A confrontation in midnight
「あちらの方に馬車が用意されております」
下船したのはそれなりに大きな港町でした。
馬車に荷物を積み込み、近場の店で食べ物、飲み物を身繕い、そそくさと出発しました。
馬車に揺られること数時間。わたしたちは一言も口をききませんでした。
不仲なわけではありません。ゼルヴォス様の場合、それが通常なのです。
途中、ハムとパンを差し出すとなにも言わずにそれを受け取り、もぐもぐと食べられました。長年のお側仕えでゼルヴォス様の体内時計は熟知しています。なので、お腹すきましたか? とか なにかお飲みになりますか? 等という会話はわたしたちの間では不要なのです。阿吽の呼吸というやつでしょうか。にわかな女や子供とかにできる仕事ではありませんわ。と、自画自賛、自分に惚れ惚れしてしまいます。
大人しく食事をされるゼルヴォス様を見ながら、わたしも軽く食事をすませました。
「良くおいでくださった」と、その見事なまでに正四角形な顔立ちの男は言った。
砦の司令官とのことだ。物腰は大層丁寧でした。ただ、少し腰が引けているのは分かりました。
まあ、それはそれとしてあえて深掘りすることもなく、ゼルヴォス様とわたしはその後、様々な情報収集を行いました。
呪いの犠牲者たちを確認し、死烏を使って町を調べました。
結果、呪いのメカニズムは依然謎のままでしたが手がかりを掴むことはできました。
そして、今、わたしたちは町の一軒家で息を潜めて待っているのです。
既に日は暮れています。
明かりと言えば窓から射し込む月明かりだけです。隣におられるはずのゼルヴォス様のお姿すらはっきりと見定めることができない暗さでした。
待ち始めてもう数時間になるでしょう。その間、わたしたちは一言も話すこと無く待ち続けました。
天頂で耀く月に雲がかかり、夜の闇が一際濃くなった時、町の暗闇から一つの影が分離しました。その影はゆらゆらとわたしたちの方へ近づいてきます。
来た!
あれこそが呪いの行使者。わたしたちが探していた敵です。
黒いローブを頭からすっぽり被り、男か女かも分かりませんが、その謎の人物はわたしたちが隠れている家を通りすぎ、町を囲う防壁、昼間にわたしたちが砲撃して大穴が空けた壁、へ向かって歩いていきます。
そこでゼルヴォス様が動きました。
わたしも続こうとしましたがゼルヴォス様に制され、「クラリスは、あやつがなにか仕掛けてきたら対処できるようにして、ここで待機だ」と小声で命じられました。不満ではありましたが無言で従います。いつでも使えるように防御用のマギアプレートを幾つか取り出して息を潜めます。
「また呪いの紋様を刻もうというのかな?」
外に出たゼルヴォス様は低いけれど良く通る声でおっしゃいました。その声に影がびくりと体を震わせ振り返りました。
「なぜ儂らが町に入っているのに無事なのかをお前さんに話す必要はなかろう。
既にこの辺は呪いが効かないエリアになっている。壁に描いた呪いの紋様を砲撃で抉ったからな。
だからそれを直すためにきたのであろう?」
ゼルヴォス様がおっしゃるところでは町を囲う防壁に呪いの紋様が刻まれているとのことでした。そしてそれら紋様を起点にわたしたちを悩ます不可解な呪いが町を覆い尽くしている、とのことです。昼間に壁を砲撃したのは壁に穴を空けるのではなく壁に刻まれた呪いの紋様を破壊する事でした。紋様を破壊する事でこの辺り一帯に呪いの空白地帯が出来上がり、そのお陰でわたしたちは家で敵を待ち構える事が出来たわけです。
「町を調べて分かった。町の南北、つまり、町の南北の門の壁に魔法陣が刻まれていた……」
ゼルヴォス様が説明を続ける間、わたしは行使者を静かに観察していました。特に敵の周囲の魔法の流れを目を凝らして見つめます。
微かに敵の背後の魔力が波打つのが見えました。水面のさざ波のような魔力のうねりはやがて渦巻き、敵の左手に吸い込まれていきます。
来る!
相手が魔法を行使しようとしていると確信します。
わたしは手に持つマギアプレートに魔力を込め始めます。と、それと殆ど同時に敵が右手を挙げました。微かであった魔力の動きが一転、右手を中心にうねうねとのたくり幾何学的な紋様を刻み始めます。それにあわせて墨の濃淡のようだった魔力が色を帯び始めます。
赤色。攻撃魔法です。
敵の頭上に炎の矢が現出しました。矢はゼルヴォス様へと放たれました。それに対してわたしもマギアプレートを解放します。
ゼルヴォス様の正面に氷壁が現れ炎の矢を弾き返しました。
「ゼルヴォス様には触れさせませんよ」
そう言いながらゼルヴォス様をお守りするために横に立ちました。
謎の人物は、対峙する相手が1人から2人になったことに動揺することも、意気を挫かれることもないようでした。問答無用と言わんばかりに両手を上げます。
再び左手に魔力が渦を巻き集まっていきます。それに連動するように右手に赤い帯のようなものが現れます。またも炎系の攻撃魔法のようです。帯は折れ曲がりより複雑に絡み合い、先程とは比べようもない複雑な形を取り始めます。
「やはり、イルシャーリアン!
こんなところで出会えるなぞ思いもしなかったぞ!!
クラリス、捕らえよ! 生かして捕らえるのだ」
ゼルヴォス様がお命じになられました。
承知です。
ゼルヴォス様の呪いを解く鍵を握っているかもしれないのですから。
マギアプレートに魔力を込めます。
プレートから薄紫色のロープのようなものが幾本も現れ、名も知らぬイルシャーリアンへ絡みつきます。
呪縛のマギアプレートです。
魔法の発動準備中であったそいつは抵抗もできずにあっさりと捕らえられてしまいました。
イルシャーリアンの魔法発動時間はとても短いです。ですが、マギアプレートには敵いません。マギアプレートが発明されたためにイルシャーリアンが駆逐された理由も頷けます。
「心配するな。大人しくしてくれれば危害は加えない」
地面に転がった相手にゼルヴォス様は声をかけながら近づいていきます。
「殺してやる!」
かなり甲高い声でしたがどうやら相手は男のようでした。
男はじたばたともがきます。人の力でその拘束具を外すことなどできません。それでもなにかの拍子で右手が拘束から逃れでました。でも、それが限界。全くの無駄な足掻きなのです。と思いましたがゼルヴォス様は慌てて男の手をはたきました。なにか小さな物が男の手から落ち地面に転がりました。なにか持っていたようです。ゼルヴォス様はそれで特に気にもされていないようでしたが、わたしは逆に気になりました。なにか嫌な予感がしました。転がるそれを目で追いかけます。
黒い小さな四角の箱? のようでした。
ひとしきり地面を転がるとやがて止まりました。それっきりなにも起きません。
間の抜けた沈黙。肩透かしだったのでしょうか。これで終わりかと安心しかけた時、箱の上面がひとりでにパカンと開きました。
そして、もうもうと黒い煙のようなものが立ち上ぼり始めたのです。




