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suspicion

「馬鹿なことを、そんなあからさまな罠に引っ掛かる訳が……」

「お、奥様、私、どうしてたのですか?」

「魔法で眠らせられてたのよ。

大丈夫? 立てる?」


 さっき眠らせた子供が目を覚ましました。エレノアはわたしたちを無視してその子供と話を始めます。ゼノ様を無視するとは大層失礼な感じです。エレノアはひとしきり子供と話を終えるとやっとこちらへ目を向けました。


「いいわ、じゃあ確かめてあげる。

その代わりエッダは帰しますよ。確認はわたしだけで十分できますから」


 とても横柄な物言いです。とても癇に触ります。こんな態度をとればゼノ様の逆鱗に触れるのではと思いました。


「勿論。構いませんよ」


 しかし、ゼノ様はあっさりエレノアの提案を受け入れられるではありませんか。わたしにはそれが少し不満でした。勿論なにも申しませんが……

 その後、エレノアはもう一度子供、エッダとか言っておりましたね、とごにょごにょと話を始めました。断片的な事しか分かりませんが本館に戻って人を連れてくるとか来ないとか話しているようです。何人連れてこようとゼノ様に逆らえる者などこの屋敷、いえ、この領には居ないのにご苦労なことです。

 そんなわたしの嘲りなど知りもしないで、エレノアは立ち上がりこちらの方を向き、言いました。


「さあ、良いわ。確かめてやろうじゃないの」


 やっぱり横柄です。でもまあ、勇気があるのは認めましょうか……


「それでは奥様、ご案内いたします」


 なぜだか、ゼノ様は上機嫌でした。

 わたしはその姿に妙な胸騒ぎを覚えました。

 ですので、次のエレノアの言葉にどれだけ安堵したのとでしょう。


「良いわ、案内して。それから、この際だから、はっきり言っておくけど……

わたし、あなたが大嫌いですから!」




 その後の茶番劇すったもんだについて考えたくはありません。

 エレノアの誤解を解き、集まってきた使用人たちをおい散らかしたり、それはそれは色々とありました。まぁそれは良いでしょう。痛恨事は、エレノアのゼノ様への罵詈雑言。さらに、それを飄々として受け入れていたゼノ様の態度に怒りに任せに思わず呼び捨てにしてしまったことでしょうか。


『ゼノ! なにを笑っているのです。

こんな無礼な女が奥様などとわたしは断じて認めませんよ』


 今でも自分の醜い声が頭の中で発作的にリフレインして体が締め付けられる思いです。

 その後も、目がいやらしい、とか子供のように拗ねて、難癖をつけてしまったことが悔やまれます。穴があったら入りたいとかこの事です。いや、なんなら今から穴を掘ろうかと真剣に悩むほどです。


 …… …… ……


 …… ……


 …… 


 ダメです。

 自己嫌悪が止まりません。なにか他の事を考えましょう。

そ、そうですね。何ゆえエレノア(あの女)が地下へ入ってこれたか考えましょうか。ゼノ様が許可していないとなれば、もしかして魔法鍵が壊れたのかもしれません。だとしたらそのまま放置していてはまた知らない人間が迷い込んでしまう可能性もあります。1度ちゃんと見ておきましょう。


 地下室への入り口まできました。

 ドアノブに触ると、カチリと鍵の外れる音がしました。手を離すと再びカチリ。今度は鍵がかかりました。この魔法鍵は魂の形を覚えていて、覚えている魂の形と同じ人が触れた時だけ鍵が外れる仕組みです。覚えているのはわたしとゼノ様の2人きりです。魂の形は一人一人違っていて一生変わることはありません。歳を取ったり怪我などで容姿がいくら変わっても魂は変わらないのです。だからゼノ様がゼルヴォス様やゼファード様に変わってしまっても問題なく開けることができるのです。

 逆に言えばわたしとゼノ様の2人以外は入れないのです。

 試しに鍵にわたしの魂の形を忘れさせて見ました。その状態でノブに触れてもなにも反応を示しませんでした。ドアを押したり引いたりしてみましたが鍵はかかったままでびくともしません。

 どうやら正常のようです。

 ならばどうやってエレノアたちは入ってこれたのでしょうか。

 謎です。謎てすがいくら考えても答えは出てきません。ついに考えるのを諦めました。代わりにエレノアについて少し考えてみました。

 気になるのはやはり、エレノアは間違いなく魔力を感知できることでしょうか。

 わたしが投げた『眠り』の軌跡を目で追っていたので間違いありません。

 魔力を見る事は魔法を行使するための基本中の基本ですが訓練せずに習得できるものではないのです。ビールマルマンには一生かかっても無理。オールディオンなら数年の訓練で見えるようになると言います。希に生まれながらに見ることができる者もいると聞きますから、エレノアもその類いなのでしょうか。

 わたしたちイルシャーリアンはみな生まれながらに見えます。魔法に長じた種族と言われる所以です。

 その時です、途方もない考えが頭に閃きました。


「いえ、そんな事があるはずがないわ」


 しかし、すぐに否定します。イルシャーリアンは長い間迫害を受けて絶滅寸前の種族です。わたしとてゼノ様に拾われるまでは奴隷として酷い待遇を受けていました。ゼノ様に拾われて命長らえたのは奇跡なのです。そんな社会の底辺に位置付けられていた種族が伯爵令嬢にのほほんと収まるっているなどあり得ないことです。


「全くもって途方もないことだわ」


 わたしはその考えとエレノア(彼女)が地下に迷い込んできた謎を忘れることにしました。

2024/05/25 初稿

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