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屋敷の秘密に迫るのです

 台所のすぐ隣にある少し大きな部屋が使用人の為の賄いを出すところだった。

 今、そこにわたしとミランダたち、そして、ジモンスがいた。

 わたしたちはもちろん賄いを出すために、そしてジモンスはわたしたちの失敗を見咎めるためだ。

 エッダが言ったようにある程度の時間になるとどんどん部屋に人が入ってきた。

 それをみていてある共通点に気づく。

 入ってくる人たちは大抵三度驚く。

 一つ目はミランダたちが給仕をしていること。


「おっ?! なんでお前がいるんだ。

こんなところでなにしてる?」

「見れば分かるでしょ。料理を出してるのよ」

「だから、なんでそんなことをしてるのかって聞いているんだよ」

「そりゃ、奥様が料理を作られたからよ」

「奥様ってあの奥様か?」

「この屋敷で奥様って言ったら1人しかいないでしょ」

「そりゃそうだが、こんなところに奥様がいるなんてことがあるかい……って、ホントにいるよ!!」


 二つ目が、わたしがこの部屋にいることに驚くようだ。なので今、ミランダが部屋の隅で演じているようなことになる。

 二人はひそひそ話しているつもりのようだけどわたしが地獄耳だということをミランダはまだ知らないようだ。ふふふふふ。


「ねぇ、あの男の人、ミランダと随分親しいようだけど誰なの?」


 横に控えていたエレオノーラに聞いてみた。


「あれは庭師のドーテルさん。ミランダさんの旦那さんですよ」

「え! ミランダって結婚しているの?」

「してますよ。屋敷の離れに家をもたせてもらってますよ」

「へぇ、知らなかった」


 そんな話をしているとミランダがドーテルにカボチャのシチューを出した。とたんに驚きの声が上がった。


「おいおい、こりゃなんだ、カボチャの皮がそのままシチューの器になっているのか?!

こんな料理初めてみたぞ」


 そう、食器を洗って準備する時間がなかったので、カボチャを上下に切って、中をくりぬき、そのままシチューの器として利用したのだ。

 これが三番目の驚きの正体だった。


「奥様のアイディアよ。私も初めて見るの」

「へぇ、あの奥様、やるんだなぁ」


 二人が私の方をちらちら見ながらそんな話をしている。小声で話しているつもりだろうけど、だから、わたしは地獄耳……以下略。


「こんなふざけた料理があるか!」


 突然大声が部屋中に響き渡った。ジモンスが顔を真っ赤にしていきり立っている。


「こんなまぐれでいい気になるなよ。コックってのはな、朝昼晩って飯の支度を一日も欠かさずやらなきゃなんねーんだよ。そんなのをひょっと出の小娘に務まるとおもうなよ。

だ、第一、今日の晩はともかく、明日の朝の用意はどうするつもりなんだよ。今から夜なべで仕込みをやろうってのか? ああん、どうなんだ? どうせ、なんにも考えていなんだろう」


 ジモンスは一方的にまくし立ててきた。


「そんなのちゃんと考えているわよ」


 やや、うんざりした気分で答える。と、その時、ドアが勢いよく開いた。


「師匠――! 一番弟子のピート、ご命令により馳せ参じましたぁ!!」


 部屋中の視線がその見慣れぬ男に注がれる。わたしが乗ってきた船の料理番、ピートである。と言っても誰も知らないだろうな。


「ああ、ピート、早かったわね。紹介するわ、こっちはピート。あなたの代わりのコックよ」


 みんなにピートを紹介すると、ジモンスは顔色をなくす。今にも目の玉が飛び出さんばかりに見開いて叫んだ。


「な、なんだとぉ? 俺の代わりだと? ふざけたことを言うな、そんなどこの馬の骨ともわからないやつにコックが務まるものか!」


 と、ピートは間髪入れずジモンスに頭突きをくらわした。さすが、船乗りは気が荒い。口より先に手が、いや頭が出た。

 慣れぬ荒事にその場が一瞬で凍りついた。


「コックが務まらねぇとはご挨拶だなぁ!

