berserker
「少し! 少しお待ちください!!
それ、触っちゃダメです」
黒い甲冑をガチャガチャ言わせながら傍らのテーブルに置かれた魔水晶を掴もうとするゼファード様を懸命に止める。扱いに細心の注意が必要な魔水晶だ。不用意に触れば軸がずれてたちまち使い物にならなくなり、調整に何時間もかかる代物だった。断じて脳筋のゼファード様に触らせるわけにはいかない。ゼファード様の腕にしがみつくようにして必死に引き戻す。
「こっちですよ。こっちいきましょう。ね!
ほら、こっちのほうがキラキラしてますよ」
手に持った銀食器をヒラヒラとさせながらゼファード様の気をひく。さすがに伯爵家の銀食器、お皿と言えども窓からの光を反射して良く光ります。
ゼファード様の動きが止まりました。
「むふぅう……」
じっとお皿を見ています。
「ほらほら、綺麗ですよね。
欲しいですか? 欲しいですよね。
なら、こちらに来てください。
さ、そこに座りましょうね」
お皿をテーブルに置くとそれに釣られてゼファード様は椅子に腰掛けた。
ふぅ、と一息つく。
光るものに興味を示すとかまるで烏かしら……色も黒いし……もう、烏様で良くね……
…………………
…………
……
はっ!
いけない、いけない!!
気疲れで思考が停止仕掛けていた?!
首をぶんぶん振って正気を取り戻します。
「えー、本日。前々からご説明をさせていただいております結婚式当日となりました」
気を取り直して話し始めますが、ゼファード様はお皿を両手で弄びながらご満悦のご様子です。
絶対わたしの話は耳に入っていません。
「いよいよ結婚式ですが段取りはお分かりいただいておりますか」
声を一段上げてもう一度言う。
と、ゼファード様はお皿を置き、わたしの方を向くと軽く頷かれました。
お?! この自信に満ちた態度。安心しても良い気がします。さすが、マルドゥーク伯爵家の御当主。ちゃんと、やる時にはやるタイプと言うことでしょうか
「分かっている。
このままこの廊下を進んで行くと闘技場につくのだろう。で、そのまま正面の男を倒せば良いのだな。任せろ素手であっても無問題だ。一撃で倒してやる」
くらり、と軽い目眩に倒れそうになるのを必死に堪えます。
どうやら、殺る時には殺る。やる時にも殺るタイプのようです。
「違います。問題だらけです。
この通廊の先にあるのは結婚式場です。闘技場ではありません。正面に居るのは神父様で、殴っちゃ駄目な人です」
どこから説明すれば良いのかと悩みながら、取りあえず神父様に手を出すのを止めます。新郎がいきなり神父様を撲殺するなと結婚式のサプライズにしてもほどがあります。
今のこの人に難しい事を要求してはダメと言うことが良くわかりました。
「とにかくゼファード様は真っ直ぐ歩いて下さい。
そのまま、歩いて式場に入ってからも、まっすぐ歩いてもらえば神父様の前まで行けます。そこで止まってください。
すると横に花嫁が居るはずです」
「なるほど分かった。
その花嫁とやらを倒せば良いのだな」
ダメだ、この人。どこで、初見で花嫁殴り倒す花婿がいると言うのでしょ……
あ、でも、ありかもしれませんね。花嫁とやらがどんな女が存じませんが、会ったことも話したこともない相手にホイホイ嫁いで来るような女などどうせ伯爵家の名前と財力が目当てのクソ女に間違いありません。そんな輩は1発かましてやって世間の厳しさを教えてやるのが良いかと知れません。やはり何事も最初が肝心ですから。
『良いですね。1発かましてやってください!』と言いつつ親指を立てて、Goサインを出し……たくなる気持ち、これもぐっと堪えます。
ダメだ、ダメだ。ダメ、ダメ。そんなことをして結婚式を台無しにしたらゼルヴォス様達の段取りが瓦解してしまう。それこそ『連邦の歴史を終わらせた一撃』と歴史に記録されかねない。ゼルヴォス様にそんな恥辱を味合わせる訳にはいかない。
「花嫁も倒しては駄目です」
断腸の思いで勘違いを正します。
「そもそも戦いませんから。能力とか気にしなくても良いです」
「なに、戦わないだと?
それでは俺に何をしろと言うのだ」
「ですから結婚式です」
「うむ、だから決闘式なのだろう。了解している」
今までなにを聞いていたのでしょうか……
「結、婚、式、です!」
少し強めに言ってみました。
「決闘式ってなんなんですか。聞いたこともないですよ、そんな式。
とにかくなにもしないで下さい。式場まで行って、神父様がなにかゴニャゴニャ言いますが黙って聞いていてください。変な質問とかを差し挟まないようにお願いします。動いても駄目です。頃合いになったら合図をしますので、そうしたら適当に返事をしてもらって、退場してください」
ゼファード様が理解してくれるかくれないかなどは気にせず一気に説明しきります。たぶん理解できていないでしょう。
ああ、案の定、なにを言っているのかさっぱり分からないって表情です。
もう、それでも良いです。とにもかくにも今は結婚式場にゼファード様を送りつけなくてはなりません。もう、大分時間が押しています。
傍らに置いてある兜を渡します。やはり計画通りわたしがいちいち指示する事にしましょう。
ゼファード様が兜を被るのを手伝ったあと、貴族の令嬢が持っているような化粧道具のような魔法道具に向かって話しかける。
「聞こえますか? 聞こえたら黙って頷いてください」
わたしの声に反応してゼファード様は大仰に頷かれた。その顔の動きに連動してコンパクトの鏡に映る像が上下に揺れる。鏡にはゼファード様の視界とほぼ同じ映像が写し出される仕組みなのです。なので、今は椅子に座り、なにやら怪しげな器具に話しかけているわたしの後ろ姿が写っています。
「良いですか、わたしの言うとおりに動いてくださいね。それ以外の事をしては絶対ダメですよ」
最後の念押しをして、一度大きく息を吐く。まだ始まってもいないのにこの疲労感はなんなんでしょうか。
とにかくです。参りましょう!
自分で自分に気合いを入れ直すとコンパクトに向かって指示を出します。
「では、結婚式場まで歩いていってください」
2024/02/03 初稿




