the tyutyuth
男の名前はマリウスと言いました。その名前を聞きだすまでかなり時間が掛かりました。なにせ敵意丸出しでかなり狂暴でしたから。
真夜中のあの時のように、世界全てを壊してしまいそうな怒りと怨みが全身から漏れ出ていました。
一見するととても協力は望めない相手のようでしたが、わたしはすぐに確信しました。マリウスはきっと良き友人になれると。
なぜなら彼はわたしと同じだったからです。
イルシャーリアンであることの自尊心。
イルシャーリアンであったために受けた迫害、そして恐怖。
それらが彼を打ちのめし、歪めてしまっていたのです。
話している内に、適切な尊厳と身の安全と待遇を約束すれば必ず協力してくると確信しました。
なぜならわたしがそうだったからです。
そこで、わたしは自分の身の上を話すことから始めました。
イルシャーリアンであったこと。
虐待され、死にかけ、イルシャーリアンの象徴である右手を失い、イルシャーリアンでなくなったこと。
その後、ゼルヴォス様に助けられことと、今の境遇について話しました。
最初、まるで聞こえないふりをしていたマリウスでしたが次第に耳を傾けだし、やがて質問をするほどになりました。
わたしは町にかけた呪いについてまずその技術と手際を褒めました。
その方法を教えてくれれば身の安全はおろか、それなりの境遇を保証すると約束もしました。
それほどの価値が彼にはあると熱弁しました。おだてではありません。実際心からそう思っていました。
「あれは、『紫のトネリコ』族に伝わる秘術の一つだ」と、マリウスは言いました。
『紫のトネリコ』族とはイルシャーリアンの四大氏族の一つでした。
そして、わたしと彼の決定的な違いはマリウスが一人でなかったことでした。氏族の生き残りとして小さな集団の中で暮らしていたのでした。故にトネリコ族の秘術を口伝で伝えられていたのです。
「つまり、あの呪いは秘術の一つなのですか?」
「そうだ」
「わたしが一番分からないのは呪いの種をどうやって対象者に植えつけたのか、です」
呪いと言うものはその力を対象者に伝播、つまり伝えるためのなんらかの依代が必要でした。エリア設定の呪いの掛け方もありますがそれならばエリアから呪いの対象者へ呪いを伝えるための紐のようなものが繋がることになります。
ゼルヴォス様とわたしが呪いを受けた人々を調べてもそのような物は見つけられませんでした。そんなものがあればすぐに呪いのシステムが分かったし、手立ても思いついたでしょう。
「エリア縛りであるなら、エリア外の者には呪いは影響を与えられません。しかし、あの呪いはエリアの外、つまり、町の外でも効力がありました。となると呪いの紐がエリアから呪いを受けた者に伸びていなければなりません。しかし、そんなものもありませんでした。
一体どうやって呪いの力を伝えていたのですか?」
「対象者の内なる物と繋げたのだ」
「つまりそれは、例えば『家系縛り』と言うことでしょうか?
しかし、それは不可能です!」
思わず叫んでしまいました。
呪いの依代は無形のものでも用をなします。例えばある家系に連なるもの全てに呪いを掛けることもできるのです。そうなるとファミリーネームを受けたもの全てに呪いの力は伝播しました。それは呪いの類型として『言霊縛り』と呼ばれるものでした。
『言霊』を使い対象を言葉で定義するのです。
ですが、今回の場合は町に入った者が人であろうが動物であろうが無差別に呪いの対象になり、外に出ても全く効力が変わらなかったです。
なにをどうやったらそんな『言霊』を定義できるのでしょう。複数の『言霊』を組み合わせるにしても無数の『言霊』と魔力が必要になるのです。だから、そんなことは基本不可能なのです。
「テュテュスの大河だ」
「え?」
唐突に出てきた言葉にわたしは思わず聞き返してしまいました。
『テュテュスの大河』とは『黄泉の大海』に繋がる河の名前で、人は死ぬとその河を流れやがて闇と混沌が混ざりあった海に至り、そこで長い時間漂っていつか新しい命としてまた復活すると言う死と再生のおとぎ話の産物でした。
「テュテュスの大河は実在する」
マリウスはわたしの心を見透かしたように言葉を続けました。
「テュテュスの大河は全ての人、いや、生きとし生けるもの全てと繋がっている。だからその大河の繋がりを通して呪いを伝播させたのだ」
町の中心近くにその術式を編んだ呪器があるとのことでした。
その呪器から一旦テュテュスの大河へ呪いを送り、さらに町に設置した呪いの紋様を踏んだ者に大河の繋がりから呪いを受ける。それが今回の呪いの仕組みと言うことでした。
「ならその呪器を壊せば呪いは効力を失うのですね」
「そうだ。だが呪器に近づこうとすると呪いを受けることになるぞ」
「でも、あなたはその呪いを受けることなく活動できてしました。なにか呪いを無力化する術があるのでしょう?」
「テュテュスの大河との繋がりを制御する秘術がある」
「それを教えてください」
「それは無理だ。と言うか、教えることはできんし、教えたとしても実行不可能だ。テュテュスの大河の繋がりは刻々と形を変えて干渉してくるのだが、それにこちらも対応していかねばならん。風の強い日の雨のようなものだ。風向き合わせて傘の向きを変えてならねばならないがそんな器用なことはイルシャーリアンでなくてはできない。しかも、魔法を操作する右手がなければ対応できない。だから、イルシャーリアンかもしれないがお前さんには俺の真似はできない」
真実ではありましたが、その残酷な言葉にわたしは内心動揺しました。しかし、マリウスはそんなことに気付くことなく話し続けます。
「だが、まあ、心配はいらん。我が身と立場を保証してくれるのならば俺がやろう」
「そう……ですか、分かりました。お願いします」
わたしは曖昧な笑みを浮かべながらそう言うのが精一杯でした。
2024/12/14 初稿