このピート・シュトーム様が何年、料理長をしてると思ってる。それもな、おめーみたいな陸でふんぞり返って料理してるやつらとはわけが違うんだ。 

嵐でぐらぐら揺れてる中で鍋かき回しながら料理作ってンだ。

お前ごときにコックが務まらねぇなんていわれる筋合いはねぇ!!」

「そ、そ、そんな話があるものか!」


 ジモンスは床に尻餅をついて、鼻血を流しながら、喚き散らす。


「前も言ったがな、そんな勝手は許されないぞ! 俺を辞めさせられるのは、伯爵様か、ゼノだけだ。まして新しいコックをやとうなんて、あんたが決めていい話じゃない!!」

「ならば、私が決めればよいのですか」


 抑制の利いた落ち着いた声が響いた。

 静かな声であったがジモンスの喚き声よりもはるかに存在感があった。

 その声の方へを顔を向けると、そこにはいつも間にあらわれたのかゼノさんがいた。


「ゼノ……あんた、外出してたんじゃないのか」

「野暮用で急遽戻ってきたのですよ。戻ってきたそうそうこんな騒動でうんざりしているところです。大体の話はヘンドリックから聞きました。

それでは、この騒動、私が判断をすればよいのですよね」

「そ、そうよ。大体わかっているなら繰り返すつもりはないけれど、私はジモンスに辞めてもらって、このピートに新しいコックになってもらいたいわ」

「分かりました。奥様の良いようにしていただいて結構です」


 なんと言われようとこの件を譲るつもりはない……って、あれ? あっさり認めたよ。驚いた。

 驚いたのはジモンスも同じようだった。


「ちょっとまってくれ! 長年務めている俺を切るっていうのか? なんの落ち度もない俺を、この何もわかっていない奥様に従うっていうのか? そりゃ、ちょっと酷っていうものじゃないのか?」


 ジモンスの言葉にゼノさんは小さなため息をついた。


「なんの落ち度もない、ですか。まあ、そういうことにしておきましょう。

ジモンス、長い間ご苦労様でした。本日付けでコックのやめていただきます。今月合わせて三か月分の給金を支払います。それで手を打ちましょう」

「いや、だからちょっと待ってくれ」

「お疲れさまでした。もう話すことはありません」


 一瞬の沈黙。ジモンスは酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせたがゼノから投げかけられる冷たい視線に気圧されたのか、ついに言葉が発せられることはなかった。うなだれてすごすごと部屋の外へ出て行った。

 ちょっと拍子抜けする幕切れだ

 それを見届けるとゼノさんは何事もなかったかのように手近の椅子に腰かけた。


「済みませんが私にもそのシチューを一つお願いします。急いで戻ってきたのであまり食べれていないのです」



◆◆◆


「気になったんだけどね。

このお屋敷には何人の人が働いているの?」


 エレオノーラに櫛を通してもらっている時に何気なく聞いてみた。


「どうでしょう、数えたことがないのですぐには答えられないですね。

掃除、洗濯などを担当するハウスメイドは15人くらい。料理担当のキッチンメイドはスカラリー入れて8人。今はちょっと減ってます。

バトラーが3人、従僕(フットマン)が7人。

庭師3人、馬丁兼御者が6人。これで35人ですね。それから……」

「まだいるの?」

「います、います。鍛冶の工房が3つあって、そに9人ぐらです」

「全部足すと44人ってところね……

うん……?」


 なんか勘定が合わないきがするけど、ま、いっか。それより、だ。


「鍛冶の工房が三つってのも豪勢ねぇ」

「ですねぇ。魔法工房とかもありますし」

「魔法工房!? そんなのもあるの?」


 魔法工房とは魔法の元になるマナを練り上げて様々『まじない』を作り出す所だ。設備はとても高価で、更にそれを扱うことができる人も限られている。そのため魔法工房を運営するには莫大なお金が必要だった。自慢ではないがヴェルデンティーノ領には一つもない。まじないはみんな他の領からの輸入に頼っていた。


「屋敷が専属で魔法工房を持って、ここはそんなにたくさんのまじないを消費するの? そんな風には見えないけど」

「ですね。そんなにはつかっていませんよ。まあ、正直にいうとよくわかないのです。魔法工房がある離れは私たちのようは普通の使用人は近づかないようにいわれてますから」


 『離れ』という単語にピクリと記憶が刺激される。確か行くなと言われていたところがあった。


「離れって、北の離れのこと?」

「はい、北の離れのことです。良くご存じですね」

「うん、ゼノさんから『北の離れ』には行くなって言われてたのよ」

「はあ、そうですか、奥様も近づいてはいけないといわれてるんですね」


 まあ、私は偽の奥様だからなんだろうけどね、と思ったがそれは黙っておく。

 所詮よそ者の自分だから近づくなと言っているのだと思ったが使用人にも秘密にしているとは本当に何があるのだろう。


 禁忌の黒魔法の研究


 嫌な単語が頭をよぎった。

 そんな話をした日の午後。

 紅茶とケーキをポーチで楽しんでいると屋敷の正面の道を何台もの馬車が列を横切っていくのを見た。どの馬車も荷台のところが箱形で何が積まれているのか見えない。


「エッダ。あの馬車はなに?」

「あ――、あれは離れに行く馬車ですね」

「離れって北の離れ?」

「そです」


 紅茶を注ぎなからエッダはコクりと頷く。


 また、北の離れなのか

 まじないの材料でも運び込んでいるのか?


