unexpected accident
結婚式場まで歩いていってください、と指示をするとゼファード様はおとなしく歩き始めます。扉のとこでとまる。そりゃ開けないと出ていけませんからね、って思っていたら。うわっ、扉の前で片足上げて……ちょ、ちょっと待ったぁ!
「ドアはちゃんと開けてくださいね。壊しちゃ駄目ですよ」
扉を蹴破ろうとするのを慌てて止めます。
見ている側からこれか!
全く、油断も隙もない。
廊下に出たゼファード様に真っ直ぐ進むように伝える。
取りあえず言われた様に真っ直ぐ進んでいき妙な事をしでかしていないことをコンパクトに写る映像、すなわちゼファード様の視界で確認しつつ一息を入れます。
少し考える時間ができました。
ふと物思いに耽ってしまいます。
予定ではこの時期はゼルヴォス様の状態が続くはずだったのです。その間に結婚式の段取りや病院での治療や手術の計画を済ませる予定だったのですが、突然ゼルヴォス様からゼファード様への変身が起きてしまった為、予定が根底から崩れてしまいまました。
ゼルヴォス様からゼファード様への変身、あるいはその逆変身は月の満ち欠けと各星座が天球のどの位置にあるかで正確に予想でしました。いえ、今までは±1日位の誤差でできていた、と言うべきでしょうか。それが今回は1週間以上もずれてしまったのです。
これは異常事態と言えました。
今までとは違うなにか別の要因がゼルヴォス様達の変身に影響を与えていると思うのですが、それがなんなのかは分かっていません。
それは目の回る忙しさでろくに星の位置等の精査できていないせいです。他に優先すべきことがありすぎたのです。
病院の患者の管理やカディス様との調整に加え、偽装結婚の為の準備、そしてゼファード様のお世話。寝る時間も余り取れない怒涛の生活でした。
こんなにゆったりした時間は久しぶりでした。
沼の底からゆっくりと発するガスのような欠伸が胸の奥からこみ上げてきます。
「そこを左にお曲がりください」
欠伸を噛み殺してゼファード様に指示をだします。やがて目の前に大きな観音開きの扉が見えてきました。
扉を開くとまず目に入ってきたのは深紅の絨毯でです。それが部屋を左右に分けるように真っ直ぐと伸びていました。
絨毯で分割された左右の空間には座椅子が整然と並んでいました。そこは本来は結婚式を祝うために集まった賓客たち、向かって右が花婿、左が花嫁の関係者、が座る場所でした。しかし、左には誰も座っていませんでした。、なんと花嫁はたった一人で乗り込んできたのです。普通は親族、最低限両親が立ち会うぐらいあってしかるべきなのですが、非常識なことです。
ヘンドリックの話では持参金も無しと言うことでしたから、よほどの貧乏貴族で、家族からも厄介者とされていたのでしょう。全てはマルドゥーク家の莫大な財産が目当てなのでしょう。
不純です!
やはり、ゼファード様をお止めせずに一発締めておいた方が良かったかもしれません。
もう一方の右側、つまり、花婿であるゼファード様の方は幾人もの人が座っております。さすがです!
一番前の席にいる年配の婦人と紳士は家政婦のアリシアと執事のヘンドリック。その後列は屋敷の使用人たちです。もっともわたしは筆頭の2人以外には名前もよく知りません。
……なんでしょうか。冷静な目でみると先ほどディスったばかりの花嫁と大して変わらない陣容な気もしないでもないですね……
いえ、いえ、これは仕方ないのです。ゼファード様のご両親は既に亡くなられておりますし、呪いのせいで、親戚付き合いもままならないのですから、こうなってしまうのはやむを得ないのです。
「神父様を殴ってはダメですよ」
神父様の目の前にきたところで、釘を刺しておきます。
神父様はゼファード様を確認すると式を始めました。
『……万馬の兵に囲まれても共に力を合わせること。汝、エレノア。誓うか?』
『誓います、誓います』
神父様の言葉に近くにいた女が慌てたように言いました。
これが花嫁のようです。
金色の豊かな髪に白い肌。整った顔立ち。
正直、美人と言って良いでしょう。いくら貧乏といっても爵位を持つ貴族ですので出自も申し分ないです。それこそ結婚の相手なんて幾らでもいると思えるのになんでこんなところに来たのでしょうか。
そんな風にぼんやりと女を見つめていると嫉妬とこれが偽の結婚式であることからくる安堵と言う相反する感情がわたしの中でぐるぐると渦を巻き始めました。
『汝、ゼファード。誓うか?』
神父様の声に我に返ります。案の定、ゼファード様は無反応でした。
「ゼファード様、誓いの言葉を!」
コンパクトに向かって叫びますと、困惑したようなゼファード様の声が返ってきました。
『誓いの言葉とはなんだ?』
「ああ……、何でも良いです。取り敢えず声を出してください」
『うお――――!!』
叫んだ!
コンパクトがビリビリと震えるほどの大きな声が聞こえてきました。それがずうっと続きます。
結婚式の誓いの席で雄叫びを上げる花婿。さすがにお相手の花嫁は目を丸くし、少し首を傾げていました。でも、そんな何気ない仕草にも可愛らしさが滲み出ています。
むう……、この結婚式がゼファード様で良かった、と思います。
これがゼルヴォス様なら、さすがの朴念仁のゼルヴォス様でもこのあざとかわいらしさに当てられて本気になってしまわれたかも知れません。
でも、ゼファード様なら大丈夫です!
きっと気持ちよく雄叫びを上げる事に夢中でこの花嫁の事など眼中にないことでしょう。
「もう良いです。すみやかに戻ってきてください」
止めなければ延々と雄叫びをあげそうな勢いでしたが、声をかけるとゼファード様はピタリと叫ぶのを止め、脇目も振らず結婚式場を後にしこちらに戻ってきます。本当に素直に言うことをきいてくれます。
まるでワンコみたいで可愛いです。
「なんだか良くわからんがこれで良かったのか?」
部屋に戻ってくるなりゼファード様はそうおっしゃいました。
「はい」
「物足りないな。こう、もっと暴れられるところはないのか?」
「ここではゼファード様の力を出せる場所はありません。
もう少し我慢してください。一両日中には活躍できる場所へご案内いたします」
いずれ反乱が始まれば先陣を切って戦っていただくことになるでしよう。と想ったその時です。
突然ゼファード様が苦悶の声と共に胸を押さえて苦しみだしたではありませんか。そしてそのまま床へ崩れ落ちてしまいました。高位の広域殲滅呪文の直撃すら耐える魔法防具を身に纏い、戦場で数日でも不眠不休で一週間は戦える無尽蔵の体力を誇るバーサーカーであるゼファード様があっさりと膝を折り、倒れてしまうなど信じられない光景でした。
一体?!
一体何が起こったというのでしょう。
「どうかされましたか?!」
悲鳴に近い声を上げゼファード様に駆け寄りました。
2024/02/10 初稿




