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The sring of curse

 もう一度深呼吸をすると、エレノアへと視線を戻しました。

 なにも知らずに眠り続けるエレノアの右手の甲に目を向けます。そこにはバラを思わせる紋様が刻まれていました。イルシャーリアンがイルシャーリアンであるための象徴にして、魔法を自在に操るための大切な右手。これさえあればわたしはイルシャーリアンに戻ることができます。そして、ゼノ様の呪いを防ぎ、末長くお側にいることができるのです。

 ああ、なんと甘美なことでしょうか!

 わたしは静かにマギアプレートを持つ手を振り上げました。

 目をつぶり、一呼吸してからマギアプレートを発動させます。

 空気を切り裂くような音。耳には聞こえない、体全体で感じる低周波の振動が寝室を一瞬揺るがせました。

 

 わたしは小さなため息をつきます。

 さいは投げられたのです。

 なんと表現したら良いのでしょうか、やることをやった、という達成感のような、とんでもないことをしてしまったという後悔がない交ぜになった不思議な感情でした。

 しかし、実際にはなにも終わってはいません。むしろこれから始まるのです。


 ふわりと微かな浮遊感。

 わたしの足は床を離れ転移門に吸い込まれていきます。

 彼女の右手を奪ってとって変わる。それはなんとも甘美な誘惑でした。しかし、それは妄想以外のなにものでもありませんでした。そもそもイルシャーリアンの右手を移植して正常に使えるようになる保証はありませんでした。そして、仮に使えるようになれたとして、わたしにエレノアほどの広大な結界を展開できるとはとうてい思えませんでした。


 エレノアへもう一度視線を向けました。

 彼女は少しずつ遠ざかって行きます。いえ、わたしが彼女から遠ざかっているのです。


 彼女はおそらくは王族の血縁なのでしょう。それに比べてわたしは……

 

 異界に引き込まれながらわたしは考えます。

 わたしはきっとただの平民。ならば、とうていゼノ様を呪いから守る役目を勤めることなどできないでしょう。それに、わたしの目論見が成功するとは限らないのです。失敗してもエレノアが居れば最悪ゼノ様を呪いから解放することはできましょう。そのためにもエレノアには五体無事でいてもらわねばならないのです。

 

 全身が異界に飲み込まれ、転移門が徐々にしまっていきます。小さくなった門を通して穏やかなエレノアの寝顔が見えています。わたしは彼女に最後の別れを告げます。

 わたしの愛する人を奪った悪魔のような女。そして、わたしの愛する人を守る天使のような友に。


「後の事は任せます。どうかゼノ様をお幸せにしてください」


 言い終わると同時に転移門が完全に閉まりました。

 後には薄茶色の茫漠とした空間が広がるばかりでした。ですが目を凝らして良くみるとわたしの体から無数の細い糸が四方八方の空間に伸びているのをみることができました。それはわたしと現世を繋ぐえにし、記憶と言い換えても良いでしょう、でした。この記憶をたどり現世へ転移するのが転移魔法の基本原理でした。

 わたしはバックパックの中からマギアプレートを1枚取り出します。

 魔力充填された、いつでも発動可能なものです。

 わたしはそのプレートを作動させると、現世と繋がる記憶の糸を切断しました。1本、2本と、切っていき、ついに全ての糸を切りました。これでわたしと現世との因果は全て消失したことになります。言うなればわたしは現世に戻る術を失ったことになります。

 勿論このまま異界の迷子になるつもりはありません。現世へ帰る術はしっかり用意しています。それでも危険な行為なのは変わりません。そもそもこんなことを試した人間は居ないですから。或いは居ても帰ってこれなかったのかもしれません。それでもこれは『ティテュスの大河』にたどり着くために必要な処置でした。


 さて、無為な考えに時間を割くのもこのくらいしましょう。

 わたしは新たなマギアプレートを取り出すとそれを発動させました。それは呪いを移す依り代のマギアプレートです。本来は誰かにかけられたの呪いを他に移す時に使う使う術式でした。こんなものがあればゼノ様につかえは良いではないかと思うかもしれませんが、生憎マルドゥール家にかけられた呪いにはこの術式は効力がありませんでした。呪いを移すことはできるのですが呪いはすぐに消える上に、元の持ち主にはまた呪いを受けることになりました。これもこの呪いのメカニズムを理解すればなんとなく理解できます。現世ではこの呪いを移す術式は役に立たないのです。

 しかし、この転移空間では話は別です。

 転移空間には現世の時間に関する常識は通用しません。時間の流れと言うものがないのです。故にマルドゥール家の呪いをわたし自身に移したとしてもターゲットが変わることはありませんでした。

 わたしの中にマルドゥーク家の呪いの縁が埋め込まれたことになります。その結果、1本の糸が薄茶色の空間からまっすぐわたしに伸びて来ました。これこそゼノ様たちを長らく苦しめている呪いの因果です。

 そして、この糸の先に『テュテュスの大河』があります。さらに言うならすべての元凶たる呪器があるのです。

 わたしは糸を摘まむとゼノ様の呪いのことを考えました。

 くんっと体が引っ張られる感覚があり、わたしの体はゆっくりと異界の空間を移動し始めました。

 

2025/02/15 初稿

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