「なにを運んでるの?」

「さあ? 良く分かりません。大体夜にこっそり来ることが多いので。昼間に来るのは珍しいんです」

「へぇー、そうなの……

よし、ちょっと、いって見てこようかしら」

「なんでっ?! なんで、そういう気を起こすんですか。北の離れは行っちゃいけないんですよ」

「うーん、それね。良く良く思い出すと、わたし、北の離れの地下は禁止されたけど、地下だけなのよねぇ」

「奥様、そういうのを屁理屈と言うんですよ」

「屁ぇ、ですって? 

まあ、お下品ですことよ、エッダさん。

いいじゃない、別に敷地内を見て回るだけですもの、誰の許可もいらないわ」

「ああ、ちょっとお待ちください~」


 部屋を飛び出すとエッダがあたふたとついてくる。


「なによぉ、付いてきて、なんて言ってないわよ」

「そうはまいりません。私は奥様のお付きのメイドなんですから!」


 おお、なんと健気な忠誠心!

 なんか仔犬みたいで可愛い


 確か、16とか言っていたな。つまり、わたしの三つ下だ。実の妹のメリッサも可愛かったけどメリッサは幼すぎて話し相手としては物足りないところがあった。だから、エッダぐらいの歳なら色々と話し相手にちょうど良いと思う。

 ふと、故郷のマルシアのことを思い出した。

 別れてまだ一週間くらいしか経っていないのに凄く懐かしい。


「ほえ? なにか変ですか私?」


 じっと見つめていたようでエッダが服をパタパタと撫で回し始めた。


「いえ、なにも。ただ、故郷のマルシアって侍女のことを思い出していたのよ。

今頃どうしているかなぁ、ってね」

「マルシア、さん、ですか……

仲がよろしかったのですか?」

「うん。ずっと一緒だった。

話し相手になってくれたし、わたしが仕出かしたことにいつも最後まで付き合ってくれたのよ。侍女というより友達、だね」

「そんなに仲が良かったのに一緒にきてはくれなかったのですか……

あっ! す、すみません、私、余計なこと聞いてしまいました!」

「いいのよ。うんとね、本人は一緒についていきます、って言ってくれたのよ。

でも、断っちゃった」

「なぜ……ですか?」

「マルシアには婚約者がいたのよ。それなのにわたしにつきあってこっちにきたら大変じゃない。

まあ、わたしはもともと余り物なのよ。何て言うのかな、なんか、合わないのよねぇ、どこにも。

家でも、教会でも、パーティやボランティア。どこへいってもそれなりに仲良く出きるんだけど、ピタッと合わないのよ。なんかはみ出しちゃったいるていうか、まあ、そんな感じ。

だからね、最後のところになるといつも一人でいいや! って思うわけよ」

「……そう、ですか……」


 エッダは少し思い込むようにうつむく、がすぐに顔をあげる。両手をぐっと握りしめ、まくし立てる。


「や、やっぱり、奥様はお優しいです!

わ、私はそんな奥様が好きです。だから、ここにいてください。このお屋敷がピタッと合うよう、私、精一杯頑張ります!!」


 エッダの言葉に鼻っ柱をガツンと殴られた。鼻の奥がじわりと熱くなる。


 この()は、わたしを受け入れてくれているんだ、そう思ったとたん、申し訳ない気持ちで一杯になる。


 ごめんね、でも、わたしはダメなのよ


 偽装結婚という冷酷な事実。

 それは、どんなに一生懸命に努力してもこの屋敷や伯爵が受け入れてくれはしないことを告げていた。


「このー、可愛いこと言ってくれちゃってーー!」


 切なさと申し訳なさを紛らすように、エッダにヘッドロックをかますと脳天を拳骨でグリグリとする。


「うわ! アイタっ!? お、奥様、痛い、痛いですって!!」

「良いの、良いの。 そー言う、可愛いこという娘にはこうだ、こうだ! 私の愛を受け取りなさい!」

「痛い、痛い。奥様、言ってることとやってることが真逆ですって! 止めてぇ~」



 などと馬鹿なことをしているうちに無事に離れのところまでやって来た。

 北の離れは周囲を木立でぐるりと囲まれていて、その全容を見ることはできなかった。


「これは、見るからにあやしすぃねぇ」


 絶句する。

 ちょっとこのまま、散歩気分で離れに突撃する気分にはなれない。


「どうします? 戻ります?」 


 躊躇しているのに気づいたようにエッダが聞いてきた。


「そおねぇ、どうしようかしら」


 その時、微かに子供の声が聞こえた。


2022/06/18 初稿

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