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仮面の女現る! です

「今、子供の声が聞こえなかった?」

「う~ん、聞こえたような、聞こえなかったような……」

「いいえ! 確かに聞こえたわ。

わたしはこう見えて地獄耳なんだから」


 声は林の奥、つまり、離れの方から聞こえてきたのだ。

 伯爵の黒い噂の一つ、子供の手足を切り刻むサイコ、が鮮やかに甦ってきた。ミランダやエレオノーラ、エッダにほんわかと囲まれて、すっかり忘れていた。

 だけど、もし、本当にそんな蛮行が行われているのならばなんとしても止めないといけない。

 走り出す。

 木立に分け入るように伸びる一本道を抜けると、突然視界が開けて大きな屋敷が現れた。

 横に長い3階建ての建物。本館と比べても遜色のない豪勢な造りだった。

 屋根に4本の変な形状の煙突が空に向かって伸びていた。ただの煙突ではない。魔法の残滓を排出するための魔法工房特有の煙突だ。なるほど、離れに工房があるってのは本当のことのようだ。

 立ち止まり、改めて離れ全体を見渡して見た。


 なんだろう……なにか……


 懐かしい、という気持ちが沸き起こってきた。

 不思議な話だ。

 この館を見るのは間違いなく初めてのはずなのに前に見たことがあるようか気がしてならなかった。


「どうかされましたか?」


 エッダの声に我にかえった。


「ううん、なんでもないわ」


 まとわりついてくる疑念を払いつつ、耳を澄ます。けれど、子供の声はもう聞こえない。

 なんか、少し自信がなくなってきた。

 

「とにかく行ってみましょう」


 気を取り直して、離れの玄関に行ってみる。


「ごめんくださ~い」


 ドアに鍵は掛かっていなかった。そっと開けて声をかける。

 返事はなかった。


「ごめんくださいな。誰かいませんか~」


 中にはいるとそこは広い空間だった。いわゆるエントランスと呼ばれる空間だ。そのエントランスの正面にドアが一つ。左右の壁のところに2階へ上るための階段が対照(シンメトリー)に設置されている。

 人はいなかった。


「鍵掛かってます」


 エッダが正面のドアを開けようとしたが開かないようだ。


「そう、じゃあ、2階を見てみましょうか」



 そのまま、階段を上がる。

 2階には六つの部屋があった。どの部屋にも鍵は掛かってはいない。いちいち覗いてみるとどの部屋も器具や道具、本で溢れていた。


「変な形のガラス容器や見たこともない道具が一杯にです」


 エッダは興味津々という感じだった。


「どれもこれも魔法と錬金術に関する道具ね。きちんと手入れされている。そういえばこの工房は誰が使っているの?」

「うんと、誰でしょう……?

伯爵様? それか、ゼノ様ですかね」


 なにか手がかりになりそうなものがないかと見てみたが目ぼしいものはなかった。仕方ないので、廊下の突き当たりにある階段で更に3階へと上る。


「うわ! これは、これは……」


 3階はフロワー全体が仕切りのない大きなワンルーム、という造りだった。部屋の四隅に魔法炉が設置されていて、床のいたるところに魔方陣が描かれている。


「四元素専用魔法炉に各種魔方陣……

すごい、なんなのこれ」


 設備だけでいうなら連邦の首都ペントグラフの公営魔法工房なみの豪華さだ。

 そして、部屋の真ん中が一段高くひな壇のようになっていた。


 あのところにあるのは……


 思わず駆け寄り、間近でそれを確認する。


 やっぱり!


「これは噂の星域(せいいき)魔法陣!

初めて実物を見たわ」


 宇宙の力を集め万物を創成できると云われる星域魔法陣。現在魔法錬金術の最先端術式がなんでこんなところにあるのだろう。

 驚いた。いえ、それよりもいかに金持ちの大伯爵家と言えどこんなものを私的に持っている理由が分からない。一体全体こんなもので何を作ろうとしているのだろう?


