growing ember
思えば初めて出会った時から嫌な予感がしていたのです。
エレノア。一体彼女は何者なのでしょうか。
様々なことにでしゃばり、顔を見せてきます。しかも、それがいちいちゼノ様に絡まってくるのが気に入りません。
ある時、事故で急遽怪我人を病院へ運ばねばならない事がありました。モーリス少年の手術の後、数日が過ぎた時の事です。
ヘンドリックと相談して屋敷中の馬車を扱える者をすべて駆り出す事になりました。病院へ食事を運ぶための御者も一時的にかき集めるほど逼迫していたのです。勿論、病院への食事を遅らせるわけにも行かず、食事は昔取った杵柄とばかりにヘンドリックが運ぶ算段をつけたのです。それで、2人で馬車のところへ行ってみたものの、馬車は忽然と姿を消しておりました。2人して大いに困惑したものです。
それが後で分かったことですが、勝手にエレノアが運んだのです!
その上、病院でモーリス少年のリハビリをしていたゼノ様と再び衝突をしたようでした。
その様子を楽しげにお話しなさるゼノ様を見て、わたしは心がざわつくの感じました。
その後、ひょんな事からゼノ様がメイド達の勉強を見るようになりました。これもゼルヴォス様やゼファード様であった頃を思えば驚天動地な出来事なのですが、そこへも呼ばれもしないのにエレノアがしゃしゃりでてきていつの間にか勉強会に参加しているではありませんか。
その図々しさに呆れます。
そして、断らない……いえ、満更ではない風のゼノ様の態度にもわたしは暗澹たる気持ちになるのでした。
わたしは肌身離さず首にかけているペンダントを見つめました。
それはゼノ様と繋がっている魔法具です。渡された後のゼノ様の言葉が甦ります。
『まあ、あくまでも可能性の話だよ。
だから、そうなるとは限らないからあまり心配しないでくれ。
ただ、皆には気をつけて私を見ていて欲しい。そして、私を止めて欲しい。
特にクラリスには日常的に監視をしてもらいたい』
そうなのです。ゼノ様は幼い頃から育ててこられたヘンドリックやアメリアを差し置き、わたしに自らの監視をお命じになられたのです。つまり、わたしこそがゼノ様の全幅の信頼を勝ち取った唯一無二の存在なのです。
エレノアなどに入り込む余地など微塵も無いのです。
『まあ、善処……、しよう』
ゼノ様の言葉がふと頭に甦りました。
夜の勉強会での言葉です。
その時、ゼノ様の呪いが暴走した時に止めれるようにと渡された監視のペンダントを通して子供たちとゼノ様の会話をわたしは聞いていました。
エレノアと自分は水と油のようなものとおっしゃられた、ついその口で、すぐに『努力はしてみるさ』とも言われたのです。
何故その様なことを申されたのですか?
エレノアとの仲を努力してでも良くする価値があると本当に考えておられる、と言うことなのでしょうか?
価値はあるのでしょう
離れで見たエレノアの顔形を思い出します。豊かな金髪にふっくらとした頬。愛らしい唇。彼女が美しい女性であるのは否定できません。それに引き換え、と壁にかけられ鏡へ視線を向けます。
白い仮面が同じようにこちらを見返していました。この仮面の下には醜く引くつれた火傷を負った顔が隠れています。彼女とは比べようもありません。
わたしはなにを考えているのでしょうか
ゼノ様のお側に立つのに相応しいのはどちらなのか? つまりはそれに尽きるのですが、考えるほどのこともない気もしました。
片や名もなき半人前の醜いイルシャーリアンの娘。片や見目麗しく皆に愛されている貴族令嬢。
そんなの比較のしようがないではありませんか。
いえ、しかし、それを決めるのわたしたちではなくゼノ様なのです。わたしは力なく自分に言い聞かせるのでした。
そして、また数日が過ぎました。
『あっと、ちょっと小腹もすいてくるころ合いですね。では、ちょっくら、夜食の用意をしてきましょう!
えっと、わたし一人で大丈夫だから、みんなは勉学に励んでいてください。
いいですか。一歩も部屋を出ないように、厳命しましたよ。
では、行ってまいります!』
監視のペンダントから澄んだ女の声が聞こえました。エレノアのものです。
彼女は厚かましくも毎夜開かれる子供たちとゼノ様の勉強会に参加するようになっていました。至って普通にです。しかし、冷静に考えれば一体なんの権利があって彼女はゼノ様の邪魔をしているのでしょうか。
苛立ちが募ります。
一言言ってやろうかしら……
突拍子もない思いが頭に浮かびました。
けれど、一度浮かんだその欲求はむくむくと大きく強くなっていき、ついに押さえることができなくなってしまいました。
わたしは部屋を飛び出すとエレノアが居るであろうところ、すなわち台所へ向かって駆け出していきました。
おそらく、あの女は能天気に夜食の準備に勤しんでいるのでしょう。
エレノアの肩を掴んで振り向かせ、驚いているであろう彼女に言ってやるのです。
『ゼノ様の邪魔をするな。
あの方のお側に仕えるのはこのわたしだけだ!』、と。
ようやく台所までやってきました。波打つ心臓をなだめ、少し息を整えます。整えながらそっと扉を開け、中の様子をうかがいました。
そして、見てしまったのです。
あの女が……、あの女が魔法を使っているところをです!




