Midnight Temptation
ゼノ様の部屋を出て自分の部屋に戻りました。1人になって、これまでのこと、そしてこれからのことを整理する必要があったからです。
マリウスとの話で永年謎であった呪いの大元が『ティテュスの大河』から来る可能性が高いとわかりました。それはマリウスと彼の呪いの関係と同じようにエレノアの自動結界がゼノ様の呪いに働いていることからもこの考えの正しさを裏付けています。
ゼノ様の変身時期の異常なズレもこれで説明できます。つまりエレノアが無意識にゼノ様にかけらた呪いを防いでいたということです。
調べた結果、エレノアの結界の範囲はお屋敷全体に及んでいました。マリウスの結界の範囲が10メートルほどと言っていたのでエレノアの結界の範囲は驚くべきで、ハッキリ言って異常です。おそらくエレノアの血統は……
まあ、それはそれとして、です。とにかくゼノ様の呪いを解く鍵が見つかったのは大いなる前進でした。少なくとも対処法が一つ見つかりました。
ゼノ様の近くにエレノアが居れば良いのです。
なんてお手軽でしょう……
まったく気に入りません!
……、いえ、まあ、わたしが気に入る、入らないはともかくです。残念ながらこの方法では問題の根本的な解決にはなりません。
エレノアが居るうちは良いでしょうがいなくなったらどうなるのでしょう。ゼノ様の子供やその孫は、再び呪いを受けることになるのです。エレノアは所詮暫定、次善の策でしかないのです。
ウフフ……
いえ、小気味良く笑っている場合ではないですね。とにかくです。呪いそのものを解かねばならないのです。
それではその方法は? となるのですが、マリウスに依ればこの手の呪いには呪いの発生源になる依り代が必要とのことでした。
町で見たあの猿のミイラのようなものです。
そのルールに従うならゼノ様、いえ、マルドゥール家に呪いをかける依り代がこの世界のどこかにあるはずで、それを破壊すれば呪いは解けることになります。
となれば、次の課題はその依り代を見つけることになるのですが、これが難問でした。
そもそもマルドゥール家が呪われたのは100年以上前のことです。発端になった場所もこの屋敷から遠くはなれた辺境の地でした。こんな状態で依り代を探すなど雲をつかむような話です。
それに、マリウスの行った術式では依り代を中心にある程度の範囲に対してしか呪いをかけることができません。この方式ではとても世界のどこにいても呪いをかけることはできないのです。
これについて様々な文献に当たってみたところ一つの可能性を見つけました。
それは依り代を現世でないところに置く方法です。
現世でないところ、異界。つまり『ティテュスの大河』です。
全く途方に暮れる話でした。
どうやってそんなところへ行けば良いのでしょう。様々な文献に当たりましたが手がかりはありませんでした。そもそも現在魔法学では『ティテュスの大河』は想像の産物扱いなのです。まともに研究している者などいないのです。
そんな中で、伝説上の魔導師が転移門を使って『ティテュスの大河』へ行ったと言う記述を見つけました。
その時です!
わたしの頭に天啓が閃きました。
呪われたゼノ様と一緒に転移をした時のことを思い出したのです。
あの時は現世との縁を全て失い進退極まった状態でした。永遠に異界に漂い続けるものと覚悟もしましたが奇跡的に現世に戻れたました。
あれも不思議な出来事と思いましたがどうやらあれはエレノアの力によるものと推測しています。丁度エレノアがゼノ様の事を思っていたとのことです。あの規格外の能力なら異界に漂うゼノ様を引き寄せたとしても不思議ではない気がします。
が、今はその話ではありません。
その前にゆっくりでしたがゼノ様を引き寄せる何か未知の力があったのを思い出したのです。
その力とはなにか?
わたしはそれこそがゼノ様にかけられた呪いという縁だったのではないかと考えました。
ならば呪器にたどり着く方法はないわけではありません。
それは技術論……いえ、もはや、やるかやらないかの決断だけの問題でした。
ゼノ様の呪いを解くならばやらないという選択はないのですが、わたしの決意を鈍らせる思いが1つだけありました。
それはとても強い誘惑でわたしの心を揺さぶるのです。それは……
真夜中です。
誰もが眠りについている時刻。
そこはエレノアの寝室でした。
当然のようにエレノアはベッドの中でした。
音といえば微かに聞こえる規則正しいエレノアの呼吸だけです。
わたしは1枚のマギアプレートを握ったまま、エレノアの寝顔を見下ろしていました。
相変わらず整った顔立ちの穏やかな寝顔です。万人が万人、天使の寝顔と評すでしょう。でも
わたしにとっては悪魔の寝顔です。
わたしが欲しくて欲しくて仕方ないものを生まれながらに持っていて、わたしが絶対に手に入れられないものをなんの苦労もなく手中にできる女の顔です。
わたしの中にはある抗し難い考えがありました。
それはイルシャーリアンの右手を手に入れて完全なイルシャーリアンになること。そしてエレノアに代わりゼノ様のお側に永遠に仕えることです。
そのための材料は目の前にあるのです。
エレノアの右手です。
彼女の右手を切断してわたしの手に移植すれば良いのです。そうなればエレノアはその価値を失い、逆にわたしはゼノ様にとって必要不可欠な存在なることでしょう。
ああ、なんと簡単で、甘美な考えでしょうか。切断のマギアプレートを一振りするだけこと足りるのです!
わたしは暫し、エレノアの寝顔を見つめていましたが、ゆっくりと右手を持ち上げました。手にはマギアプレートがありました。
マギアプレートは発動されるのを今か今かと待つように暗闇に淡い光を放つのでした。
2025/02/08 初稿




