました。
綿毛はふわふわと漂いながら川面へと落ち、ゆっくりと沈んでいきました。
不思議なことに綿毛は『ティテュスの大河』の上にだけ降り落ちるようで、わたしの立っている黒い大地には落ちてくることはありませんでした。
古い言い伝えに人は死ぬと魂になって『ティテュスの大河』に降り注ぐ、と言うのがありました。すると、あの綿毛のようなものは魂なのでしょうか。
大河に落ちた魂は流されながら沈んでいきやがて川底にたどり着くと再び現世に生まれ変わるとも言われています。だとすると、生きてここにたどり着いたわたしが河に落ちるとどうなってしまうのでしょうか……
いえ、今はそんなことを考えて感傷に耽っている場合ではありませんでした。
わたしは呪いの元凶たる呪器を見つけ出さなくてはならないのです。
呪いの縁に従って転移してきたのですから、きっとこの近くに呪器はある筈なのです。
けれども四方を見渡す限りそれらしきものは見当たりませんでした。
少し途方に暮れます。
こうも手懸かりがないとどの方向に向かえば良いかも判断できかねました。
方向としては大きく三つあります。
河から離れる方向、そして、河の右手と左手でした。
どちらに最初の1歩を踏み出すかで運命が大きく変わる気がしました。ここは慎重に見極めねばなりません。
わたしは大河を少し観察してみました。
河に落ちた綿毛たちはゆっくりと沈みながら右手から左手に流れているようでした。すると向かって右手が上流、左手が下流なのでしょう。
わたしは河に沿って上流に向かうことにしました。
『ティテュスの大河』は別名『時の河』とも呼ばれ、悠久に流れる時を象徴していました。
すなわち河の上流は過去、下流は未来へと繋がっているのです。
呪いとは人の怨みつらみがその元凶です。そして、怨みつらみは常に過去からくるのです。だからゼノ様の呪いも大河の上流、つまり過去にある気がしました。
必ずゼノ様の呪いを解いて見せる。
その決意も新たにわたしは1人最初の1歩を踏み出しました。
2025/02/22 初稿




