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Sadness and decision

 呪いと言うのは非常に多岐に渡る間口の広い魔法です。

 触れた者がたちまち悶死したり、長い年月をかけて徐々に衰弱死させる凶悪なものから呪われた当人すら気付かないたわいのないものまで有害性に非常な差がありました。

 『悪意の風』と呼ばれる呪いがあります。

 掛けられた者が、何かしらの失敗をするのですが決して傷つくことがない、と言うなんだか意味不明な呪いです。

 この呪いを受けた者は、例えば持っていたコップを取り落とし粉微塵にしてしまうとか、歩いていて突然スッ転ぶとかするのですが、割れたコップで怪我をすることはなく、転んでも擦り傷一つ負わないのです。

 他愛ない子供のイタズラのような呪いなのですが、実は魔法理論的には驚くほど複雑で高度な術式を組まないといけないのでした。まあ、その辺の話しはとにかくも、その『悪意の風』を模したマギアプレートをわたしは用意しました。それを持って伯爵家御用達の病院に行きました。そして、遠く目立たないところから『悪意の風』を廊下を歩く看護師に投げてみました。

 スッ転びました。

 怪我はしていないようです。

 効果に満足するとわたしは病院を後にし、次の目的地であるお屋敷に戻りました。裏門から本館の正面にある中庭に向かいます。

 今の時刻ならエレノアがお茶を楽しんでいる筈です。

 

 居ました。


 椅子に腰かけています。丁度タイミング良くお付きのメイドがお茶とケーキを運んでいました。

 そのメイド目掛けて『悪意の風』投げます。本来ならスッ転ぶなり、紅茶をぶちまけるなりする筈です。しかし……、なにも起きませんでした。『悪意の風』は放った瞬間に霧散してしまったのを確認しました。


 イルシャーリアンは呪いや邪気の類いの魔法を自動的に防御する


 わたしはマリウスの言葉を反芻はんすうしました。

 つまり、そう言うことなのでしょう。

 これで謎の一つが解けたことになります。

 わたしは離れへと戻りました。自分の部屋でこの事を少し考えなくてはなりません。


 部屋に戻り、椅子に腰かけ考えます。

 机に置いた『悪意の風』のマギアプレートに目を落としました。プレートに魔力を込めると『悪意の風』を発動させます。しかし、『悪意の風』は放たれたとたんに崩れて消えてしまいました。

 エレノアの結界はこの離れまで効果があるようです。となればおそらくお屋敷全体がほぼ結界内と言うことりなりましょう。

 全くあの女(エレノア)は一体何者だと言うのでしょうか。

 ため息をつきました。

 いささか考えるのに疲れてきました。

 良いでしょう。どんなに都合が悪くても事実は事実として認めなくてはなりません。そして、決断をしなくてはなりませんでした。

 わたしはもう一度ため息をつくと立ち上がり、部屋を出ました。向かう先はゼノ様の部屋でした。

 

 

「なんだ、クラリスか」


 部屋に入るとそんな言葉で出迎えられました。その言葉が今のわたしの立場を象徴しています。


「奥様だと思いましたか?」

「えっ?! なんでそんな事を思うのだ。

そ、それより、何の用だい?」

 

 少し自虐的に答えるとゼノ様は慌てたように言い繕いました。それがまたわたしの心を暗くするのですが多分お気づきにはなられないでしょう。


「少しお話しをしたくなりましたので」


 呼吸を整え、そう言ったもののなかなか次の言葉を発することができませんでした。


「うん? だから、なんの話しだい?」


 ついにじれたようにゼノ様が先を促されました。しかし、お答えする勇気がどうしても出てきませんでした。


「……特になにも……」

「なんだって?

言っている意味が良く分からないな」


 ゼノ様の言葉にわたしの頭に一瞬血が昇りました。


 意味が分からない! 


 そうでしようとも!!


 ゼノ様もエレノアもきっとなにも分かってはいないのです。自分たちの気持ちも、わたしの気持ちも。そして、これからなにが起こるかもです!!


 大声で喚き散らしたくなりました。

 が、それを懸命に押さえ込みます。

 一時の感情に流されてこれからの事を全て台無しにするわけにはいかないのです。それでもどうにも収まりがつかないこともありました。


「わたしが取り留めもない話をしてはいけませんか?」


 それが精一杯の反撃の言葉でした。


「い、いや、そんな事はないが」

「わたしはゼノ様と……」


 ただ、話がしたかっただけです。他愛もない話をしたかっただけです。


 その言葉が喉元まででかかっていましたが、なんとか飲み下しました。そして、顔を上げゼノ様を見つめました。


「ゼノ様はエレノアの事をどう思われているのですか?」


 それでも、これだけはどうしても聞いておきべきと思いました。

 わたしの問いにゼノ様は目を大きく開き、一瞬かたまりました。すこし、唐突過ぎたかもしれません。或いは直接過ぎかも。しかし、これぐらいは許されるべきと思うのです。


「エレノアの事をどう思う……と突然問われてもだね……

そ、そうだな。彼女は良い人だと思うよ。

純粋で誰にでも優しい。ちょっと頑固で思い込みが激しいところもあるけれど、それが概ね良い方向へ周りも含めて向かわせてくれる傾向がある……」


 つまらない答えでした。わたしが聞きたいのはゼノ様の心の内の声なのです。


「わたしが聞いているのはそんな当たり障りのない人物評ではありません。

ゼノ様はエ、エレ……、あの人の事が好きなのではないですか? と聞いています」


 どうしてもエレノアの名前を言うことができませんでした。言ったら敗けだと思えたからです。思いながら、一体なんの敗けだと自分に突っ込みをいれたくもなりました。


「なにを……」


 ゼノ様は口をあんぐりとあけ、なにかを言おうとしていましたが、言葉はでてきませんでした。


「結婚は考えないのですか?

いえ、本当の、本物の結婚の事です」


 更に直接的な物言いをしてみました。


「結婚!?」


 ゼノ様の口から上擦った声が出ました。

 目が部屋の中を当てもなくさ迷います。

 まるで部屋のどこかに答えが書いてあるかのようにです。しかし、やがて落ち着きました。最後にはわたしの方へ視線を向け、静かにおっしゃりました。


「いや、しかし……、それはできない」


 悲しい決意に満ちた声。いえ、諦めの声でしょうか。


御身おんみの呪いのせいですか?」

「そうだ。今の私では彼女の負担にしかならない。そもそも、受け入れられまい」


 呪い。やはり、それが全てなのでしょう。呪いが重くのし掛かりゼノ様を縛りつけているのです。


「……。

呪いがなければどうなのでしょうか?

結婚をお考えになりますか」

「そんな仮定の話をしても仕方あるまい。

呪いを解くことはできないのだから」


 ゼノ様は呪いを解くことを半ば諦めておられるのでしょう。

 しかし、わたしが聞きたいのは呪いが解けた後になにがしたいか。もう答えは分かっているのですが本人の口から聞いておきたいと思うのです。


「そうではなく……」

「そうではないなら一体なんだというのだ!」


 怒声とまではいきませんでしたが少し荒げた声が発せられました。その声に思わず体が震えてしまいました。


「……すまない。こんな話はもう止めよう。

少し一人にしてもらえないか。少々疲れた」


 ゼノ様はすぐにいつもの優しい声に戻られ、謝罪されました。

 こちらこそ謝らなくてはなりません。

 自分の欲望を優先させてゼノ様を追いつめてしまったようです。

 本当は自分の決意を鈍らせないためにお聞きしたかったのですが、これ以上は求めないことにしました。

 わたしは部屋を静かに立ち去りました。

2025/02/01 初稿

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