a gossip girl
「エレノア嬢は現ヴェルデンティーノ伯爵の実の娘ではなく前伯爵の娘だという話だ。前伯爵は現伯爵の実兄だから叔父と姪の関係になるのかな」
エレノアの素性調査を依頼して二日もしないうちにカディス様より連絡がありました。さすがにできる男は仕事が早いです。
そして、その報告に少し驚きつつも納得もしました。なるほど、結婚式に一人で乗り込んでくるわけです。つまり、エレノアは実家では疎まれていた訳なのでしょう。
……少し、ほんのちょっぴりですがその境遇に同情をしました。
「そうですか……それで、母親はどなたなのでしょうか」
父親は由緒正しい帝国の伯爵であれば、それはさすがに純正のオールディオンでしょう。となれば母方の血筋がイルシャーリアンと言うことになります。
「それが良く分からない」
「はっ? 良く分からないとはどういう意味でしょうか?」
「文字通りの意味だよ。母親が誰なのか分からない」
貴族は血統を一番に考える人々です。そんな人々において母親が誰だか分からないなんて、そんな馬鹿な話があるのでしょうか。
「前伯爵は破天荒な傑物だったらしくてな、若い頃に放浪の旅とやらで何年も行方知れずになっていたらしい。で、戻って来た時にはエレノアを連れていたらしい」
わたしの疑問を察してか、カディス様が補足をしてくれました。それは確かに大胆な行いです。あの女の父親にしてかくや、とは思いますが……
「良くそれで伯爵になれましたね」
「それだけ人望があったのだろうな。とは言えやはり血筋の分からないエレノア嬢の事では揉めたようだ。エレノアの母方の素性を明かせとか、正式に結婚して跡取りを作れとかあったようだ。だが、全部頑として拒絶して、ぐだぐだうるさいと、あっさり伯爵の地位を弟に譲った、と言うことだ」
「なにか、ため息しか出てきませんね。しかし、母方の素性が不明となると反乱側の人間と通じている件、怪しくはありませんか」
「まあ、気持ちは分かるが、エレノア嬢がヴェルデンティーノ領に来たのがまだ赤ん坊のころで、それから特に怪しい組織との接触は認められない。反乱者たちとつながっているとは思えないな」
反乱軍のことはひとまずどうでもいいのです、という言葉を飲み込みながら、わたしはエミリアの母親について考えていました。その父親が旅の途中でシャーリアンの女と偶然知り合った可能性についてです。確率は低くてもあり得ない話ではありません。しかし、赤ん坊の時から他との接触を絶っていたとなると少々当てが外れたと言えるでしょう。もしも他のイルシャーリアンとの繋がりがあればゼノ様の呪いを解くヒントを得られるかも、と思っていたのです。しかし、その望みは期待薄のようです。
「そうですか。お手数おかけして申し訳ありませんでした。ありがとうございます」
「ああ、良いってことよ。ところでゼノの様子はどうだい? 今のあいつを見ていると呪いにかかっているとは思えないな」
「そうですね。いたって普通に見えます。しかし、油断してはなりません。呪いはいつも最悪のタイミングで最悪の事をしてくるのですから」
わたしの言葉にカディス様は軽く頷きました。
「そうか。ま、奴に宜しく言っていてくれ」
通信鏡からカディス様の顔が消えました。 わたしは暫くの間、ただの鏡に映る自分の白い仮面を見つめていました。が、そんなことをしていても埒が開きません。こんな姿をゼノ様に見られたらなにか変な勘繰りを受けることでしよう。それはそれで面倒くさいのでエレノアの扱いをどうするかはもう少し考える事にし、その場を後にすることにしました。
さて、そんなことがあってから数日が過ぎた頃です。今度はカディス様から連絡が入りました。
「カディス様、お変わり……」
お変わりなく、と言おうとしたその言葉を飲み込みました。顔色がこの間の時よりずっと白く、やつれて見えたからです。
「なにかあったのですか?」
「ああ、あったんだ。と言うかあったらしいと言うべきか。申し訳ないがすぐにゼノを呼んではもらえないか」
なんだか要領を得ない説明でした。すぐにゼノ様を呼べというのもただ事ではないようです。いやな予感しかしません。
「ゼノ様ですか? それは良いのですが、用向きがよく分かりかねるのですが」
「実は私もよくわかっていないんだよ。ついさっき反乱軍と対峙している前線の一つから連絡があったのだが、要衝の町が一つ陥落したらしい。それでその陥落の仕方が少し特殊でどうも魔法というか呪いによるものらしく、すぐに呪いの専門家をよこしてくれっていう話なんだ。
だからゼノを呼んできてくれ。詳しい話はゼノと一緒にしたい」
どうやら予感は的中のようです。わたしはすぐにゼノ様を呼びに行きました。
「なんだか要領を得ない話だなぁ。呪いの専門家なら、正規軍の中にもたくさんいるだろう?」
カディス様からの報告を聞いたゼノ様は、少し困惑気味の表情で言われました。もっともなお話です。帝国の正規軍ほどの組織なら、解呪師や死霊魔術師もそれなりの人材がそろっているはずです。なにもわざわざゼノ様に声をかける必要もないでしょう。
「もうそっちの人材には当たったらしいのだが、ダメだったようだ。それでもっと呪いや死霊魔術系に詳しい人物を、という要望なんだ。それも大至急だ」
「それで、ゼルヴォスに白羽の矢が立ったっていうわけかい。そりゃ光栄だがね、あいにく私はゼルヴォスではない。今はゼノという何のとりえもない普通の男に成り下がっているんだ」
「それは百も承知だ。実技的には不自由なところもあるだろう、だが、呪いの知識と言う意味では帝国で君の右に出る者はいないと思っている」
「……それは買いかぶりすぎるってもんだ。私は自分にかけられた呪いすら解けないのだよ」
「それはそれ、これはこれだよ。どうも一刻も早く拠点を取り戻さないと戦線が崩壊するかもしれない危機だそうだ。なので現場のほうはかなり焦っている。すぐに人を送れと矢の催促だ」
「そんなに切迫しているのか」
いつの間にやら、カディス様の深刻な表情がゼノ様にも伝染していました。二人は眉をひそめたまま互いに無言でにらみ合いをされていました。
「まあ、どこまでやれるかわからないが力にはなろう。クラリスにも行ってもらう。荒事になった場合、今の自分ではなにもできないからね」
「そりゃ全然かまわない。むしろ願ったりかなったりだ」
突然自分の名前がでてきたのでドキリとしました。しかし、勿論ゼノ様がわたしを望むのであれはどこへでもご一緒する覚悟はございます。
そんな思いを心に秘めながら静かにゼノ様の様子を伺います。ゼノ様はなにか少しお考えのようでしたがやがて決断をされました。
「クラリス、船の手配をしてくれ」
2024/06/15 初稿




