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 じゃあ直接あなたがやれば良いじゃない、と彼女エレノアは事も無げに言った。


「ダメよ。わたしにはできない」


 できないと言うのは嫌だったがそう言わざるを得ませんでした。


「できないって……

だって、あなた、イルシャーリアンなんでしょ」


 エレノアの言葉がわたしの心を抉ります。仕方なしに理由を説明します。


「複雑に編み上げられた呪詛に合わせてこっちも魔法を練り上げないとダメなのよ。

イルシャーリアンならだれでもできるっていう技術ではないわ。

解呪には、呪詛を読み、それに対抗できる魔方陣を画ける魔導の知識と魔法を編み上げる技能の両方が必要なのよ。だから、熟練の魔導師のいる魔法院へ転移するつもりだった」


 そして、わたしは純正のイルシャーリンではない、そのでき損ないに過ぎないのです。魔法を編み上げる力がないのだ。


「じゃあ、もう一度転移したら?」


 それでも、エレノアは諦めない。そして、またとんでもないことを言ってくる。


「簡単に言わないで!」


 わたしは悲鳴を上げるように叫んだ。転移には膨大な魔力が必要でした。先ほどの転移と今までの解呪で体力はほとんど残っていないのです。それになにより……


「ゼルヴォス様と二人がかりでようやく転移陣が開けたのだから。それでもうまく行かなかったのよ」


 ゼルヴォス様に纏わりついていた呪いの大半は解いたから起こすことは可能かもしれない。そして、もう一度ゲートを開くことも可能かもしれない。しかし、どうだろうか。ゼルヴォス様はかなり衰弱されていると思われた。体力が持つとは思えない。再び異界の虜囚となる公算が高いと思えました。


「それに、転移陣をくぐるだけの体力はゼルヴォス様にはもうないと思う」


 ゼルヴォス様をじっと見る。


 ここまでなの?


 ここまで来て諦めるしかないのか。なにか方法がないのか懸命に考えました。その時です。


「これがイレギュラーな呪詛だって分かるだけの魔導の知識があなたにはあるのね?

なら、あなたが指示して。魔法陣はわたしが作る」


 確かに完全なイルシャーリンの彼女エレノアなら魔法を編み上げる事もできるでしょう。だからやり方さえ解ればイレギュラーの呪詛にも対応できるかもしれません。


「無理よ」


 現実は理屈通りに行かないものです。

 わたしは絞り出すような声で否定しました。


「やってみなければ分からないでしょ」


 それでも、彼女は食い下がってきた。

 相変わらずこちらの苦しみなどなにも知らずに無遠慮に踏み込んでくる図々しい女。


「……無理よ」


 わたしはもう一度否定する。さっきよりも声は小さく、震えていました。


「無理じゃない。やらなければゼルヴォスさんが危ないのでしょう。なら、無理とか無理じゃないとか関係ない。やらなきゃダメなことはやらなきゃダメなのよ」


 何故この女はこうまでしつこいのだろう。ゼルヴォス様が実はゼノ様だと知っているならいざ知らず、エレノアにとってはゼルヴォス様は初対面の全くの赤の他人なのに何故こんなに必死になるのだろう。


 ああ、そうか


 以前彼女がゼノ様に言った言葉を思いだしました。いわく目の前で溺れている人が見知らぬ人だからと言って助けない理由にはならない。つまり、そうなのでしょう。

 わたしはエレノアを見つめました。もしかしたらこれが初めて彼女を正面から(まともに)見るのかもしれません。

 わたしが持っていないものを全て持っている女。

 いいでしょう。この女に乗せられることにしましょう。どうせなにもしなくても結果は変わらないのですから。


「なにもしなくても結果は同じ。

そうね、いいわ。やってみましょう。

じゃあ、まず、魔法を集めて、糸のように編み上げて。勿論、やれるんでしょうね?」


 エレノアはわたしの問いにはっきり答えることはなく、ただ、行動で示しました。わたしの指示に従って左手で集めた魔法を右手で練り上げていきます。イレギュラーの呪詛の解呪といってもやることは実は単純です。呪詛の形と線対称な形を魔法で練り上げそれを合わせていく地味な作業の繰り返しでしかない。大変なのは呪詛のどこが中心線になるかを見極める目とその形を魔法で正確に再現させる力があればできるのです。

 とは言えそれをなんの設備もないこんなところでやろうと言うのが無謀なのです。

 わたしはエレノアが作る魔法に細かな修正を指示します。それを受けエレノアは懸命に魔法を練り上げ、形を整えます。ここへ来てエレノアのイルシャーリンの能力、魔法や呪いを直接見ることができる能力が役に立ちました。言葉だけで形を理解するのと、直接見ながら形を理解修正するのでは効率が大きく違います。徐々にエレノアの形を整えるペースが上がっていきました。その内、わたしが指示することもなくゼルヴォス様の呪いを見比べるだけで魔法を練り上げことができるようになっていました。

 その代わり、エレノアの負担は大きくなります。彼女の呼吸は明らかに荒くなり、全身から汗が吹き出てきました。


「ちょっと、大丈夫? 汗びっしょりになっている」

「うん、大丈夫」


 と、言いますが絶対に大丈夫ではありません。それでもわたしができることはほとんどありませんでした。


「全然、大丈夫」


 彼女は自分に言い聞かせるかのようにもう一度呟きました。

2024/11/30 初稿

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