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The day of torn

 船や船員の手配。物資の調達にざっと3日ほどかかりました。


「船の準備ができました。すぐにでも出立できます」


 ゼノ様は意外そうな顔をされました。そして、「思ったより早かったな」とおっしゃいました。

 それはそうでしょう。

 普通なら2週間ぐらいかかるものなのです。


「では旅の荷をまとめてくれ」

「もう、そちらも用意できております。御者も馬車を待機中です。後は乗って港に向かうだけです」


 そちらの準備を万端なのです。自分でも分かるぐらいゼノ様への返事が誇らしげです。

 

 ゼノ様、わたし、頑張りました。

 少し胸を張っても良いでしょうか?


 勿論、そんなことを口に出すほど愚かではありません。ただ、心の中で思うだけです。


「そ、そうか。それは仕事が早くて助かる。

ところで屋敷の者や船の調達の時に今回の反乱で我々が窮地に陥っていること。まして、私たちその支援に行くことを漏らしてはいないだろうね」

「はい、勿論です。特に船員は信用第一で人選をしております」

「それは何よりだ。この手の話はどこで秘密が漏れるか分からないからね。

こちらは既に後手に回っているから、これ以上相手に先回りをされると厄介この上ない。

しかし、その話を聞いて安心したよ。

では、出発するとしよう。クラリスは先に馬車へ行ってくれ。私、一度部屋に戻って、小物を取ってくる」

「はい、分かりました」

  

 ゼノ様と一旦別れ、馬車へと向かいました。

 待機している御者へ挨拶をすると中へ入り、座席を念入りにチェックします。ついでに座席の埃も丹念に払いのけました。

 ゼノ様はここにお座りになるとして、わたしはどこへ座りましょうか。

 あれこれ思案を巡らせます。

 とはいえ、馬車には向かい合って4人、多くて6人が座れるぐらいのスペースしかありませんから、選択肢には限りがあります。

 やはり対角線上でしょうか……う~ん、すこし距離が遠い気がします。正

 正直、物足りません。

 かといって面と向き合うのは緊張していしまいますね。

 となると、はっ!? 

 まさか、と、隣り合って座るのでしょうか!

 いえ、それは、それはやはりあまりに親しすぎるかも。想像するだけで顔が熱くなります。

 火照った頬を冷ますようにふるふると顔を振ります。

 それはやはりなしでしょう……いえ、でも……でもですよ!

 港に着くまでに今回の目的地やそれまでの旅程をゼノ様と共有する必要がありますし、そうなるとやはり隣り合って座ったほうがなにかと都合がよいですね!!

 そう!

 それになにより自然ナチュラルではないですか!!

 うん。

 やはり、そう提案いたしましょう。

 はあ、なんだか胸がどきどきしてきました。

 深呼吸をして心臓を落ち着かせると、馬車の外を見ました。ゼノ様の姿はまだ見えません。


 ……


 …… ……


 …… …… ……



 すこし、遅いですね。何をされているのでしょうか。なにかトラブルでもあったのかもしれません。心配になってきたので、監視のペンダントを作動させました。こちらの声を伝えることはできませんが、ゼノ様がいまなにをなされているかはわかるというものです。何か面倒事に巻き込まれているのならすぐにお助けにいかねばなりません。


 

『ああ……』


 ペンダントからくぐもった声が聞こえてきました。ゼノ様のものです。声の調子からなにかトラブルに巻き込まれたようです。案の状です。直ぐにお助けに行かねばです。


『なに? 知らなかった、とは言わせないわよ。ちゃんとわたし、言いましたよね。今日がマールのパーティーでみんなでケーキを食べて祝いましょう、と?』


 続いて女の声がしました。エレノアです。その声を聞いて、わたしは動きを止めました。


『……すみませんが、それには参加できません。急用ができたので』

『ちょっと待って。急用ってなに?

せめてマールに一目会って、励ましの言葉をかけてあげなさいよ』


 なにやらエレノアと揉めているようです。

 マール? 最近ゼノ様が肩入れしていたメイドの1人ですね。それについてなにやらエレノアがゼノ様を非難しているようです。


『だからその用ってなんなのかって聞いてます。聞く迄は放しませんから。

それにケーキだって食べて行ってください。そのぐらいの時間はわたしにもいただきたいものよ。こっちだって一生懸命作ったんですからね。

それとも、そんな時間もないっていうの?』


 なにやらケーキを食べろとか食べないとかで言い争っているみたいです。なにか無性にイライラしてきました。


『残念ながらそう言うことです。

1分、1秒を争う事態なのです』


 そうです。ぐずぐずしていないでそんな女など振り切ってこちらへ来てください、と思いました。しかし、ゼノ様はなかなか振り切れないでいるようです。


 ここはやはり、わたしが行ってお助けすべきなのでしょう


 そう思い、腰を上げた時でした。


『3日ほど前から反乱軍が動き出したのです』


 ペンダントからゼノ様の声がしました。なんと言うことでしょうか、あろうことかゼノ様はエレノアに反乱軍の秘密を話てしまわれたのです。これは信頼の置ける者だけの秘密だった筈です。


 それは、すなわちゼノ様にとってはあの女も信頼の置ける者だと言うことなのでしょうか

 ヘンドリックやアメリアと同じ。そしてわたしと同じだと?


 その事にわたしは雷に打たれたようなショックを覚え硬直してしまいました。

いえ、違います、違います。今、それに気づいた訳ではないのです。

本当はもっとずっと前に気づいていたのです。ゼノ様のエレノアに抱いている感情に。最近、常に感じていた胸騒ぎのような不安感はこれだったのです。それをこの瞬間わたしは自覚したのでした。



 馬車の扉がガチャリと音を立てて開かれました。扉へ目を向けるとゼノ様がおられました。

 いつの間にかわたしは馬車の座席に腰掛けぼうっとしていたようです。


 「すまない。遅くなった」


 とゼノ様は少し決まり悪そうな笑顔で、言われました。


「いえ、大丈夫です」


 ちっとも大丈夫ではないのですが、わたしはそう答えました。何故ってそれ以外の答えを思いつかなかったからです。

 そう、わたしはそんな愚かな女ではないのです。感情的になってきゃんきゃんゼノ様を追い詰めて困らせるような、そんな、そんな……愚かな女ではないのです。


「もう、出発してよろしいですか?」


 わたしは声が震えないにゆっくりと言いました。


「……ああ、出してくれ」


 ゼノ様はほんの一瞬、屋敷の方へ目を向けると言いました。

 幸い、わたしの動揺をゼノ様が気づくことはなかったようです。それともわたしなど眼中にないだけなのかもしれません……いえ、今はその事を考えるのを止めましょう。

 御者へ出立の合図をしました。

 馬車はゆっくりと進み始めます。

 馬車は屋敷を抜け、港への一本道を進んでいきます。

 ゼノ様は無言で馬車の窓から過ぎ去っていく風景を眺めておられました。

 わたしも反対側の窓へ顔を向けました。

 マスクの下の泣き顔を、たとえ気づかれないとしてもゼノ様へ向けるのが嫌だったからです。


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