a secret fear
「クラリス、クラリス!」
呼び鈴が鳴ったのですぐにゼノ様のところへいきました。
「モーリス少年の容態はどうだい?」
入るなりゼノ様は質問をされました。モーリスとはわたしたちが運営する病院の患者の1人です。事故で手足に治癒魔法でも回復不能な怪我を負った少年でした。
「良くはありません。昨夜から発熱して、足と手の指先には壊死の兆候が見られます。
早急に処置しないと命に関わります」
「適合しそうな死体は確保できそう?」
「難しいです。見通しがたちません。ゼノ様、そろそろご決断の頃合いと思いますが……」
「ふむ」
ゼノ様は思い悩むように呟かれました。それから、「もう半日待とう。それで駄目なら切断手術だけを執り行う」とおっしゃりました。
「すまないが、周辺の町の病院や葬儀場に問い合わせをもう一度してくれないか」
すぐにそう付け加えになりました。
お考えは良くわかります。けれど、正直あまり気が進みませんでした。
「うん? どうした。なにか不満なのかい?」
驚いたことにゼノ様はそんなわたしのためらいを敏感に感じ取られました。これはゼルヴォス様やゼファード様ではあり得ない事でした。
ほんの一瞬誤魔化そうかと思いましたがやはり、率直に進言する事を選びました。
「あたり頻繁にそのような問い合わせをするのはお止めになった方がよろしいかと思います」
「えっ? どうして」
「伯爵家に悪い噂が立ちますゆえ」
「悪い噂だって? 一体どんな噂が立つというのだい?」
「伯爵は死体を集めて良からぬことをしている、とかです」
ゼノ様は目を丸くして驚いた。
「まさか! そんな噂がたつものか。移植のための献体を集めていることは病院関係の人たちはみんな理解しているだろう。
そんな噂が立つとは思えない」
「この領の者たちはそんな噂を立てません。
中央のような移植術式が普及し始めたところも問題ないでしょう。しかし、地方ではそのような噂が立っているのです」
「へえ、どんな噂だい?」
『ここの伯爵は死体を買い漁って切り刻んでいる頭のおかしい輩だそうだ』
『俺が聞いたのは、子供の奴隷って話だ』
『そうなのかよ。で、切り刻んでどうしてんだ?』
『さあな。喰っちまうのかな』
港の片隅で耳に入った不快な会話を思い出してしまいました。
会話に割り込んで否定をしたかったのですが、わたしのような怪しげな女が突然乱入したら、かえって新しい噂のネタを提供するようなものだと思い自重したものです。
「それは……」
正直に言うのがためらわれました。言ったとしてどうなるものではなく、みんなが不幸になる類いの話なのです。
「まあ、噂は噂でしかない。したい奴にはさせておけば良い。だから、もう一度確認してみてくれ。少年の人生がかかっていることだからね」
わたしが言い淀んでいるとついにゼノ様はそう言われました。追及されない事に内心ホッとすると急いで部屋を後にします。
気は進みませんでしたが、ゼノ様のお言いつけどおり、領の各地の病院や警備舍へ事故や怪我人がいないかを一々確認しました。どこからも良い返事はなく、少し諦めかけた頃、馬車の事故の報が入ってきました。割りと近くの港町でした。
良かった。ゼノ様もお喜びになる
そう思ったわたしはすぐに報せにいきました。
■■■
「全くヘンドリックの奴め。出掛けに余計なことは言う」
ゼノ様が一人呟かれました。
港町へ向かう馬車での事です。馬車の事故の件をご報告したところ自ら確認にいかれると言われたのでそのお供をしていました。別にわたしに向かって言われたわけではないのでしょう。
出掛けで珍しくヘンドリックと揉めたことが思わず口から漏れたのだと思うのです。揉めたのは偽花嫁の事でした。
わたしにはあまり触れたくはない案件です。
ですのでわたしから話を振るつもりはありませんでしたがあにはからぬや、ゼノ様の方から触れられてきたのです。無論、独り言なので気がつかない振りもできなくもなかったのですが……
「ゼノ様に期待されているところがあるのでしょう」
どこか苦しそうな面持ちでしたので、ついお慰めしたくなり声をかけまてしまいました。例え自分のようなものでも話しているうちに気持ちの整理ができるものです。
「期待? なにを期待していると?」
「ゼルヴォス様やゼファード様には望めないことです。一言で言うのなら会話でしょうか」
これはヘンドリックではなく自分の率直な思いでした。ゼノ様と接して感じたのは普通であると言うことでした。
「意味が分からないな。会話なら彼らの時でも普通にできていたろう。
まあ、ゼファードは会話にならないことも多かったかも知れないが、ゼルヴォスは普通にできていたと思う」
と、ゼノ様は申されましたが、そういう反応を返されること自体が他のお二方には無かったことを自覚されていないのです。
「会話とは単なる言葉のやり取りではなく、感情の共有なのです。ゼルヴォス様にそれができていたかというと甚だ疑問です。
少なくとも、ゼルヴォス様でしたら今のような愚痴は言いません。今頃はヘンドリックとそんな会話をしたことすら忘れてしまっているでしょう」
かく言うわたしもこのゼノ様と会話を楽しんでいました。
楽しんでいるのと同時に実は恐れてもいました。
つまり、取っつきが悪くなんとなくわたしが独り占めできていたゼファード様やゼルヴォス様に比べゼノ様は余りに普通すぎるのです。誰とでもなんの苦もなく接する事ができるでしょう。それが恐いのでした。
「そんなものなのか……」
ゼノ様はそう言うなり黙り込んでしまいました。
そんなものなのです……と、わたしは心の中で呟きました。
そして、このままゼノ様の状態が続くのであればヘンドリックやアリシア、さらに他の使用人との接触が増えていくのだろうな、と少し憂鬱になるのでした。
2024/03/09 初稿