「これ、すごいものなんですか?」

「すごいものよ。連邦全部を見渡しても片手で数えられるぐらいしかない設備よ。

ほら、魔法陣の上の方、天窓になっているでしょ。あそこに魔導レンズがはめられていて、月や星から降ってくる魔力を魔法陣の中心に集めて魔力を物質に変換するのよ」

「はー、すごいですねー」

「そうよ、理論上、どんなものでも作れるのよ。ただ、とても精密な魔力操作が必要なので使いこなすのがすごく大変なのよ」

「いえ、そうじゃなくて、奥様が魔法にお詳しいので感心したと言っているんです」

「あっ? あー、わたしは全然すごくないから。ちょっと昔に独学でかじった程度。

ま、魔法なんて使えないからね」

「そうなんですか……」


 エッダはあからさまにがっかりした表情を見せた。一般の人からすると魔法が使える人は憧れの対象だったりするからそういう反応も分からなくもない。

 3階もきれいに整理整頓、清掃されていたが人の気配はなかった。

 なんの手がかりもない状態でわたしたちは1階へ戻った。


「やっぱりこのドアの向こうが怪しいわよね」


 1階の鍵の掛かっているドアのノブに手をかけながら口惜しそうにつぶやく。


ガチャリ


 ドアは音を立ててあっさり開いた。


「ありゃ、開いたわよ」

「はー、開きましたね。でも、さっきはびくともしませんでしたよ」

「ほんとぉ~かしら? ま、いいわ」


 そっとドアの隙間から中を覗いてみる。

 廊下の両脇に小部屋のドアが一つ、二つ……五つ。合計10部屋あった。

 手近の一つを開けてみる。


「居間?」


 部屋の真ん中には細長い机と4脚の椅子。壁に戸棚があった。奥は小さな台所になっているようだった。人はいない。

 他の部屋も続けて開けてみた。洗濯場、トイレ、お風呂、物置と呆れるほど生活感溢れる部屋ばかり。一つはベッドが置いてあった。誰かが離れに住んでいるのは間違いなかった。ただ、その人物の姿はない。

 そして、一番奥の部屋を開けるとそこには下へ降りる階段があった。


 階段ですよ、とエッダが囁くように言った。


「うん、階段ね」

「これ降りたら地下行くことになりますよね」

「うん、なるね」

「それ、禁止されてますよね」

「……ここで止めるって普通無いでしょ?」

「あの……私、お祖母ちゃんから青髭ってお話を聞かされたことがありまして……」

「奇遇ね。わたしもその話知ってる」

「そ、そうですか! 良かった、じゃ、じゃあ――」

「下りるわよ」

「……なんでそうなるんですか~」


 階段の最後の段のところに淡い薄緑色の(もや)がかかっていた。


 これ、『清浄』のまじない……いえ、結界ね 


 一瞬、進むか戻るが迷ったが、『清浄』の魔法は人体に有害なものを取り除いてくれる魔法なので気にせず、そのまま突っ切ることにした。

 

 なんでこんなもんがあるのかしら?


 地下も1階と同じように廊下の両脇に部屋が設置される間取りだった。とりあえず手近の部屋を開けてみた。


「おふぉう!?」


 思わず声が出た。

 ハンマー、ノコギリ、ナイフ、巨大ハサミにペンチ。多種多様なサイズと形状のそれらが机一杯に置かれ、また壁を覆い隠さんばかりに吊られている。


「これ、庭作業の道具……ではないわよねぇ」


 エッダはわたしの腰にしがみついてガタガタと震えていた。

 入ってきたドアとは別にドアが一つあった。

 心臓の鼓動が早くなり、息苦しい。

 このまま、踵を返して一目散に逃げ出すべきな気もした。だけど、あのドアの先で行われてる真実を確かめなければわたしは多分一生後悔する予感もあった。そして、偽装であろうがなんであろうがこの屋敷の奥様である今を置いて、それを確かめる機会はない。

 ノブを掴んで初めて自分が震えていることに気がついた。

 奥歯を噛み締めてドアを開け放った。

 静かだった。

 なんの物音もしない。ただ、微かに血の臭いがした。

 部屋の奥半分は天井から吊るされた白い布で覆い隠されている。

 吸い寄せられるようにその布に近づき、そっと捲ってみた。

 台があり、そこには男の子が寝かされていた。


 息してる?


 良く分からない……


 もしかして死んでる?


 大理石のような血の気のない真っ白な肌が暗闇に妖しげな光を放っている。


「お、お、奥様、奥様!」


 エッダが小さな悲鳴を上げて、なにかを指さしている。指しているのは台の傍らに置かれた机のようだ。

 台には腕と足首が無造作に転がっていた!


 これは、これは、これは……


 やはり伯爵が奴隷の子供の手足を切り刻んでいるという噂は本当だったのだ。

 だとするとヤバい。

 これを見たことを知られては危険だ。一刻も早く逃げないと、そう思った時だった!


「そこにいるのは誰ですか?」


 振り向くとついさっき入ってきた道具部屋へのドアのところに女が1人立っていた。

 銀色の髪に真っ白な仮面をかぶっている異相の女。仮面は顔全体を覆い、ただ左目だけが開いている。その穴から覗く青い瞳がこっちをじっと睨み付けていた。

 全身を包み込むようなワンピースと前掛け。どちらも元は白色のはずだが、今は赤黒い染みで汚れていた。そして、手にはこれまた赤い、恐らくは血で染まったノコギリが握られていた。


2022/06/18 初稿

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