first operation
「それでは術式を始めます」
離れの地下の1室。
すぐ後ろにはゼノ様。そして、目の前のテーブルには1人の少年が横たわっていました。
名前はモーリス。
モーリス少年の右足首と左肘から先は黒ずんでいます。壊死と呼ばれる状態で、もういくら治癒魔法をかけても再生する見込みはない状態でした。このまま放置すればこの部位から毒が全身に回って彼自身が死んでしまいます。その為、やむを得ず壊死した部位の切除を今からするのでした。
既に催眠の魔法で少年は深い眠りに入っています。痛みも恐怖も感じることはないでしよう。
「では『浄化』の結界を張ります」
そう宣言すると身を屈めて床に手を置き魔力を込めます。すると床に描かれた浄化の魔方陣がぼんやりと光を放ち始めました。やがて、微かに鼻にかかる刺激臭と共に部屋が薄緑色のもやのようなものに包まれました。これで部屋中、いえ、この地下フロアー全体で人に有害となるものはなくなります。ネズミさんやGさんだって慌てて退去するでしょう。
それでも念のために足首と膝のところに直接マギアプレートを当てて局所『浄化』も合わせて行いました。
これで準備万端です。
後は……
チラリと視線を後ろに控えるゼノ様へ向けました。人の手足を切断するのは初めてです。今まではゼルヴォス様がやられていたのです。今回はゼノ様にお願いしようとしたのですが、ゼノ様はどうも魔法の才がないようでマギアプレートの扱いが今一つであるのこが分かったのです。その為、急遽わたしが代役となったのです。
1度目を閉じ、深呼吸をします。
そして、手に持ったマギアプレートを振り上げます。それには触れたものを切り落とす『切断』の魔力が込められています。そのまま振り下ろせば少年の足だろうと肘だろうと簡単に切り落とせる物騒な代物です。
試し切りは何度かやっていますし、それに今回は切断だけなのですから、多少断面がいびつになっても良いのです。まあ、綺麗な断面なほうが良いのは決まっているのですが、正直、少々怖くて緊張しています。とにかく、綺麗な断面を得るには迷ってはいけない。思い切りが肝要です、と自分に何度も言い聞かせます。
えいっ!
何度かのためらいの末、ついに心の中で叫びながら、マギアプレートを振り下ろします。
プレートが少年の足首に触れるとそのままズブズブとめり込んでいきます。まるで抵抗を感じません。ざくりと足首が落ちました。
そのあっけなさがそ余計に気持ち悪く、ぶるりと身震いをしてしまいます。
「止血!」
ゼノ様の声にわたしははっとなりました。
もしかしたらほんの一瞬、自分ですら気づかない刹那、気絶していたのかもしれません。
慌ててもう一つのマギアプレートを切断したばかりの足首にあてがい魔力を込めます。プレートは燈色が光を放つと足首からじくじくと流れる血が止まりました。
「す、すみません。
うっかりしてました」
「いや、すぐに処置できたから良いよ。それより大丈夫かい?」
右手が小刻みに震えていました。それを隠すように左手で包みます。そして、はい、大丈夫です、と何事もないように答えました。
「次は腕をやります」
『切断』と『止血』のマギアプレートを念入りに確認する振りをしながらばくばくと高鳴る心臓が少しでも落ち着くように念じました。足首よりも今度の部位の方が遥かに大きいのです。それでも余りぐずぐずしているわけにもまいりません。覚悟を決めると再びプレートを振り下ろします。
ゴトリ、とさっきより大きく固い音を立てて少年の腕がテーブルに落ちました。今度はすぐに止血のプレートも使って血を止めます。
これで完了です。
肺に溜まった息を緊張と一緒に吐き出しました。
「止血の術式完了。続いて清浄の術式を執り行います」
そう宣言すると少年の患部にあてた『浄化』のマギアプレートにに魔力を込めます。
魔力を込めることだけができる半端者……
なんとなく湧き出る自虐な思いを振り払い、プレートを少年の胸の辺りにあてがいます。これで暫くの間は感染症などになるおそれはぐっと減ることでしょう。ついでに壊死した患部から流れ込んだ毒素も消えるでしょう。
「後はわたしが処置しますので、ゼノ様は一度お屋敷にお戻りください」
心臓はまだ激しく脈打っていましたが、それを気取られないよう低いの声でしゃべるのを心がけます。
「……そうか、なら後は頼んだよ」
幸いゼノ様はおっしゃいました。
どこか上の空と言うか元気がないように見えましたが、こちらの狼狽ぶりが気づかれていないならなによりでした。
ゼノ様が部屋を出ていくと、とたんに膝がガクガクと震えだします。いままでの不安と責任がゼノ様の視線と言う重石がなくなったとたんに一気にわたしの身にのしかかってきたのです。その重さにそのままへたり込んでしまいました。
「良かった~。
無事に終えられて本当に良かった~」
ややヒステリックに声を上げました。
ええ、声を出さないと神経が耐えられませんもの。
「ところで……」
ヽ(ヽ゜ロ゜)ヒイィィィ!
ゼノ様です!!
ガチャリとドアが開くとゼノ様が戻ってきました!
「うん?
床にしゃがんでなにをしているんだい」
「い、い、いえ! ゆ、床に血が、血が落ちてしまって、それを拭いていたのです」
慌てて床を擦るふりをして誤魔化します。
「ふむ、それは大変だな。手伝おう」
「結構です!!」
背中を向けたまま叫びました。
「そ、そうか……」
我ながら結構大きな声がでてしまいました。
ゼノ様がちょっと引いてしまったのが感じ取れます。慌ててつけ加えます。
「 あ、いえ、落ちたのはちょっとでしたから! もう、終わりましたから、だ、大丈夫ですから」
「それなら良いのだが」
「それより、なんのご用でしょうか」
とにかく話題をそらさねば、それだけで頭が1杯でした。
「モーリス少年を病院に運ばねばならないと思って戻ってきた」
「ああ、いえ、それも大丈夫です。
既に馬車の手配を済ませてます。わたし1人でなんの問題もございません」
「ふむ。、さすが、クラリス。何事も君に任せれば安心だな」
ゼノ様はそう言われると再び部屋を出ていかれました。
今度は慎重に聞き耳を立て、ゼノ様が階段を上っていく足音を確認します。足音は徐々に小さくなりついに全く聞こえなくなりました。
これで本当に安心です。
「くぅ、心臓止まるかと思った!」
脱力で、今度はへたり込むどこか床に突っ伏してしまいました。この感じだとしばらく身動きが取れそうにありません。
モーリス少年には申し訳ありませんがしばらくお待ちいただくことにしましょう。
「あっ、本当に血が落ちてる」
床の真新しい赤い点が一つあるのに気がつきました。ハンカチを取り出すと床をこすり血をぬぐい取ります。すぐに床は綺麗になりました。
「これで良し」
わたしは満足するとほんの少しだけ微笑むのでした。
2024/03/16 初稿




