Prisoner of the tyutyuth
「では、行くことにするが良いかな」
町の中心部、呪いの呪器の置かれている場所へ踏み込む前にマリウスは言いました。
「何故そのようなことを聞くのですか?」
「このままついてきて良いのか?
つまり、俺をそんなに信用して良いのか? と言っている。
この先は呪器の影響で例の呪いの有効範囲内になる。そこへ踏み込めばお前さんは呪いにかかるかもしれないってことだ」
マリウスは皮肉な笑みを浮かべながら言いました。
「あなたの側にいれば呪いを受けないと説明を受けましたが?
あなたが裏切るか、呪いを防ぐのに失敗しなければ問題ないと思っています」
「そのどちらかが起こるとは考えないのかい?」
「この周囲はこちらの兵で囲んでいます。あなたが裏切ってわたしを殺したとしても逃げることはできません。その事はご承知でしょう」
「せめてあんたを殺したい一心かもしれないぞ?」
「それなら今、このタイミングでこんな話しをしないと思います」
「あははは。面白くないお嬢ちゃんだ。
なら、純粋に呪いを防ぐのに失敗するって可能性は? 怖くないのか」
「その時はあなたも呪われるわけですから、全力を尽くすと信じています。それでも失敗するとなればそれは不幸な事故です。仕方ないことです。いささか、あなたが死出の道ずれとなるのは不本意ですが……」
「ますます可愛くないお嬢ちゃんだ。だが、肝は据わっている。
しかし、俺が呪いを解くことを確信しているようじゃないか。
それならば万事俺に任せて、周囲を取り囲んでいる兵隊たちのところで待っていても良くないか?
俺のミスで死んでしまうリスクを負う必要はないんじゃないか?」
確かにマリウスの言う通りでした。しかし、そうは行かない理由がありました。
「わたしはあなたが呪いを解くところをこの目で見なければならないのです」
一部始終を見る必要があるのです。
その解呪の手際の中にゼルヴォス様たちの呪いを解く鍵があるかもしれないからです。それならばその機会を逃すわけにはいきません。それはわたしの死のリスクより優先されることなのです。
少しの間、わたしを探るような眼で見つめていたマリウスですが、やがて肩をすくめて言いました。
「色々と思うところはあるようだな。
まあ、これ以上詮索するのは止めるよ。
だが失敗を心配はする必要はない、とだけ言っておこう。
前に教えられないと言ったと思うが、正直に言うと、俺も呪いを防ぐ方法を具体的に知っているわけじゃないんだ。だから教えたくとも教えられないってのが正しいのさ。
イルシャーリアンは生まれつきこの手の呪いや悪意の魔法、一般に邪気と呼ばれるものに対する防衛結界をもっていて、そういうものを無意識に発動しているのさ。
逆に言うと失敗したくとも失敗できない。
普通のイルシャーリアンならば己の身一つ守るのが精一杯だが、これが貴族とか王族の血縁となると防御エリアがぐっと広がる。
こう見えて俺は貴族の末席に連なるらしいからな俺を中心に10メートルぐらいは安全範囲だ。それよりも離れなければお嬢ちゃんは安全だよ」
言い終えると、マリウスはまた少し居心地の悪い笑みを浮かべました。
わたしは無言で頷くとマリウスについて呪いのエリアへと踏み込みました。
おかげさまで、体の不調はありませんでした。
そのまま、ついていくと、マリウスはやがて一つの家屋に入っていきました。そして、その家の一室の家具を動かします。すると地下への階段が現れました。
かって知ったるなんとやら、でしょうか。少し呆れます。
階段を伝って下に降りると紫峰が土壁でてきた正方形の部屋にたどり着きました。
その真ん中には小さなテーブルが一つ。さらに、そのテーブルの上に縦長な木の箱が置かれていました。
「あれが呪器ですか?」
「ああ、正確にはあの箱の中身が、だ」
「……中には何が入っているのですか?」
「おぞましいものだ」
「見ても良いですか?」
「見ても良いが、見ない方が良いと思う。良いことは何もない。いや、きっと見たことを後悔すると思う。なので、このまま箱ごと焼いてしまう方が良い」
マリウスは心底そう思っているようでした。
しかし、わたしは例え身の危険があろうとも全てを見る覚悟でここまで来たのです。ここで諦める訳にはいきませんでした。
「いえ、見ます!」
わたしは宣言するとテーブルに近づき、箱に手をかけました。
一度深呼吸をして、箱の蓋を開けました。
おそるおそる中を覗くと、焦げ茶いのものが目に入りました。でも、なんだか良く分かりません。
「触っても?」
「良いぞ。害はない」
中のものを取り出しました。思ったより軽かく、かさかさしていました。
「これは……」
言葉になりません。
それはミイラでした。初め赤ん坊のミイラかと思いましたがどうやら猿の子供のミイラのようでした。
ミイラには紐状のものが幾重にも巻き付けられて体躯がねじ曲げられていました。
確かに……確かにおぞましいものでした。見ればいつか悪夢になって出てきそうな代物です。
なるほど、見ない方が良いと言うのももっともだ……
そう思った瞬間でした。猿のミイラが突然目を見開き、わたしを見たのです。
キィ キィ キィー
そして、突然身を捩らせ鳴き始めました。
「ヒッ!?」
反射的に情けない悲鳴を上げて、それを投げ捨てました。ミイラは床に落ちてなお、身を捩らせながら鳴き続けていました。
「な、なんなんですか、これは?!
生きる屍ですか?」
「似ているが違う。
それはティテュスの虜囚。半分生きて半分死するものだ。半身を現世、そして半身をティテュスに置いたもの。ティテュスとこちらを繋ぐ呪器だ。
気が済んだか? もう、燃やすぞ」
マリウスそう言うと右手に火球を現出させると床でのたうつミイラに投げつけました。
ボンッと小さな爆発音と共にミイラは燃えはじめました。ミイラはしばらく甲高い悲鳴を上げ、のたくり、燃え、やがて黒い炭と化しました。
気がつくと、全身にいやな汗が吹き出ているのを感じました。耳の奥底ではあの甲高い鳴き声がしこりのように響いているような感覚がありました。
「……あれのメカニズムと作り方を教えてください」
軽い嘔吐感を飲み込みながらマリウスにお願いしました。
「驚いたね、どうも。 あんなのを見てすぐそんなことを言うかね。
全く呆れたお嬢ちゃんだよ、あんたは。
いいさ、教えてやるよ。
だが、一旦帰るとしよう。そして、少し休もうぜ」
2024/12/21 初稿




